講談社BOOK倶楽部

  • オカルトロマン
  • 初版特典付き

赤の雫石~アレクサンドロスの夢~
欧州妖異譚14

篠原美季/著 かわい千草/イラスト 定価:本体630円(税別)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

STORY

赤の雫石~アレクサンドロスの夢~ 欧州妖異譚14定価:本体630円(税別)

モデル志望のスーザンが持ち帰った謎の指輪!

待降節(アドヴェント)に華やぐロンドン。一年に一度の新人デザイナーとモデルの卵たちによるファッションショーが行われた。スーザンは、そのランウェイを歩くことに賭けていた。だが夢は叶わなかった。失意の彼女の指には、エジプトで拾った赤い石がはまった古い指輪が、禍々しい光を放っていた。一方、ウエストエンドの骨董商ミスター・シンの店で異変が起き、アシュレイが巻き込まれてしまう。ユウリはシモンの力を借りて、スーザンとアシュレイを救えるか?

著者からみなさまへ

こんにちは、篠原美季(しのはらみき)です。『赤の雫石~アレクサンドロスの夢~ 欧州妖異譚14』をお届けします。アレクサンドロスという字面、なんかロマンを感じますよね~。でも、実際、どんな人だったのかって、案外、みんな知らなかったりして。私も、今回勉強になりました♪

初版限定特典

赤の雫石~アレクサンドロスの夢~ 欧州妖異譚14

書き下ろしSS
「ノエル・ブランの贈り物~Joyeux Noël~」より

 パリ北駅に降り立ったユウリ・フォーダムが改札を抜けると、人で混み合う電光掲示板の下にシモン・ド・ベルジュの優美な姿があった。
 白く輝く金の髪に澄んだ水色の瞳。
 ギリシア神話の神々も色褪せるほどの美貌を持つ貴公子は……

……続きは初版限定特典で☆

special story

書き下ろしSS

シモン・ド・ベルジュの東方見聞録
~福良雀(ふくらすずめ)の怪~
篠原美季

「あ」
 十二月末にしては春めいた暖かさの中、ふいに近くであがった声に対し、シモン・ド・ベルジュは鑑賞していた茶器を手にしたまま、視線だけを友人のほうに向ける。
 白く輝く金の髪。
 南の海のように澄んだ水色の瞳。
 フランス貴族の末裔である彼は、日本式庭園に面した縁側にあっても、降臨した大天使のように優雅で神々しい。
「どうかしたのかい、ユウリ?」
 彼が尋ねると、広げた掛け軸を持った状態で口をひらいて空を見あげていたユウリ・フォーダムが、「ああ、えっと……」と言葉を濁しながらシモンのほうに顔を向けた。

続きを読む

 高雅なシモンとは対照的に、黒髪に漆黒の瞳を持つユウリは、さほど目立つ容姿をしているわけではなかったが、清潔感のある凛とした佇まいが相対する人間を惹きつけて止まない。
 シモンも、そんなユウリの存在をなによりも大切にしている一人だ。
「なんというか」
 ユウリが、しどろもどろに続けた。
「もしかしたら、ちょっとまずったかもしれない」
「まずった?」
「……うん」
 答えはするが、肝心の内容については、一向に説明してくれない。おそらく、本人が状況に対し戸惑っているせいだろう。その様子からして、たぶん、言葉では説明しにくいことが起きたに違いない。
 なんと言っても、とてつもない霊能力の持ち主であるユウリのまわりでは、その手のトラブルがよく起きる。
 残念ながら、霊能力だけは皆無のシモンが、せめてもう少し詳しいことを聞き出そうと質問を重ねようとした時だ。
「何事や、ユウリ」
 京訛りのある日本語で声がかけられると同時に、その場に一人の青年が姿を現わした。
 ユウリと同じ東洋風の顔立ちをしているが、柔和なユウリとは違って、日本刀のような鋭さを秘めた青年である。
 幸徳井隆聖(かでいりゅうせい)。
 古都京都に暮らすユウリの母方の従兄弟だ。
また、生家が平安時代から続く陰陽道宗家である彼は、ユウリに負けずとも劣らない霊能力の持ち主であった。
「あ、隆聖」
 振り返ったユウリに向かい、隆聖が畳みかけるように尋ねる。
「もしかして、つくも神でも出たか?」
「つくも神ではないけど、どうやら、絵の中の雀を逃がしてしまったみたいなんだ」
 言いながら、手にした掛け軸をシモンと青年のほうに向けて見せた。
 その掛け軸には、左側にうっすらと青みを帯びた竹が描かれているが、全体的にバランスが悪く、右側に不自然な空白が存在している。鳥とか動物でも描かれていれば、ちょうどいい塩梅なのに、そこがぽっかりと空いているのだ。
 そして、ユウリの言葉から察するに、そこには、本来、雀が描かれていたらしい。
 掛け軸を見た隆聖が口元だけで笑い、「なるほど」と応じる。
「あいつら、久々に空を飛びたくなったか」
 それに対し、ユウリが申し訳なさそうに謝る。
「ごめん、隆聖」
「まあ、飛んで行ってしまったものは仕方ない。自由を満喫して気が済んだら、戻って来るだろう」
 ひとまず鷹揚に返した隆聖であったが、「ただ」と命令口調で付け足す。
「年が明けても戻らないようなら、責任を持って回収して来い。でないと、幸徳井家の存亡にかかわってくる可能性がある」
 そんな大事になるとは思っていなかったらしいユウリが、漆黒の目を見開いて驚く。
「え。本当に?」
「ああ。なんと言っても、竹と福良雀の意匠が表すのは、一族の繁栄だからな」
「へえ、知らなかった。──縁起物であるのはなんとなく知っていたけど、そうか、一族の繁栄ねえ」
 掛け軸を翻し、困ったように見おろしたユウリに、隆聖が言う。
「それはそうと、道具類の虫干しを手伝う気がないなら、どこか他所に行け。ここにいても邪魔になるだけやからな」
「大丈夫。手伝っているから」
 言い返しつつ、止まっていた手を動かし始めたユウリを、シモンが水色の瞳で眺めやる。
 ちなみに、この数年、折に触れて日本語を勉強していたシモンは、母国語を使っての従兄弟同士の会話をほぼすべて理解していた。
 当然、話の内容がおかしいことにも気づいている。
 なぜと言って、要するに、掛け軸の中に描かれていた雀が飛び去ってしまったことを前提にしているわけだが、それは、本来、あり得ないことだからだ。少なくともふつうの人間がそんな会話をしていたら、まずもって、現実の出来事とは思わない。
 だが、ここでは、それも現実だ。
 シモンとユウリは、フランスにあるベルジュ家の城でホワイト・クリスマスを過ごしたのち、二人して年末の日本へと渡って来て、そのまま、お正月を日本で迎えることになっていた。
 そして、年の瀬の迫った日本で何をして過ごそうかと考えていたところに、幸徳井家が大掃除の一環として骨董品の入れ替えをするという耳寄りな情報が入って来たため、鑑賞がてら手伝いにきたのだ。
 博物館級の道具類がゴロゴロしている幸徳井家の所蔵品を見るのは、とても楽しい。
 なにかと忙しい隆聖がその場から立ち去ったあと、改めて桐箱の一つを手に取ったユウリに、シモンが訊く。
「ユウリ。一つ、訊いてもいいかい?」
「もちろん」
「来年は酉年だそうだけど、酉年のトリは、鳥類全般を指している?」
「ううん」
 即座に否定したユウリが、桐箱の蓋を開けながら「酉年のトリは」と説明する。
「『鶏』と書く、いわゆる『ニワトリ』だよ」
「ということは、今さっき話していた雀は、関係ないんだね?」
「うん。関係ない」
 認めたユウリが、「ただ」と続ける。
「いちおう、同じ鳥類ということで、『縁起物』と呼ばれる意匠の一つである竹と福良雀の掛け軸を久々に出そうということになったんだと思う。初釜のお茶室とかに飾るんじゃないかな」
「縁起物か」
 つぶやいたシモンが、「それなら」と質問を重ねた。
「『福良雀』というのは、ふつうの雀とは違うのかい?」
「一緒だよ。──『福良雀』は、冬場、寒さをしのぐために丸まってふっくらしている雀を指す言葉で、愛でるついでに、『福が来る』という意味合いの『福来雀』とか、良いことという意味で『福良雀』なんていう漢字を当てたんだろうね。──実際、真ん丸い雀を意匠化した柄が、着物や帯に使われたりするし、そういう名前の帯結びまであるくらいなんだ」
「ふうん」
 相槌を打ったシモンが、しみじみと言う。
「やっぱり、日本文化は奥が深い」
 桐箱からニワトリの形をした香合(こうごう)を取り出していたユウリが、「褒めてくれるのは嬉しいけど」と応じる。
「それを言ったら、『イコノロジー』なんてジャンルが確立しているヨーロッパ文化はもっとすごくない?」
「まあね。──もっとも、宗教が根本にあるせいか、どこか厳めしい印象の拭えない西洋の図像に比べて、日本の意匠は茶目っ気があるというか、どこか楽しい感じがしていい」
「……茶目っ気ね」
 シモンの感想になにを思ったのか、ユウリがふと冬空を見あげてつぶやいた。
「それにしても、彼らに、戻って来る気はあるのかなあ……」

 数日後。
 除夜の鐘を聞きながら近くの神社まで参拝に出かけたユウリとシモンが、家に戻るために夜道を歩いていると、暗がりでなにかが「チチッ」と鳴いた。
 足を止めたユウリが、暗い夜空を見あげる。
「どうかした、ユウリ?」
 数歩先で立ち止まったシモンが振り返って訊くと、「……ああ、うん」と曖昧に応じたユウリが、どこか不安げに夜空を見つめたまま訊き返した。
「今、なにか聞こえなかった?」
「なにかって、なに?」
 わざわざユウリのそばまで戻ってきたシモンが、寄り添うようにかたわらに立って一緒に空を見あげる。
「よくわからないけど、『チチッ』って、雀が鳴いたような」
 言っているそばから、ユウリがシモンのコートの袖をつかんで注意をうながす。
「あ、ほら、また」
 耳を澄ませたシモンが、「たしかに」とうなずいた。
「聞こえたかもしれない。──でも、夜だし、雀ということはないよ。まあ、この時間帯ならコウモリだろう」
 地上に視線を戻したユウリが、唐突に、シモンの腕を引いて歩き出す。
「行こう、シモン。──ここにいるのは危険かもしれない」
「危険?」
「うん。なんか、とてつもなく悪い予感がする」
「悪い予感って、たとえばどんな?」
 訊き返しながらも一緒に歩き出したシモンに、ユウリが答える。
「わからないけど、避けるべきなにかが近くにいる。──あるいは、知らず、魔の通り道でも踏んでしまったのかもしれない。京都は歴史が古いだけに、その手の禁域が、そこここにあったりするんだ」
 説明しながらどんどん急ぎ足になっていくユウリに向かい、その時、真正面から黒い影がぶつかって来た。
 バサバサ。
 ぶつかる一瞬、小さな羽ばたきのような音がする。
「うわっ」
 とっさに腕をあげて宙を払ったユウリのまわりで、二度、三度と黒い影が躍る。
「ユウリ!?」
 異変を察したシモンが足を止めようとしたが、ユウリがそれを阻んだ。
「止まらないで、シモン」
「だけど、君が──」
「大丈夫だから」
「でも、今のは?」
「わからないけど、とにかく、急いで。後ろからなにかが追ってきている」
 なんとも恐ろしいことを聞かされ、シモンは、すがめた目でユウリの頭越しに背後を見やる。
だが、そこには、ただ暗い夜道があるばかりで、特に何も見えない。──ただし、気のせいなのかどうか、暗がりが、いつもの暗がり以上の暗さを帯び、中心部分に黒いかげろうが揺らめき立っているように思えた。
 その時。
「チチッ」
 すぐ近くで、また鳥の鳴き声がする。
 今度は、シモンにもはっきり聞こえた。
 気を取られたシモンの腕を引き、ユウリがふいに方向転換した。
「シモン、こっち」
 向かった先に小さな神社の鳥居が見え、二人は全力疾走で神社の境内(けいだい)に走り込む。足元で玉砂利が弾け、境内の空気を揺らした。
 無名であるのか、大晦日の晩だというのに人っ子一人いなかったが、そのくせ、あたりは神気に満ちている。
 ようやく立ち止まったユウリが息を整えながら振り返ると、鳥居の向こうに大きな影が蠢いているのが見えた。それは先ほどユウリを襲った小さな影とは明らかに違う、どう見ても鬼としか思えないシルエットをしている。
「……鬼」
 つぶやいたユウリを見おろし、シモンが訊き返す。
「鬼?」
「うん」
「本当に?」
「間違いない。あれは、鬼だ。──ということは、やっぱり、気づかずに百鬼夜行を横切ってしまったのかも」
 シモンには見えないが、ユウリがそう言うからにはそうなのだろう。
 それに、目を凝らすと、先ほどと同じように、暗がりに黒いかげろうが立ち上っているようにも見える。
 そうして、しばらく二人して通りのほうを眺めていたが、ややあってシモンが訊く。
「それで、これからどうするつもりだい、ユウリ?」
「そうだね」
 応じながら、少し考え込んだユウリが、続ける。
「たぶん、こっちの匂いを覚えられてしまったはずだから、下手に動かない方がいいと思うんだ」
「つまり、打つ手なし?」
「うん。──ということで、仕方ないから、今から隆聖に電話して迎えにきてもらうことにする」
 ユウリが、あっさり白旗をあげた。
 霊能力のことで他人を頼るなど、いつものユウリならあり得ないことであったが、おそらく、それがユウリと幸徳井隆聖の関係性を表しているのだろう。裏を返せば、従兄弟に対し、絶対的な信頼を置いているということだ。
 ユウリが隆聖に連絡を取ってからおよそ三十分後。
 鳥居の向こうに、一台のハイヤーが横付けされた。
 黒革の手袋をしながら後部座席から降り立ったのは、もちろん黒いロングコートを着た幸徳井隆聖であったが、彼はすぐには鳥居をくぐらず、周囲に視線を投げると、その場で印を結んでマントラを唱え始めた。
 夜気に、朗々と響きわたる聖なる呪文。
 最後に、彼は断固たる口調で命令をくだす。
「──悪鬼退散。急々如律令!」
 とたん、空気が震え、爆風がユウリたちのところまで届いた。
 とっさに腕で顔を守った二人の髪が、それぞれ、風に煽られて揺らめく。
 再び静まり返った境内を、しんしんと冷え込む夜が包み込む。しかも、心なしか、これまでより大気が清浄さを増したようだ。
 結局、現れて数分で、隆聖は、あっさり鬼を退治してしまった。陰陽道宗家の未来を担う男にとって、この程度の怪異は日常茶飯事なのだろう。
 懐中電灯を手に鳥居をくぐって歩み寄って来た隆聖が、ユウリの前に立って言う。
「──ったく。なにをやっているんだ、お前は」
「ごめん」
「本当に、追われるまで、鬼の存在に気づかなかったのか?」
「うん。ぜんぜん、気づかなかった。気づいた時には、もう追われていたんだ。──というか、鳥の鳴き声で気づいたんだけど」
 ユウリが説明すると、暗がりで首をかしげた隆聖が、「鳥?」と意外そうに繰り返す。
「夜に鳥が鳴いたのか?」
「うん。『チチッ』って、雀みたいな鳴き声だった」
「雀ね」
 得心した様子でうなずいた隆聖が、その正体を言い当てる。
「それなら『夜雀(よすずめ)』だ」
「『夜雀』?」
「『送り雀』や『袂雀(たもとすずめ)』など異称も多いが、なんであれ、魔物や山犬などの先触れとして現われる」
「へえ」
 その時、懐中電灯に照らし出されたユウリを見ていたシモンが、「あれ?」と意外そうな声をあげ、ユウリが着ている煉瓦色のコートに手を伸ばした。
「このコート、模様なんて入っていたっけ?」
「え?」
 指摘され、ユウリが自分の服に視線を落とし、目の前に立つ隆聖が、その部分に懐中電灯の明かりを当てる。そのコートは、クリスマス・プレゼントとして父親が買ってくれたものであるが、ロンドンの店で買った時から今の今まで、無地だったのは間違いない。
 だが、シモンの言った通り、そこには、それまでなかった真ん丸い形の絵柄があるのが見て取れた。
「あれ、うそ。なんで?」
 うろたえるユウリの前で、絵柄の形を調べた隆聖が短く告げる。
「これは、どう見ても福良雀やな」 
「たしかに、福良雀だ」
 認識したユウリが、「でも」と不思議そうに首をかしげた。
「いつの間に?」
 それに対し、懐中電灯の明かりを揺らした隆聖が、「おそらく」と現在にいたるまでの状況を分析してくれる。
「そもそも、鬼の注意を引いたのは、お前ではなく、絵から抜け出して飛びまわっていたそいつらだったんだろう。それが、鬼に見つかって先触れにされてしまい、お前に助けを求めた」
「……助けを」
 繰り返したユウリが、「それなら」と確認する。
「僕が聞いた鳴き声は──」
「当然、そいつらだ」
 明言され、再びコートを見おろしたユウリが、「つまり」と言う。
「これって、彼らが無事に戻ってきてくれたってことだよね?」
「ある意味、そういうことになるのやろうな」
 認めた隆聖が、懐中電灯を持ったままクルリと踵を返し、「ということで」と続けながら歩き出す。
「騒々しくはあったが、結果的に良かったやないか、ユウリ。捜す手間が省けて。──あとは、帰ってから、そいつらを掛け軸に移すだけや」
 ユウリが、「たしかに」とうなずく。おかげで、お正月は、シモンと二人、ゆっくり過ごせそうである。
 そこで、顔を見合わせて微笑み合ったユウリとシモンは、肩を並べて隆聖のうしろについて歩き出す。
 それは、除夜の鐘が鳴り響く、古都京都での出来事だった。
 謹賀新年──。

閉じる

著者の近刊

    • オカルトロマン

    『イブの林檎~マルム マルム エスト~ 欧州妖異譚13』

    篠原美季/著 
    かわい千草/イラスト
    定価:本体630円(税別)

    • オカルトロマン

    『オールディンの祝杯 欧州妖異譚12』

    篠原美季/著 
    かわい千草/イラスト
    定価:本体630円(税別)

    • オカルトロマン

    『黒の女王~ブラック・ウィドウ~ 欧州妖異譚11』

    篠原美季/著 
    かわい千草/イラスト
    定価:本体600円(税別)

    • オカルトロマン

    『運命のトリオンフィ セント・ラファエロ妖異譚3』

    篠原美季/著 
    かわい千草/イラスト
    定価:本体630円(税別)