講談社BOOK倶楽部

Part4「妖(あやかし)退治」

幻獣王の心臓 Special DRAMAシナリオ

Part4「妖(あやかし)退治」


颯介
「ふぃ~……」

カポーン、と響く浴室の音。

颯介
「やっぱりぬるめの風呂にのんびりつかるのが一番だよなー。しかも昼からってのが最高。休みの日のささやかな贅沢ってこういうことだよ、うん。さて、髪でも洗うか」

風呂から上がる音に続き、シャワーの音。頭からシャワーを浴び終えて、鏡を覗く颯介。

颯介
「うーん……髪が伸びてきたな。そろそろ切りにいかないとまずいかな?」

そのとき、突然風呂の壁や天井がミシミシと軋む音が響く。

颯介
「ん?」

続けて風呂のドアをドンドンと叩く音。

颯介
「……これはもしや……」

ピンときて風呂を出た颯介は、腰にタオルを巻いただけの恰好でリビングへ向かう。

颯介
「おい、琥珀! 人がのんびり風呂つかってる時に、いたずらすんなよ!」
琥珀
「あぁん? なんだ貴様、そのみっともない恰好は」
颯介
「うっせ。おまえが風呂のドアをドンドン叩いて邪魔したからだろ」
琥珀
「なんのことだ? 知らんわ、そんなこと」
颯介
「ははーん、俺のくつろぎタイムを、そうまでして邪魔したいわけか」
琥珀
「だから知らんと言っておるだろ。だいたい、どうやったら儂のこのぷりちぃな手で、ドンドン音が鳴るほどドアを叩けるというのだ」
颯介
「……ああ、確かに」
琥珀
「何より儂は、貴様が怒鳴り込んでくるまでこのソファーで気持ちよく昼寝しておったのだ。ほれ、貴様の“シンガン”でよーく視るがいい。儂が噓をついているように見えるか?」
颯介
(確かに、俺の両目には“シンガン”と呼ばれる不思議な力が宿っていて、この目を使えば普通は見えない妖や物ノ怪の姿を捉えることができたり、聖邪虚実を見抜く事ができる。そんな“シンガン”で視ても、琥珀は噓を吐いていない、と判断できる)
颯介
「だったら奏(かなで)が? いやでも、あいつがそんな真似するわけないしな」
琥珀
「そもそも、貴様の妹は外で遊び歩いているではないか」
颯介
「そうなのか」
琥珀
「まあ、まずはそのみっともない姿をなんとかせい」
颯介
「おっ、と。……まずいまずい。いくら兄妹とはいえ、中学生女子の前に全裸同然で飛び出す羽目にならずに済んでよかった……。でも、じゃあさっき俺が聞いた音はなんだったんだよ」
琥珀
「おおかた、家鳴りのような雑多な妖の類でも紛れ込んでいるのであろうな」

つまらなそうな琥珀の口振りに、颯介がげんなりした声。

颯介
「ま~た、そういうありがたくないイベントか……」
琥珀
「音が鳴るだけの怪異なぞ、捨て置いても良かろう」
颯介
「そうなんだけどさ、シャンプーとかして目ぇ閉じてる時にいきなり音がするとびっくりするじゃん」
琥珀
「思ったより小心だな、貴様」
颯介
「いや、怖いってわけじゃなくてな、純粋にびっくりするってだけだからな」
琥珀
「ふむ。であれば“ちゐず”一箱を奉納で、風呂の外を見守ってやってもよいぞ」
颯介
「その見下した感じ、むっちゃむかつくな!」
琥珀
「無用の世話だと言うなら儂は昼寝に戻るが」
颯介
「お願いシャッス!」

颯介、風呂に戻る。ドアを開け閉めする音の後、湯につかる音。

颯介
「気にしすぎるのも良くないってのは分かってるけど……え?」

湯を搔くき分ける音が徐々にハウリングのような不協和音に変わってゆく。

颯介
「うわわわっ!」

慌ててバスタブから飛び出し、浴室のドアを開けて脱出を試みる颯介。

颯介
「今度は風呂そのものかよ!」
琥珀
「やれやれ、やかましいのう」

颯介がドアを開けると同時に、琥珀が面倒臭そうに中へ入ってきた。

琥珀
「家鳴りかと思えば鳴釜(なりかま)ではないか。まったく、貴様はいつも妙なものを呼び込むのだな」
颯介
「俺のせいかよ!? てか、鳴釜ってなんだよ!?」
琥珀
「いいから下がっていろ」

琥珀、白虎(びゃっこ)の姿を取る。

颯介
「うおぉぉい! こんな所で白虎に戻るな!」
琥珀
「だから下がっていろと言ったろうが! 風呂場から出ていろ!」
颯介
「うわっ!」

琥珀に尻尾でベシッと叩かれて浴室から颯介が追い出される。

琥珀
「西方白虎の名の下に、金行五臓の呼気に乗せ、五事の言の葉を以て我は命ずる!」

琥珀が呪言を唱える。
呪文で編み込まれた妖力の鎖がジャラジャラと音を立てて広がる。

琥珀
「滅っ!」

妖力の鎖が一気に収束。風呂の水が噴水のように噴き上がる。
鳴釜を退治して、ふぅ、と一息吐く琥珀。猫の姿にドロンと戻る。

琥珀
「やれやれ、終わったぞ」
颯介
「一体何だったんだ、今のは!?」

風呂場の中に戻ってきた颯介の、驚きと戸惑いが混じった声。

琥珀
「あれは鳴釜と呼ばれる妖でな」
颯介
「噴水の妖かなんかか? バスタブから思いっきり噴き上がった湯のせいで廊下までびっしょびしょだぞ!」
琥珀
「湯が噴いたのは滅した際の不可抗力だな。鳴釜そのものの仕業ではない。古来より、釜が鳴ると、その家の主に良くない事が起きる──と言われている」
颯介
「釜? 釜って、その場合はあれだろ、茶釜か何かじゃないのか? まさか風呂釜にまで出てくるとか、そういうことかよ」
琥珀
「確かに茶釜の方だが、この家ではもっとも豊富に湯がある場所に現れた──という事だろうな。そもそも鳴釜は、妖というよりも釜鳴りを通じて予言を行う神だったはずなのだ。それが十分に祀られなかったり、釜そのものの付喪神(つくもがみ)と混じり合ったりするなどして、妖に変わってしまったのだ」

琥珀の説明に、へぇ、と感心する颯介。

颯介
「たとえ元が神様であっても、妖になってしまった以上は、そこにいるだけで淀みを生むってことか……」
琥珀
「万物が流転する以上、万物に宿る神もまた流転、変化し続ける定めということだな」

颯介、はたと気付く。

颯介
「もしかして、俺の傍にはこれからもああいう類がいっぱい寄ってくるのか……?」
琥珀
「だから儂に心臓を返し、“シンガン”を譲れと言っておるのだ。少なくともその時点で貴様はこの重責から解放されるぞ?」
颯介
「いやいや、それやったら俺死ぬじゃん! まだ死ぬ気にはなれねえよ! そっちこそ、俺が天寿を全うするまで諦めろ」
琥珀
「頑固だな」
颯介
「そっちこそ」

颯介と琥珀、顔を見合わせて苦笑。

琥珀
「ま、恰好をつけても全裸では意味がないがな」
颯介
「余計なお世話だ」

END