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  • 西洋ファンタジー

公爵夫妻の面倒な事情

芝原歌織/著 明咲トウル/イラスト 定価:本体630円(税別)

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STORY

公爵夫妻の面倒な事情定価:本体630円(税別)

ものぐさ公爵と男装画家のムズキュン契約結婚のゆくえは!?

ノエルは画家見習いの少女。宮廷画家だったという父を捜すため、自分も宮廷画家になるのが夢だ。でもそれは男しかなれない花形職業……。性別詐称は厳罰を受けると知りつつも、ノエルは男の姿で宮廷画家を目指すが、仕事先で出会ったひきこもり公爵リュシアンに、女であることがバレてしまう! そこで秘密を守るのと引き替えに提示されたのは、リュシアンの花嫁になり、仮面夫婦生活を送るという条件で……!?

著者からみなさまへ

こんにちは、芝原歌織(しばはらかおり)です。初めて洋風の作品に挑戦しました。契約結婚することになった、わけあり新婚夫婦によるラブストーリーです。キャラの掛け合いを織り交ぜ、コメディ風味に仕上げました。父親に会うために男装して宮廷画家を目指す少女が、「面倒」が口癖のものぐさ公爵と出会い、恋に仕事に奮闘します。公爵邸には主役二人以外にも癖のある変人――もとい住人たちを取りそろえましたので、お気に入りのキャラを見つけて楽しんでいただけましたら幸いです!

人物紹介

ノエル

ノエル

母が亡くなってから八年、宮廷画家をめざして男のふりを続ける筋金入りの男装少女。料理が得意。ノエルの「双子の姉」として、公爵に嫁ぐことに。
リュシアン

リュシアン

フォール公爵リュシアン・ルーヴィエ。ルドワールの三大公爵家のひとつであるペリエ公爵の跡取り。複雑な生い立ちから、女嫌いのひきこもりに。




special story

書き下ろしSS

公爵邸の面倒な住人たち
芝原歌織

 ――仕事をやる。十分で来い。

 うららかな春の日差しが降り注ぐ正午過ぎ。
 突然やってきた使者に簡素すぎる手紙を渡され、ノエルは全速力で路を駆けていた。
 目指すは、王都東の隅に位置するフォール公爵邸。先日絵の制作を依頼されたばかりの、風変わりな貴族が住む邸だ。
 正直、二度と関わりたくなかったが、わがままを言っていられる状況ではなかった。保護者である叔父がぎっくり腰になり、家計が危機的な状態に陥っていたからだ。

続きを読む

 生活の糧を得るためならどんな仕事でも。わらにもすがる思いでノエルは公爵邸に向かって疾走し、ようやく門へと足を踏み入れた。だが――。
「わ、わわっ!」
 門を駆け抜けようとしたところで何かに足を取られ、ノエルの体は前のめりに倒れてしまう。
「おっ、何だ? 犬でも引っかかったか?」
 地面に這いつくばっていると、すぐ後ろから気だるそうな男の声が聞こえてきた。
「ど、どうして地面に寝転がってるんですか!? あなた、門番でしょう!」
 ノエルは門の側で横臥している赤髪の大男を見つけ、非難の声を上げる。どうやら、死角にいた彼に気づかず、足を引っかけてしまったようだ。
「また干し肉くわえてるし」
 男を見るノエルの目に、冷ややかな光が宿る。昨日もこの男、通称おつまみ門番はだらしなさ全開の態度で仕事に臨み、ノエルを困惑させたのだ。
「この干し肉はな、俺の命の源なんだ。くわえてなけりゃ、門番として機能しなくなるんだから、大目に見ろよ」
「……くわえていても門番として機能していないでしょう」
 ノエルは白い目を向けながら指摘した。他人の邸とはいえ、給料泥棒は見過ごせない。
「いったいいつまで寝ているつもりですか?」
「昨日も言っただろ? 寝転がってても門番はできる。実際、こうして不審者を引っかけたじゃねえか」
「僕は不審者なんかじゃありません! あなたの横暴な主人に呼びつけられてここに来たんです。聞いてないんですか?」
 ノエルは先ほどもらった手紙を、おつまみ門番へと突き出した。
 おつまみ門番は寝転がったまま手紙を手に取り、さっと目を通す。
「確かに、こりゃ旦那の筆跡だな。こんな極限まで無駄を省いた手紙書くのは、うちのものぐさ大王ぐらいなもんだし」
「でしょ?」
「ああ、そうだな。行っていいぜ」
 すんなり了承を得て、玄関の方へ足を踏み出したノエルだったが。
「あ、待て。その前に身体検査を――」
 不穏な言葉が耳に入った瞬間、ノエルは猛スピードでダッシュした。
 身体検査なんて冗談じゃない。昨日もノエルは服の上から体をあらためられ、屈辱的な思いを味わったのだ。胸がぺちゃんこだったため、女であることはバレなかったのだが。
 二度と触らせてたまるか! と、ノエルは気炎を上げながら玄関に向かう。
 そして、勢いのままに扉を押し開け、邸内に駆け込んだその時――。
「きゃっ!」
 上半身に衝撃が走ると同時に、甲高い悲鳴が鼓膜を突いた。
 ノエルは何とかその場に踏みとどまり、つむっていた瞼を持ち上げる。
 長い髪を二つに結い上げた女性が、玄関ホールの床に尻餅をついていた。
 どうやら邸内に駆け込んだ際、扉の近くにいた彼女を勢いあまって吹っ飛ばしてしまったらしい。
「ちょっと、突然何なのよ! あたしの美肌に傷がついたらどう責任取ってくれるつもり?」
「す、すみません! 大丈夫ですか?」
 ノエルは慌てて謝り、プリプリしている女性に手を差し伸べる。
 この邸のメイドだろうか。細身の体にひらひらの白いエプロンと、フリルの入った紺の制服を身につけている。
 ――って、あれ? この人って……。
 彼女をまじまじと観察していたノエルは、途中であることに気づいた。
「何、坊や? お姉さんに見とれちゃった? だめよ。あたしには心に決めた素敵な殿方がいるんだから」
「そ、そんなんじゃありませんっ。あ、あの、胸が……」
「胸? もう、やあね。子供が色気づいちゃって。いくらあたしの体が魅力的だからって。この体を好きにできるのは、ここのご主人様だけ――」
「いや、だから違います。その、胸が……。胸がズレてます」
「……は?」
 ノエルが言いにくそうに指摘すると、女性は間の抜けた声をもらし、胸の方へ視線を落とした。
 そう、ズレていたのだ。胸の膨らみが片方だけ。脇腹の方へ。おそらく、胸に詰めていた何かが、ぶつかった反動であらぬ方向へ追いやられてしまったのだろう。
「てめえ、このこと誰かに言ったら、ぶっ殺すからな!」
 ばつの悪さに俯くノエルの耳朶を、ドスの利いた低い声がなぶった。
 ――え? 今の声って……。
 確かめるべく顔を上げたノエルだったが、女性は胸を押さえながら弾丸のごとく走り去っていった。どうやら、胸の詰め物を直しにいったようだ。
 それにしても、彼女(彼?)はいったい……。
「ようやく来ましたね」
 女性の後ろ姿を眺めていると、逆方向から抑揚のない男性の声が響いた。
 黒髪をきっちり一つに束ねた二十代半ばくらいの男性が、ノエルのもとへと歩み寄ってくる。
 公爵邸の執事を務めるセルジュだ。
「あの、さっきの方は……?」
 ノエルは女性が消えていった方向に視線を戻して尋ねる。彼女は女性なのか。それとも――。
「死にたくなければ、あれこれ詮索しないことです。大変な目にあいますよ?」
 脅しとも取れる発言に戦慄を覚えたノエルは、肩を震わせて答えた。
「……何も見なかったことにします」
 二人が言った通り、彼女について口にすれば、きっとここから生きては帰れない。
「ではジロー君、こちらへ」
「……ジロー君?」
 好奇心を封じ込めたところで呼ばれた名前に、ノエルは誰のことかと首を傾げる。
「あなたのことです。我が君がそう呼べと」
「ちょっと待ってください。ジローって確か、公爵様が飼っていた犬の名前ですよね? 僕の名前はノエルです。ちゃんと本名で呼んでください!」
「却下です。我が君の命令は絶対ですから。本名で呼んでほしいのだったら、ジローに改名なさい」
「なっ!」
 何なのだ、その理屈は。ノエルは言葉を詰まらせ、口をぱくぱくさせた。主人至上主義にもほどがある。
「さあ、我が君が首を長くしてお待ちです」
 セルジュはノエルの様子に構うことなく、主人の部屋へとすたすた歩いていった。
 ……もう早く仕事を済ませて家に帰ろう。ここの住人とはできる限り関わりたくない。
 頭を切り替えたノエルはセルジュの後に早足でついていき、主人の部屋の前まで到達する。
「失礼します」
「遅い」
 ノックをして扉を開けるや、部屋の中から叱責の声が響いた。
「何分たったと思っている? 五分の遅刻だぞ」
 長身瘦軀の美しい男性が窓際のイスに腰をかけながら、冷ややかな眼差しを送ってくる。
 理不尽すぎる指摘を受け、ノエルは胸の中に押し込めていた憤りを発散させた。
「あの距離を十分で走ってこられる人間なんていませんよ! 僕の俊足を褒めてほしいところです! 無茶振りも大概に――」
「ああっ、反論が長い! 十字以内で済ませろ」
 発言を遮られ、ノエルは口を半開きにする。何とものぐさで横暴な物言いなのだろう。さすが癖のある邸の住人たちを従えている主人、フォール公爵リュシアン。容姿は一流画家が描く天使のように麗しいが、中身は真っ黒で怠け者な『惰』天使だ。
「で、仕事って何ですか? 今度は宗教画ですか? 風景画ですか?」
 彼とは最も関わり合いたくない。さっさと仕事を終わらせて帰ろうと、ノエルは負の感情を胸に押し込めて訊く。
「飯だ」
「飯? ということは、静物画ですね。わかりました。どんな料理を描けば」
「君は阿呆か? 思考回路も犬並みか? 私が飯と言ったら、料理を作ればいいのだ。君は本当に面倒な人間だな!」
 リュシアンは苛立たしげにおなじみの言葉(面倒)を吐き捨てた。
「料理を作る? って、待ってください。僕は料理人じゃなくて画家です。仕事ってことは当然、絵を描く仕事だと思って来たのですが」
「私は今、絵画を必要としていない。昨日君が描いた死神の絵さえあれば十分だ」
 ノエルは前回の仕事を振り返って沈黙する。死神の絵とは、ノエルが描いたリュシアンの肖像画のことだ。そう言われても仕方のない作品だったため、一言も反論できない。
「昨晩、君に無理やり手料理を食べさせられてから、ずっと飲まず食わずで腹が減っている。だから、早く作ってくれ」
「ちょっと待ってください。じゃあ、あなたはおなかがすいたから、僕を料理人として邸に呼びつけたということですか?」
「だからそう言っている。私に十字以上の言葉をしゃべらせるな!」
 再度のものぐさ発言に、ノエルは唇をひきつらせながら意見する。
「他の使用人に頼んだ方が、早かったんじゃないですか?」
「君は私を殺す気か?」
 リュシアンは死神のように顔を曇らせて返した。
 どうやら、彼に仕える三人の使用人は、壊滅的に料理が下手らしい。
「まともな料理を作れそうな人間を他に知らなかったのだ。一食作るごとに、百ルティ払う。十分遅れるごとに、十ルティ差し引こう。今のところ二十分遅れているから、二十ルティのマイナスだぞ?」
「そんな、横暴な!」
「やるのか? やらないのか?」
 反論を退けるように確認され、ノエルは神妙な面もちでリュシアンを見据える。
「僕が断ったらどうするつもりです?」
「別にどうもしない。空腹の限界まで耐えるのみだ。新たな料理人を捜すのも面倒だからな」
 ――また出た。面倒。
 それはただの口癖でも出任せでもない。断れば彼は本気で絶食を続けるだろう。昨日ノエルが手料理を与えなければ、リュシアンは餓死していたかもしれないのだから。
「もう、わかりましたよ。手早く仕上げますから、味はあまり期待しないでくださいね!」
 ノエルは半分やけになって言い放ち、料理を作るべく部屋から飛び出した。
 これは家計の危機を脱するための労働であり、人助けでもある。
 一度乗りかかった船だ。こうなったら時間の許す限りは面倒を見てやろう。

 かくして、ノエルはあまり深く考えることなくフォール公爵リュシアンの料理係に就任する。
 その後、アクの強い住人たちに散々振り回され、とある難題まで請け合わされるはめになるのだが、この時のノエルにはまだ知るよしもなかった。

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