講談社BOOK倶楽部

Part2「颯介」

幻獣王の心臓 Special DRAMAシナリオ

Part2 「颯介」


颯介
(この俺、西園寺颯介は“シンガン”なんて厄介な能力を両目に宿していることもあって、バケモノに襲われたり、幻獣の白虎(びゃっこ)が自宅に居候したりとデンジャラスな日々を送っている高校2年生だったりするわけだが)

メッセージアプリの通知音。

颯介
「ん? なんだ介清(すけきよ)か」
颯介
(もちろん、24時間365日ぶっ通しでデンジャラスなわけじゃない。年相応にありきたりな日常のひとときだって存在する。家でのんびりゴールデンタイムのテレビ番組を見ながら同級生とメッセージアプリでやりとりする──なんていうのは、まさにテンプレを1ミリたりともはみだす事のない高校生男子の『日常』だと思う)
颯介
「えーっと……なになに? 『テレビ見てたらグルメ番組やっててむっちゃ腹へった』だって? 知らんがな」
颯介
(チャットの相手は、小学校から今までずっとつるんでいる、腐れ縁の友人でもある北上(きたかみ)介清だった)
颯介
「『コンビニでも行って食い物でも買ってこい』っと。はい、送信」

音声入力の後、メッセージアプリの送信音が鳴る。

颯介
「介清が変な事言うから俺まで腹へってきたじゃねーか。なんかおやつになりそうな物あったっけかな」

立ち上がり、キッチンに向かう途中でまた通知音が鳴る。

颯介
「『こんな時間に外を出歩いてたら、怖い人に襲われちゃう』って、乙女か! ガタイがでかいくせに、何言ってんだあいつは!?」

戸棚を開ける音。

颯介
「めんどくせぇなぁ……えーと、じゃあ『朝まで我慢したらプチ断食的な気分になって、朝飯がいっそう旨く感じるんじゃね?』っと」

送信音。

颯介
「お、袋ラーメン発見。(戸棚を閉める音)なんか具になりそうな物は、っと。(冷蔵庫を開ける音)んー、塩ラーメンに合うのはもやしと卵あたりかなー。もやしは麵と一緒に茹でて、あとから卵落として、って感じでいいか」

通知音。

颯介
「またかよ……。えーっと、なになに? 『そんな事をしたら、超旨そうな熟成肉の試食シーンを見て火のついた俺の胃袋が不完全燃焼を起こして、なんかやばいエンディングを迎えそうな気がする』……なんだよやばいエンディングって。どんだけやばいんだよ。何がエンディングを迎えるんだよ。むしろこのやりとりのせいで、俺の食欲にも火がついたよ」

計量カップに水を張り、鍋に移す。

颯介
「1袋じゃ足りない気がする……でも夕飯食った後にラーメン2袋はけっこう罪悪感を感じる量だよな……どーすっかなー。あ、そうだ返事しとかないと。『安心しろ、燃え尽きたら骨は拾ってやるよ』っと」

送信音、と同時に送信音をかき消さんばかりの腹鳴りの音。

颯介
「だめだ我慢できねえ! これは2袋いくしかねえ」

再び計量カップに水を張り、鍋に移す。

颯介
「しかし琥珀がどっか出かけてる時でよかった。こんなとこ見られたら確実にあいつの分も要求されるからなー」

ガスコンロに鍋を置き、火をつける。

颯介
(琥珀ってのはうちに居候している白虎の名前だ。白虎といえば白黒で大人でも背中に乗れそうなくらいバカでかい虎をイメージするかもしれないけれど、あいつ、今は四肢を失い妖力も全盛期の一割以下とかで、普段はどこにでもいる猫と同じサイズで居座っている。そんな猫サイズだからなのか、家からふら~っと出て行って、ふら~っと帰ってくることもままあるのだ)

ラーメンの袋を破る音。

颯介
「猫だからあれは食えないとか、神に粗末な食い物出すなとか言うわりに、こういう物は喜んで食うんだよな、あいつは。どっちかっていうと、ラーメンみたいに塩分きつい食べ物の方が、猫にとっては問題だと思うんだけどな」

通知音。

颯介
「また介清か……。あいつ、よっぽど暇なんだな。えーっと、それでなんだって? 『腹がグーグー鳴りっぱなしで、不完全燃焼っていうより不協和音でやばさが増してきた』って、まあこっちも似たようなもんだけどな。こういうとき料理に慣れてる俺の自炊能力の高さが誇らしいな。ふふん」

湯が沸いてくる音。

颯介
「先にもやし入れとくか。(鍋の中にもやしを投げ入れる)もやしはいいよなー、安いし、嵩があるし、旨いし、カロリーも少ないし。あ、そういえば、腹持ちが良くてダイエットの空腹感を感じなくて済むとかいうふれこみの健康的な食品があるって、奏(かなで)が言ってたな」
颯介
(奏ってのは俺の妹だ。やっぱり中学生にもなると、そういうの気になるお年頃なのかなー)
颯介
「そういうのこそ介清には必要なんじゃないだろうか。……えーと、なんて名前だっけ……ああそうそう、確かバジルシードとかいうやつだ。教えといてやろう。『そんなおまえにはバジルシードがおすすめだ』」

送信音。

颯介
「あ、どんぶり持ってこないと。我が家はスープを先にどんぶりに入れる派だからなー」

食器棚を開け、どんぶりを取り出してから閉める。

颯介
「袋裏の説明書きには、スープは鍋の中で合わせろって書いてあるけどさ、せっかくのノンフライ麵に油混じりのスープの素入れたら、洗い物が面倒になるだけだよなー」

麵を鍋に投入し、タイマーをセットする。

颯介
「よし、タイマーセット完了。あとは」

通知音。

颯介
「『種食う程度で俺の腹がなだめられると思うな』」

鍋をかきまぜる。

颯介
「だよなぁ。バジルシードっていうからには、あのピザとかパスタによく載ってるバジルの種ってことだよな。そんなので腹ふくれるのかなぁ。ちょっと検索してみよう。バジルシード、っと……あー、うわー、こういうことかー。この画像のURLをコピペしてからの『胃の中で30倍にふくれるらしいぜ、こんなふうに』」

送信音。

颯介
「食物繊維が豊富でビタミンやミネラルも含まれてて腹持ちもいい、って言われてもさあ、この見た目はちょっと……」

タイマーが鳴る。颯介、タイマーを止め、続けてガスコンロの火を止める。

颯介
「キウイとかドラゴンフルーツに似てるなーとは思うし、食い物だから言葉は選んだ方がいいとは思うけどさあ。(ラーメンをどんぶりに移しながら)これはどう考えても……」

通知音。

颯介
「『俺、好き嫌いはないけど、この蛙の卵的なのはちょっと見た目的に厳しい』……って、あーあ、むっちゃストレートに言っちゃったよ、介清の奴。そうなんだよなー、蛙の卵っていうか、小さな池でオタマジャクシが群れてるっていうか。確か、こんな感じの現代芸術もあったよなぁ」

通知音。

颯介
「『でもおかげで少し食欲が失せた、助かった』って……そうか、よかったな。俺もなんとなく食欲落ち着いちまったよ……(できあがったラーメンをしげしげと見つめて)このラーメン、食べきれるかなぁ」

END