WEB限定小説
「VIP」シリーズ
SS復刻スペシャル
『VIP 聖域』番外編
「プレミアチケット和孝&久遠」
高岡ミズミ
「いったいどこへ行くつもりだ?」
助手席から久遠に問われ、前を向いたままで和孝は肩をすくめた。
「到着したらわかる」
一言であしらったものの、久遠が怪訝に思うのも当然だ。なにしろ唐突だったし、自分でも突飛な真似をしているという自覚はある。
ちょうど最後の客を見送ったとき、BMに顔を出した久遠を半ば強引に連れ出した。
助手席に座る久遠を見るのも初めてなら、自分の車に乗せるのも初めてだと、アクセルを踏んでから気づくような有り様だ。
背後にぴたりとついてくる黒塗りの車については――考えないようにする。いま頃沢木は、和孝に対する不信感を募らせているにちがいない。
和孝にしてもほんの思いつき、衝動的な行動だった。
もちろん理由はある。
数時間前、ふらりとやってきた宮原から封筒を渡されたのがきっかけだ。
――知り合いがオープン記念にくれたんだけど、僕はこういうの興味ないから。
その一言で帰っていった宮原を見送ったあと、封筒の中身を確認してみると、ラブホテルのチケットが入っていた。プレオープンの期間中いつでも使えるというプレミアチケットだ。どうやら全室にプラネタリウムが完備されたラブホテルのようで、チケットには星空が印刷されていた。
俺も興味ないですよ。
と心中でこぼしたが、宮原からもらった以上、無駄にするわけにはいかない。誰か喜んで行きそうなひとはいないだろうかと思案したもののまったく思い当たらず、自分の狭い交友関係を実感したにすぎなかった。
冴島は論外だし、谷崎にはよけいな揶揄をされるはめになるだろう。BMのスタッフである津守に渡すのは、特別扱いみたいで抵抗がある。
沢木――にはこれ以上疎まれるネタを作りたくない。
チケットを手にすっかり困っていたところに現れたのが、久遠だった。
プラネタリウムからはもっとも遠いイメージの久遠の顔を見た途端、なぜか和孝は自分で行こうという気持ちになった。たまには普通のカップルらしいことをしてもいいはずだ、と考えたのかもしれない。
実際、微塵も興味はなかったというのに、ホテルの地下駐車場に車を停める頃には心なしか浮かれてしまっていた。
突然父を連れ去られておそらく面食らっているだろう沢木には申し訳ない気持ちになりながらも、宮原からもらったという事実を免罪符に和孝は車を降りたのだ。
車内で質問してきて以来ずっと黙っていた久遠が口を開いたのは、部屋に入ってからだった。
「まさかラブホテルに連れこまれるとは」
驚いたとでも言いたげに片眉を上げた久遠に、開き直って人差し指を顔の前で左右に振った。
「最近は、ファッションホテルとかブティックホテルとか言うんだってさ」
以前、スタッフの雑談を小耳に挟んで得た知識を披露する。じつのところ宮原に負けず劣らずこの手の情報には疎かった。
ジャケットを脱ぎ捨てた和孝は、それをソファに放ったあと、先にベッドに足を向けた。
「ほら、急いで。ショーを始めるから」
隣をポンと叩いて急かすと、和孝同様上着を脱いだ久遠がネクタイを緩める。ベッドに並んで座ってから、リモコンを操作して部屋の明かりを消し、天体ショーを開始した。
「……わ」
ラブホテルを使う目的はひとつなので、どうせ子ども騙しにちがいないと舐めていただけに、天井一面に広がった星空に覚えず息を呑む。
いまにも降ってきそうな星のきらめきに目を奪われ、宙に浮いているような錯覚に囚われた。
「……俺、こういうの初めてだ」
ぽつりとこぼす。
母親は早くに亡くなったし、父親は仕事人間だったしでプラネタリウムどころか遊園地や動物園にすら行った記憶がない。中学に上がる頃にはすでに父子関係が壊れていたため、会話すらなくなっていた。
「俺も初めてだな」
隣で久遠が同意する。
「そりゃあそうだ。久遠さんは、プラネタリウムって柄じゃないだろ」
「子どもの頃の話じゃないのか?」
「子どもの頃でも似合わない気がする。というか、子どもの頃があったっていうのが信じられない」
ばかなことを言っていると承知で、自身の軽口に吹き出す。
この状況もおかしかった。ラブホテルで、久遠と並んで星空を見上げながら話をするなんてどう考えても滑稽だろう。
「だってさ、眉間に皺を寄せた顔しか想像できないし。そんな子ども、可愛くないだろ」
浮かれついでに、冗談混じりで笑い飛ばす。まではよかったが、この後思いがけない一言が返ってきた。
「まあ、おまえに比べれば可愛くなかっただろう」
「は?」
墓穴を掘るとはこのことだ。揶揄の滲んだ口調に、かっと頬が熱くなる。
十代の頃を知られていることがこれほど不利だとは――返り討ちにあった気分で眉をひそめた和孝は、リモコンで部屋の明かりをつけた。
「なんだ。ショーはもう終わりか?」
しれっとした問いかけには、仏頂面で久遠のネクタイに手を伸ばして応える。
「終わり。せっかくのラブホなんだから、やることやろう」
そう言うが早いか、本来の使用目的を果たすべく自分から久遠に顔を寄せる。プラネタリウムの効果か、それとも「可愛い」なんて恥ずかしい台詞のせいか定かではないが、初めから熱が入り、思いがけず情熱的な時間を過ごすことになったのだった。
初出:『VIP聖域』アニメイト特典