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横浜っ子の篠原先生の思い入れたっぷりの意欲作! 時迷宮〜横浜居留地五十八番地〜 篠原美希/著 定価:本体630円(税別) カバー絵/横浜野毛伊勢山従海岸鉄道蒸気車図(神奈川県立歴史博物館蔵)

「英国妖異譚」の1部を完結した、篠原先生が新作を刊行しました!
新たな作風の「時迷宮(ときめいきゅう)」の裏話(?)をお伺いしました。

時迷宮 篠原美希先生インタビュー
「英国妖異譚」とは時代設定などガラリと雰囲気がちがいますが、執筆の動機は?
 あとがきにも書きましたが、現在、横浜は開港150周年記念のイベントがあちこちで行なわれていて、横浜っ子である私も、負けてはいられないと刺激され、開港当時を舞台にした話を書いてみようと思い立ちました。
 とはいえ、最初はあまり興味なく、友人に誘われて某イベントに参加してから、がぜん興味がわいてきたんですけど。
 明治・大正のレトロな雰囲気はとても好きですが、資料が多くて書くのはけっこう大変だと思います。よほど好きで、普段からそういうものに触れていないと、なかなか設定などが思いつかない。
 でも、やっぱりまた書きたいですねえ。
登場人物の深川芭介(ふかわばすけ)、高澤輝之丞(たかざわてるのじょう)の性格、人となりを教えてください。
 人となりか………。
 説明するのって、けっこう難しい気がします。基本的に物語の中で、彼らがどう振る舞うかで表わされることだと思うんですが、強いて言うなら、芭介さんは「冷」で、高澤は「熱」になるのかな。
 でも、たぶん芭介さんのほうが、情が深い。
 な〜んて、こんな説明では皆さんにはわかりづらいと思うので、がんばってもう少し説明してみますね。
 深川芭介は、色素の薄い外国風の顔立ちのくせに和服が似合います。端正なたたずまいである上、表情があまり変わるほうではないので、冷たそうで、達観しているように思われがちですが、商売人としてとっつきにくいわけではなく、そういうしなやかさも含めてなんとも謎めいた御仁だと思います。商売をしている女性にモテるというのも、特徴の一つかもしれません。
 それに対し、高澤輝之丞は、美丈夫で洋装の似合うお坊ちゃまです。フランス留学から戻ったばかりで、横浜税関職員、しかも上司の覚えがめでたいという絵に描いたようなエリートですが、本人はいたってざっくばらんな好青年です。
 作中には描いていませんが、こういう人は、お嬢様に好まれるのではないでしょうか。きのかちゃんだって、まんざらではなさそうでしたしね。
 芭介さんと高澤は、飲み友達で仲良しです。
 ただ、おそらくなんですが、高澤は芭介さんに惹かれて(憧れて)いるのに対し、芭介さんは、高澤をただの飲み友達としか思っていなさそうな気がします。ただ、高澤には周囲におおぜい友人がいるのに対し、芭介の友人は高澤だけという気もするから、五分五分ってところでしょうか。
 この二人にはモデルがいて、芭介さんは、あとがきでも書いたとおり、当時の画家がベースにあって、そこから創造した人物なのですが、高澤輝之丞は、なんと、今現在生きている現実の人間がモデルになっています。
 その方には、税関資料などでお世話になっていて、もちろん年齢は高澤輝之丞よりずっと上だし、性格についてはよく存じ上げないので勝手に作っていますが、なかなかの男前であるのは間違いなく、その方に出会わなければ、高澤輝之丞というキャラクターは生まれませんでした。
 今さらですが、とても感謝しております。
 その関係でもう一人、部下の田汲直ノ介(たくみなおのすけ)というキャラクターが登場していますが、もともと名前もなく一行で終わらせていた人物に、名前がつき、なおかつ高澤と会話するにいたったのには、物語を超えたところで現実的な理由があります。詳細はともかく、田汲直ノ介はキャラクターとして気に入ったので、万が一続編を書くことにでもなれば、ぜひ「時韻堂(じいんどう)」の常連の椅子を巡って、高澤とバトルを繰り広げてほしいです。もしくは、星家(ほしけ)の跡継ぎの座をめぐって‥‥‥?
開港前後の横浜の特に描きたかったことやシーンは?
 もともと、作中に出てきた「豚屋火事(ぶたやかじ)」を中心に、明治維新における欧米の陰謀を描きたかったのですが、そのために必読すべき資料があまりにも膨大で、たった二ヶ月足らずの執筆期間では絶対に無理と思い、諦めました。
 その代わりに横浜の変遷を描こうと思い、この話ができました。
 寒村だった横浜村が、開港を機に、一気に港町として栄えていく中で、それに翻弄された人々がいたことを描きたかったため、物語の展開上、主人公が出てくるまでに少々間ができてしまいましたが、一章一節さえ読破できれば、あとは芭介さんたちが活躍してくれるので、挫折せずに読みすすんでいただけたらと願います。
 私が気に入っている場面は、芭介さんと高澤が伊勢山皇大神宮(いせやまこうたいじんぐう)の鳥居の下に座って港を見おろすところですね。表紙に使わせていただいた神奈川県立歴史博物館所蔵の錦絵に触発されて作った場面ですが、伊勢山皇大神宮に散歩に行くたびにニヤニヤしてしまいます。
 ここに芭介さんと高澤さんがいたのか————って、実際はいないんですけどね。
 もちろん、現在は住宅やマンションが林立していて、当時の景色はどこにも見えませんが、きっとこの場所から港が遠望できたのだろうなと想像するだけで楽しいです。
 あとは、やはり「時韻堂(じいんどう)」ですかね。
 冒頭で、現代に生きる女子高生たちが、アンティークな骨董(こっとう)の店を想像して立ち尽くす場面がありますが、まさに私の心境です。
 どこかにこんなお店があればいいのに………。
 しかも芭介さんのような店主がいたら、絶対に常連になるんですけどねえ。
あとがきに「舞台に立った」とありますが、詳しく教えてください。
 舞台というのは、横浜開港150周年記念イベントの一環で、1年前から「DO−RA−MA YOKOHAMA150」というものに参加していたんです。
 横浜市在住か在勤の人であれば、誰でも参加できたのですが、役者が一般人であるほかは、演出、舞台装置、映像、音楽、振り付け、衣装など、すべてプロの手によるという画期的な舞台でした。
 そういう意味では、人生で二度と経験できない、貴重な体験をしたと思います。
 総勢で三百人以上の市民クルーが、市内四箇所に分かれてそれぞれチームを作り、1チーム3公演ずつ、全部で12公演が行なわれました。
 私は、その中の「野毛チーム」に参加し、子どもも合わせて百人ほどの人数で、歌あり、踊りあり、笑いありという、大舞台を踏んだわけです。
 タイトルは、「走れ!カンカン虫!」
 吉川英治(よしかわえいじ)氏の作品に、「カンカン虫は唄う」というのがあって、その中に「いろは長屋」という貧乏長屋が出てきますが、それにオマージュを捧げるかのように、舞台では「ほへと長屋」というのが出てきて、私はその長屋の未亡人という役どころでした。
 あまり台詞(せりふ)もなく、ただいるだけという感じでしたが、それでも緊張して台詞を間違えそうになったくらいで、それでなくても声が通らず、どうやら俳優としては致命的のようです。
 ちなみに、今回の「時迷宮(ときめいきゅう)」に出てくる「十色(といろ)長屋」というのは、吉川英治氏と舞台の演出家であった四大海(しだいかい)さんの両名にオマージュを捧げるつもりでネーミングしています。
 四大海さんというのは、劇団S.W.A.Tを主宰なさっている方で、先日、脚本・演出・出演なさっている舞台を拝見しましたが、ハートウォーミングで笑いも満載という、私好みのものでした。
 以来すっかりファンになり、作中、川上音二郎(かわかみおとじろう)に並ぶ看板役者として、「しだいかい」をもじった「鹿井大二郎(しかいだいじろう)」という名前を出してしまったくらいです。‥‥‥内緒なんですけど。
 私は、いつか舞台の脚本を書いてみたいと思っていて、そのための舞台経験のつもりでしたが、普段一人で創作している私にとって、おおぜいの人と一つのものを作り上げていくということが、想像以上に刺激的で面白く、本当に楽しい1年でした。
 また機会があれば、絶対に参加しようと思っています。
 そういえば、「時迷宮」の締切りが、ちょうど最初の舞台の1週間後だったため、舞台と作品が私の中では完全にリンクしてしまい、そういう意味でも本当に思い出深い作品になったといえます。
 なんにせよ、時代背景が一緒で本当に良かった。
 もし「英国妖異譚(えいこくよういたん)」の締め切りとぶつかっていたら、間違いなく精神が分裂していたでしょう。

 とにもかくにも、明治期に生きた人々を描いた「時迷宮」を、ぜひご一読ください。

篠原美季先生、ありがとうございました。
ぜひ、皆さんもレトロでハイカラな雰囲気のお話、味わってくださいね。