講談社BOOK倶楽部

special story

WEB限定小説

「VIP」シリーズ

SS復刻スペシャル

『VIP 残月』番外編
「お年玉」

高岡ミズミ

「おお、よく来たな。堅苦しい挨拶はあとにして、上がれ上がれ」
 初詣での帰り道、新年の挨拶をするために冴島宅に立ち寄った。玄関先で帰る予定でいたものの、冴島の勧めで靴を脱いだ和孝が居間に入ると、真っ先に卓袱台の上に並んだお節が目に入った。
 ひとりぶんにしては量が多い。鍋を使って徳利を温めているところをみると、自分以外にも来客があるようだ。
「俺、お邪魔じゃないですかね」
 そう返した和孝の耳に、玄関の呼び鈴が聞こえてくる。
「鍋を見ててくれ」
 その一言で居間を出ていった冴島に代わり、大丈夫かと思いつつも台所に立った。
 冴島好みに燗酒が仕上がったちょうどそのとき、来客を伴って家主が戻ってくる。
 顔を合わせて面食らったのは、どうやら先方も同じらしい。わずかに目を見開いた久遠に、和孝は右手を上げた。
「え……っと、すごい偶然だね。というか、久しぶり」
 元日早々久遠の顔を見ることになるとは思っていなかったので、妙な挨拶をしてしまう。やくざ稼業も年末は繁忙期らしく、会うのは三週間ぶりだった。
「めずらしく冴島先生が時間を指定してきたのは、こういうことだったんですね」
 久遠の言葉に、冴島が満足顔で顎を引く。
「正月くらい、年寄りに合わせてくれてもばちは当たらんだろう。おまえさんだけじゃ話は弾まんし、これとじゃ説教じみてしまうから、ふたりまとめてつき合ってもらおうと思ってな」
 いい案だとでも言いたげだが、和孝にしてみれば気持ちよく酒を酌み交わすどころではない。冴島と久遠が相手では分が悪すぎる。
 とはいえ、冴島の誘いでは辞退するわけにもいかず、三人で卓袱台を囲んだのだ。
 熱燗で新年の挨拶をし、早速お節をいただく。驚いたことに、お節は冴島の手作りだった。
「うまっ。こんなの、自分で作れるんですか」
 冴島が料理上手なのは知っていたものの、予想以上の腕前に目を瞠る。
 根菜の炊き合わせに、たたき牛蒡、栗きんとん、だし巻き卵。なんと松前漬けや紅鮭の昆布巻きに至るまで冴島がひとりで作ったという。ふっくらとした黒豆など、玄人はだしだ。
「そうか。うまいか。たくさん食べていいぞ」
 冴島と久遠は酒の肴をたまに摘まむ程度なので、談笑するふたりをよそに遠慮なく口に運んだ。
「以前より大変そうじゃな。あんまりえらくなるのも考えものよ」
 そう水を向けた冴島に、
「いいように使われてます」
 久遠が苦笑しながら応える。
「どこの世界も楽にはいかんのう」
「まったくです」
 冴島の言ったとおりお世辞にも会話が弾んでいるとは言い難いのに、穏やかな空気を感じる。ふたりが信頼し合っているからこそだろう、と和孝にも伝わってきた。
 となれば、ここでの自分の役目はお節を消費することしかない。厄介になっている頃から、出された料理を平らげると冴島の機嫌がよくなった。
「ああ、そうだった。忘れないうちに渡しておこう」
 ふいに冴島が立ち上がり、茶簞笥の抽斗からポチ袋をふたつ取り出した。ひとつを久遠に、もうひとつを和孝に差し出す。
―なんですか、これ」
「見てのとおりお年玉だ」
 当然と言えば当然の答えが返ってくるが、和孝が聞きたかったのはそんなことではなく、なぜ自分たちにくれるのか、だった。
「でも、お年玉をもらう歳じゃないです」
 そもそもお年玉をもらったのは子どもの頃以来なのだ。大人になってもらう機会も理由もないし、ましてや相手は世話になりっぱなしの冴島だ。
「なに。儂から見れば、ふたりとも子どもみたいなものよ。いや、おまえさんの場合は孫じゃな」
 ははっと笑われ、首を傾げた和孝の口元を久遠が指差してきた。いったいなんだと確かめてみると栗きんとんがついていて、慌ててティッシュで拭う。これではいくら、もう子どもじゃないと言ったところで失笑されてもしょうがない。
 ばつの悪さから顔をしかめたのも束の間。
「ありがたく頂戴します」
 恒例行事なのか、久遠が礼を言って受け取ったからだ。久遠の手にあるポチ袋を見た瞬間、和孝は我慢できずに吹き出してしまっていた。
「似合わねえ」
 可愛いイラスト付きのポチ袋と久遠、これほどちぐはぐな取り合わせがあるだろうか。
「笑いすぎだ」
「だって」
 こんと頭を小突かれて窘められようと、可笑しいものは可笑しい。
「久遠さんが、ポチ袋」
 なおも笑うのを止められず身体を震わせていた和孝だが、この後まさか手痛いしっぺ返しを食らうはめになろうとは。
「おまえさんたちは、案外似合いだのう」
 しみじみとした冴島の口調に、かえって衝撃を受ける。まさしく祖父の前でいちゃついたような心地になり、頰どころかうなじまで熱くなった。
「機嫌をとるのが大変ですが」
 しれっとして久遠がそう答えたからなおさらだ。
 それはこっちの台詞だろ。
 心中で返した和孝は、今年一年の自分が見えたような気がして頭を抱えたい衝動に駆られる。まるで保護者がふたりだ、そう思うと元日早々疲労感に襲われ、ため息をこぼさずにはいられなかった。



初出:『VIP 残月』アニメイト特典