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VIP 残月

高岡ミズミ/著 佐々成美/イラスト 定価:本体630円(税別)

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STORY

VIP 残月定価:本体630円(税別)

久遠、和孝ふたりが選んだ道は――!?

選ばれた者だけが入会を許される高級会員制クラブ、BLUE MOONのマネージャー柚木和孝(ゆぎかずたか)の恋人は、暴力団不動清和会の幹部・久遠彰允(くどうあきまさ)だ。不動清和会の跡目争いも落ち着き、平穏な日々が戻ってきたと思っていた和孝の前に、BMの買収話をちらつかせ久遠との関係を脅す男が現れる。かつてない危機が和孝を襲う!

著者からみなさまへ

こんにちは。高岡ミズミです。VIPシリーズも今作でとうとう10巻目となりました。とても愛着のあるシリーズなので、私自身感慨深いです。9巻では「ラスト2行が……」という感想を一番多くいただいたのですが、今回はその答えあわせの巻となっています。と同時に、ふたりの関係にも区切りがついておりますので、ぜひ見届けてくださいませ。どうぞよろしくお願いします。おそらくラブ度もぐっと上がっているはずです!

special story

書き下ろしSS

午前0時
高岡ミズミ

「まだ帰ってなかったんだ」
 閉店後の静かな店内に、津守(つもり)の声が響く。
「あれ? なにかあった?」
 とっくに帰ったはずの彼の姿に驚き、和孝(かずたか)は厨房を出た。
「この先にある友人の店に顔を出したんだけど――前を通りかかったら電気がついてるんだもんな」
 津守が呆れ口調になる理由はわかっているが、お互い様だと言わざるを得ない。BMがなくなって二年以上たっていても仕事中心の生活はなかなか変えられず、和孝は店を、津守は和孝の身を気にかけることをやめられないのだ。

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「あー……うん。今夜は特別」
 ちらりと厨房へ目をやったあと、先を続けた。
「たまには手の込んだ食事を食べてもらおうかと思って、店に寄ってもらうことにしたんだ。といっても、こんな時間だから軽いものしか無理なんだけど――ほら、あのひと、営業時間中だと顔出せないしね」
 無利子無担保の借金をしている身としては、これくらいしなければ心苦しい、という意味だった。
「三日遅れのクリスマス?」
 津守に言われて、そういうのもありかと気づく。
 クリスマスは互いに仕事だったし、終わったあとも特に連絡し合うこともなく、普通の日と同じように過ごしていた。
「あ、それいいな」
 和孝の返答にいっそう呆れ顔になった津守は、直後、意外な問いを投げかけてきた。
「ずっと不思議だったんだが――店をオープンするときに引っ越ししたのはどうして?」
「え、なに。いまさら?」
 津守の言うとおり、開店するにあたって前のマンションを引き払った。店から近い場所に住むほうが楽だという単純な理由からで、他意はなかった。
「近いとなにかと便利だろ」
 そのまま答えた和孝だが、津守の話はそういうことではなかった。
「いまでも頻繁に行き来してるんだから、ついでに同居すればよかったのに」
 この質問は予想外で、思わず口ごもる。半年もたって聞いてきたくらいなので、よほど不自然に見えるのかもしれない。
 もっとも津守の疑問は当然で、しょっちゅう互いの部屋を行き来し、家主が留守でも構わず泊まっていくときがある和孝にしても、一度ならず考えたことはある。
 そのたびに思い留まってきたのだから、この先もきっと自分たちは同居には踏み切らないだろうと、そんな気がしていた。
「あー、うん。逃げ場が必要って感じ?」
 どう表現すればいいかわからなかったので、もっとも自分の感情に近い言葉を選ぶ。一方で、その逃げ場を必要としているのは自分よりむしろ久遠のほうではないかと思っていた。
 ようするに、自分が逃げ場をひとつ持っていることが久遠の保険になると言えばいいのか。
 久遠がやくざだという事実は自分たちの間で重要ではない半面、無視できないものなのだ。
「ほら、あんまりあっちに馴染んで普通の感覚がわからなくなったら厭だし。ていうか、どうしたんだよ。藪から棒に」
 そう問い返すと、津守はひょいと肩をすくめた。
「オーナーが公私にわたって充実していたら、従業員としては安心だろ?」
 本気とも冗談ともとれる一言を最後に、津守は右手を上げ、店を出ていく。
「お疲れ様」
 津守を見送った和孝は、安心かと呟き、ふっと笑った。
 以前の自分は、久遠の傍にいる限り平穏な生活はないと思い込んでいた。
 いまその考えは多少変化しつつある。
 災難ではすまされないようなことを経験したし、一度ならず窮地にも陥ったけれど、その合間には確実に平穏な生活があった。あたたかな時間のなかで、優しい気持ちを味わっていたのだ。
 世界じゅうどこにでもいる、普通のカップルみたいに。
 そのことに気づいてからは、将来についてもずいぶん気楽に考えられるようになった。
「いいことでもあったのか?」
 久遠が姿を見せた。脱いだコートを受け取る傍ら、まあね、と和孝は返す。
 久遠を席に案内してから、自身は厨房へ戻り準備の続きにとりかかった。
「こんな時間だし、軽めにしたよ」
 まずはアンティパストとして茄子のバルケッタとぼたん海老のクルードを出す。
 セコンド・ピアットにはローズマリーを添えたマスタードチキン、ドルチェのマチェドニアで〆る予定だ。
 和孝もテーブルにつくと、白ワインで乾杯した。
「おかげさまで忙しくさせてもらってます」
 開店資金を借りている立場からそう報告すると、久遠が苦笑する。
「色気のない」
 これに黙っていられず、鼻で笑い飛ばした。
「それはお互い様だと思うけど」
 だが、この後、予期せぬ事態が和孝を待っていた。
 テーブルに置かれたものを目にして、思わず喉がおかしな音を立てる。紺のリボンがかけられているそれは――どう見てもプレゼントだった。
「……嘘っ」
 一瞬、自分の目を疑ったのは無理からぬことだろう。なにしろ久遠からのプレゼントなんて初めてなのだから。
 もっとも自分にしても二千円程度のハンカチしか贈っていないので、似たようなものなのだが。
「数日遅れのクリスマスと、開店半年祝いというところだ」
「……アダルトグッズとかいうオチ?」
 プレゼントを凝視してそう聞いた和孝に、
「信用ないな」
 久遠はそう言うが、疑り深くなるのは当然だ。緊張しつつ、恐る恐る手を伸ばした。
 そっとラッピングを解いてみると現れたのはアダルトグッズ――ではなく腕時計だった。
 しかも、二十代半ばの自分には分不相応な代物だ。
「嘘」
 動揺するあまりもう一度同じ言葉をくり返した和孝の手を、久遠がとる。そして、手際よく腕時計を左手首につけてくれた。
 まるで計ったようにぴったりのそれに目を落としたまま、大きく息をつく。
「俺がこれくらいのものをあげられるようになるまで何年かかるのか考えると、ちょっと気が遠くなった」
 半分は本音、半分は気恥ずかしさからそう言った和孝に、久遠は片笑んだ。
「気長に待つとするか」
 久遠の返答に、十本の指を広げてみせる。十年後くらいにはという、和孝自身の希望も含まれていた。
 十年後の自分たちは想像できないけれど、その頃には熟年夫婦みたいに昔話ができるといい、そんなふうに考えた和孝は、ことのほか気分がよくなり口許を綻ばせた。
「ありがとう。大事にするよ」
 心を込めてそう告げ、腕時計をはめた自身の左手首を胸に抱いた。久遠とふたり、いまも、今後も同じ時を刻んでいくのだと実感しながら。

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