STORY
定価:本体660円(税別)
元・男装少女(実は姫君)と、ものぐさ公爵の恋の行方は……。
公爵のリュシアンと契約結婚したノエル。最初はお互いの利害が一致しただけの仮面夫婦だったけれど、ようやく相思相愛に──と思ったのもつかの間、ずっと捜していたノエルの実の父親が国王だと判明して、事態は更にややこしいことに!? 立場激変のノエルは、愛するリュシアンと引き離されてしまって……。運命に翻弄されるふたりはハッピーエンドを迎えられるのか? 心ときめくシリーズ第三弾!
定価:本体660円(税別)
公爵のリュシアンと契約結婚したノエル。最初はお互いの利害が一致しただけの仮面夫婦だったけれど、ようやく相思相愛に──と思ったのもつかの間、ずっと捜していたノエルの実の父親が国王だと判明して、事態は更にややこしいことに!? 立場激変のノエルは、愛するリュシアンと引き離されてしまって……。運命に翻弄されるふたりはハッピーエンドを迎えられるのか? 心ときめくシリーズ第三弾!
初版限定書き下ろしSS
「おしどり夫婦の甘々な内情」より
日はすでに都を囲う外壁の下に沈んでいた。
「キャロル! 暗くなる前に帰るよういつも言っているでしょう。お父様が心配して探しにいってしまったのよ?」
……続きは初版限定特典で☆
2011年にホワイトハート新人賞で受賞された芝原歌織先生のデビュー5周年を記念して、3つのシリーズの壁を越えたキャラクター座談会が実現しました!
登場人物紹介
「公爵夫妻」シリーズ〈全3冊〉
イラスト/明咲トウル
女嫌いのひきこもり公爵と、宮廷画家を目指す男装の少女が、ヒミツの契約結婚!? ラブもコメディも大増量でお送りするムズキュン西洋ファンタジー。
「逆転後宮物語」シリーズ〈全4冊〉
イラスト/明咲トウル
王族でありながら片田舎で暮らす鳳琳は大の男嫌い。お金に釣られ王宮へ向かったが、契約女王となり美形だらけの後宮で暮らすという過酷すぎる仕事を依頼されて!? これぞ本当の逆ハーレムラブコメ!
「大柳国華伝」シリーズ〈全6冊〉
イラスト/尚 月地
大切な人を捜すため後宮入りした暴走娘の華麗なるサクセスストーリー。陰謀渦巻く大柳国皇城を舞台に繰り広げられる中華風宮廷ラブロマン!
スペシャルコラボ座談会
セルジュ: | 本日は「公爵夫妻」シリーズ完結&芝原歌織デビュー5周年記念企画ということで、三組のご夫婦に来ていただきました。わたくし、司会進行役を務めさせていただきます、リュシアン様の執事・セルジュと申します。どうぞよろしくお願いいたします。 |
---|---|
リュシアン: | おい、セルジュ。これはいったいどういうことだ? なぜ君が司会など務めている? 芝原歌織とは何者だ? |
セルジュ: | さあ。しがない作家ということしか。私はホワイトハート編集部という謎の一団の依頼を受け、この場を設けさせていただいたのです。 |
ノエル: | ホワイトハート編集部? まず「公爵夫妻」シリーズとは、何のことなのでしょう? |
セルジュ: | どうやら、芝原という作家、奥様方を陰で取材し、お二人の出会いから真の夫婦に至るまでの過程を書きつづっていたのだとか。それを出版し、小金をせしめていたようなのです。 |
ノエル: | な、何ですって~!? |
鳳琳: | ひどい話ね。裁判に持ち込んで、著作権料と慰謝料きっちり支払わせた方がいいわよ。 |
セルジュ: | 実は、他の二組の模様も……。 |
鳳琳: | え、何? 聞こえなかったわ。 |
セルジュ: | いえ、何でもございません。 |
志翼: | あの、一つ疑問があるのですが、よろしいでしょうか? |
セルジュ: | ええ。どうぞ。 |
志翼: | 見たところ、私たちは随分違う国から集められたようですが。生きている時代さえ違うような……。 |
セルジュ: | 白志翼様。そのあたりのところは突っ込んだら負けですよ。パラレルワールドということでご理解ください。 |
春華: | ぱられるわぁるど? 私には何のことかさっぱり理解できないぞ。 |
雪: | 春華、これはきっと夢の世界なんだ。でなければ色々と説明がつかない。 |
春華: | ああ、何だ、夢か。それなら納得だ! |
ノエル: | うーんと、そうですね。 |
鳳琳: | まあ、そういうことにしておこうかしら。 |
志翼: | え、そんな単純な。簡単に受け入れちゃっていいんで──。 |
セルジュ: | いいんです、白志翼様! |
志翼: | えっ(ビクッ)。あ、はい……。 |
セルジュ: | では、ご納得いただけましたところで、さっそく質問タイムに移らせていただきます。私は手元の資料で皆様のことを把握しておりますが、各ご夫婦に面識はないようですので、まずは簡単に自己紹介を。奥様、ノエル様からお願いいたします。 |
ノエル: | ええっ!? 僕からですか!? |
セルジュ: | はい。編集部から「公爵夫妻」シリーズは完結を迎えたばかりだから、こちらのご夫婦を優先させるよう依頼されまして。 |
リュシアン: | おい、君はなぜ謎の一団の言いなりになっている? これは著しいプライバシーの侵害だぞ! |
セルジュ: | 読者の方を楽しませたいという編集部のサービス精神に心を動かされ。慈善活動です。 |
ノエル: | 絶対にあやしい。 |
鳳琳: | ねえ、何かお酒の匂いがしない? |
志翼: | くんくん。これは葡萄酒の匂いですね。 |
ノエル: | セルジュさん、あなた、まさか謎の一団からワインを……? |
セルジュ: | ……。 |
ノエル: | 好物と引き替えに僕たちを売るのは、これが二度目ですよね? 主人至上主義設定ホントどこいったんですか! |
セルジュ: | 奥様、落ちついてください。これは夢ですよ? |
ノエル: | あっ、そっか。これ夢なんだっけ。 |
リュシアン: | おいノエル、簡単に騙されるな! |
セルジュ: | ああ、もうさっぱり進まないので私からご紹介させていただきます。こちらの小柄な女性は、当家の若奥様ノエル様。父親を捜すため男のふりをして育ったため、このような言葉遣いをされています。そちらの見目麗しい殿方こそ、我が主リュシアン様。女嫌いでものぐさな性格が高じ、ひきこもりになってしまった変わり者です。性別の詐称を盾にノエル様を脅——いえ、契約結婚を持ちかけ、仮面夫婦として過ごしていたのですが、先日晴れて気持ちが通じ合い、真の夫婦となられました。 |
鳳琳: | まあ、素敵! |
志翼: | ところどころ感動できない要素が混じってましたけどね……。 |
鳳琳: | あら。性格に問題のある男性が奥様の愛の力で変わったという話でしょう? 素敵じゃない。性別に関する苦手意識はなかなか払拭できないものなのよ? |
セルジュ: | 資料によると、江 鳳琳様は男嫌いだったそうですね? |
鳳琳: | ええ、そうよ。私の場合、人工培養でね。 |
ノエル: | 人工培養? |
鳳琳: | 私は理想の女王になるため、男が嫌いになるよう育てられたの。この指環に宿っていた水神の妲姫(だっき)が極度の男好きだったものだから。 |
志翼: | 何のことかわからないと思うので、私から説明させてもらいますね。妲姫とは私たちの国の守り神。あの指環をはめると妲姫様の魂が所持者に宿り、体を乗っ取られてしまうのです。夜に限ってですが。鳳琳は妲姫様の行動を制御できる唯一の存在。国を傾ける好色な水神を抑えるため、先代女王が試行錯誤された結果なのですよ。 |
鳳琳: | 伯母たちのせいで男性のことは蕁麻疹が出るくらい嫌いだったのだけど、志翼や周りの男性たちが私を変えてくれたの。 |
セルジュ: | 手元の資料によると、あなたは志翼様の他に複数の伴侶候補がいたそうですね。皇河国の女王は一妻多夫制という話ですが、今後新たな夫を迎えられる予定は? |
鳳琳: | さあ。どうかしらね。 |
志翼: | ちょっとちょっと~。そこははっきり「迎える予定はない」と答えてくださいよぉ! |
春華: | ……一妻多夫。すごい国が存在するんだな。逆に大柳国の皇帝は代々一夫多妻で、何人も妃をめとっていたようだが。 |
雪: | もちろん、わたしに君以外の妃を迎える気持ちはないよ。生涯君だけを愛し続けると誓う。 |
鳳琳: | 随分直球に思いを伝える旦那様なのねぇ。こっちが赤面しちゃうわ。 |
ノエル: | いいなぁ。うらやましい。 |
リュシアン: | なぜ私の顔を見て言う! |
雪: | わたしは春華の父親に引き取られて以来、自分の気持ちにずっと蓋をして生きてきたからね。皇城に戻ることになって、一度は彼女のことをあきらめた。でも、後宮まで後を追ってきてくれて、想いを抑えきれずに告白したんだ。もう二度と離さないと。 |
春華: | 実は、私は雪のことをずっと女だと思っていたんだ。雪は女装だとか言葉遣いだとか、特別女らしいことはしていなかったんだが、顔がすごく綺麗だろう? 勝手に勘違いして、後宮まで助けにいってしまったんだ。女官として働いていた時、正体を知って本当にびっくりしたぞ。雪が皇子で、私のことを女として想っていてくれたなんて。 |
雪: | わたしたちは兄妹のように育ったからね。でも、君のことを妹として見たことは一度もないよ。子供の頃からわたしは春華を妻にしたいと思っていた。 |
春華: | ……雪。 |
ノエル: | 完全に二人きりの世界に入り込んでますね……。 |
セルジュ: | えー、見つめ合っているところ邪魔をして申し訳ございませんが、話を進めさせていただいてもよろしいでしょうか? |
春華: | す、すまない! 状況を忘れてしまって! |
雪: | チッ(軽く舌打ちした音)。 |
セルジュ: | では、次の質問をさせていただきます。ズバリ、プロポーズ、求婚の言葉は? |
女性陣: | 求婚の言葉!? |
セルジュ: | これは女性陣に尋ねましょうか。では、ノエル様からどうぞ。 |
ノエル: | ええっ!? いきなり何なんですか! 無理無理っ、僕の口からは言えません! もちろん、一字一句はっきり覚えてますけど、人には知られたくないというか、自分の心の中だけにしまっておきたいというか。 |
鳳琳: | そうね。求婚の言葉って、女にとってとても大事なものだからね。 |
春華: | 同感だな。たとえ夢の中でも他人には教えたくない。 |
セルジュ: | やれやれ、これでは読者の方から苦情が来てしまいますね。ですが皆様、ご心配なく。求婚の模様は現在発売中の既刊にしっかり記されているそうなので、気になる方はそちらをご購読ください。以上、編集部からの伝言でした。 |
他全員: | 宣伝かっ! |
鳳琳: | ねえ、まさか私たちのことまで本に──。 |
セルジュ: | それでは、最後に編集部からのリクエストです。 |
鳳琳: | 私の疑問を無理やり切ったわね……。 |
セルジュ: | このままでは物足りないと思う読者の方がいらっしゃるかもしれないので。「旦那様方から奥様に愛の言葉を!」だそうです。それで皆様にご納得いただけるかと。奥様方も喜ぶことでしょうし。 |
リュシアン: | 愛の言葉? ふざけるなっ! 人前でそんな恥ずかしいことが言えるか! |
セルジュ: | 我が君、割り切ってください。これは夢ですよ? |
リュシアン: | この期に及んでまだ「夢」で言い逃れるつもりか! 私は騙されないぞ! おい、男性諸君、君たちからも──。 |
雪: | わたしは構わないよ。春華が喜ぶことなら何だってしたい。 |
志翼: | 私も大丈夫です。なかなか言葉にする機会もありませんし、それで夫婦の絆を強められるのでしたら。 |
リュシアン: | 君たちは正気か!? |
セルジュ: | 年甲斐もなく恥ずかしがっている最年長者のことは、ひとまず置いておきましょう。では、柳耀雪様からお願いいたします。 |
雪: | 春華。いつも支えてくれてありがとう。わたしが皇帝として国を治めていられるのは、君が側にいて力を貸してくれるおかげだ。必ず幸せにするから、これからもわたしについてきてほしい。 |
春華: | ……雪。もちろんだ。私はずっと雪の側にいる。 |
セルジュ: | ありがとうございました。では次、白志翼様。 |
志翼: | ええと、流れ作業的な進行は気になりますが、形式上仕方ないですかね。じゃあ、言わせてもらいます。鳳琳。私もあなたに心から感謝しています。あなたの言葉に何度励まされ、救われたことか。私にはこの先もずっとあなたが必要です。本当に本当に愛しています! |
鳳琳: | 志翼ってば、人前よ? でも、堂々と言ってくれて、とてもうれしいわ。ありがとう。 |
志翼: | ……鳳琳。 |
リュシアン: | 本当によく人前でそのようにクサい台詞が言えるな。私は辞退させてもらうぞ。あとは各々の夫婦でよろしくやってくれ。 |
ノエル: | そんな! 僕には何も言ってくれないんですか? どちらの旦那様も心のこもった言葉を贈られたのに。 |
リュシアン: | 二人きりの時、それらしい言葉を伝えたはずだ。もう十分だろう。 |
ノエル: | ……ううっ、冷たい。 |
鳳琳: | ノエルさん、そんな無神経な男、別れた方がいいんじゃない? あなた、とてもかわいらしくて、しっかりしていそうなのだもの。あなたを妻にしたいと思う男はきっと山ほど現れるわ。もったいないわよ。 |
春華: | そうだな。あの旦那からは妻への愛情が全く感じられない。なぜ一緒になったのか疑問だ。 |
ノエル: | ……その通りかもしれませんね。旦那様。僕、ひとまず実家に帰らせていただきます。今後のことを考えた方がよさそうですから。 |
リュシアン: | お、おいっ、待て! わかった。言う! えー、いつも私を支えてくれて感謝する。私が生きていられるのは君のおかげだ。この先もずっと君が必要で、あとは、愛している。これでどうだ? |
ノエル: | 全然心がこもってません! しかも、前のお二人のパクリじゃないですか! どうせ考えるのが面倒くさくなって適当に言ったんでしょ? そんなんならもういいです! |
リュシアン: | 待ってくれ、ノエル! 本当に君がいなくなったら困るのだ。知っているだろう? 君が作った食事以外は受けつけないし、夜も眠れない。君なしでは生きていけないのだ。ずっと大事にするから、私の側を離れないでくれ。 |
ノエル: | ……旦那様。やっと心からの言葉を伝えてくれましたね。僕があなたと別れるなんて考えるはずないじゃないですか。あなたの面倒は一生見るって約束したんですから。誰に何を言われようと、死ぬまで側にいます。 |
鳳琳: | まったく、世話の焼ける夫婦だこと。でも、よかったわ。 |
志翼: | ああ、やっぱり。あなたはこうなることを見越して、焚きつけるようなことを言ったんですね? |
鳳琳: | まあね。あちらの旦那様、どうも素直な性格じゃないみたいだから。春華さんにも協力してもらえて助かったわ。 |
春華: | 協力? 何の話だ? 意味がよくわからないが、二人が仲直りできてよかったな。 |
鳳琳: | ……春華さんって、もしかして天然? |
雪: | ……ああ。大柳国の天然記念物と言われている。 |
鳳琳: | あちらのご夫婦にも色々苦労がありそうね……。 |
セルジュ: | 何はともあれ、全員から愛の言葉をちょうだいできて安堵いたしました。これで、私にも追加の成功報酬が──。 |
他全員: | 成功報酬? |
セルジュ: | おっと、終了の時刻となったようです。本日の座談会はこれまでとさせていただきましょう。それでは、皆様。ご愛読まことにありがとうございました。 |
『公爵夫妻の幸福な結末』番外編
「(脱)仮面夫婦の甘い新婚生活」
芝原歌織
舗装もされてない道の脇に、茅葺き屋根を載せた木造の家が点在している。
そこは民家と教会、そして自然以外は何もない鄙びた村だった。
都を離れ、ノエルが生まれ育った村を訪ねてもうひと月。始めは彼女の母親の墓参りをするだけのつもりで来たが、親切な村人たちとのどかな田舎の景色が気に入り、だいぶ長いこと居着いてしまった。
リュシアンはこれまでのことを振り返りながらノエルと手を繋ぎ、坂道を上っていく。
今日は彼女にどうしても訊いておきたいことがあった。気づいたら六日後に迫っていた大事な日にまつわることで。
「ノエル」
聞き出す契機を探っていたリュシアンは、坂道を上りきったところで口を開いた。
「何です? さっきから妙にそわそわして」
緊張がおもてに出ていたのか、ノエルがいぶかしげな顔で訊いてくる。
リュシアンは思い切って尋ねた。
「ノエル、欲しいものはないか?」
「欲しいもの? いえ、特には。今の生活には満足してますし」
「いや、一つぐらいはあるだろう? 何か望むものが」
「うーん。えーと、そうですね。望んでいるものがありました」
食い下がるリュシアンに、ノエルは少し間を挟んで答える。
「旦那様の子供が欲しいです。できるだけたくさん」
頬を赤く染めてはにかまれ、リュシアンは照れを隠すように咳払いをして返した。
「それについては、今後も励むことにする」
二人の間に何とも気まずい空気が流れる。
彼女と身も心も結ばれてひと月近くたつが、こういった話にはいまだに反応しづらい。
「他にないのか? もっと物品的なものが」
空気を変えるべく更に尋ねると、ノエルは感づいた様子で訊き返してきた。
「物品? もしかして、贈り物をくれようとしているんですか? 僕の誕生日が近いから」
リュシアンは少しの間沈黙し、「ああ」と口を割る。
できれば気づかれたくなかったが、やはり無理だったか。彼女の十七歳の誕生日を不意打ちで祝おうという作戦は。
「あなたのその気持ち、すごくうれしい。でも、本当に何も思いつかないんです。旦那様が側にいてくれるだけで、僕は十分に幸せだから」
「……ノエル」
新妻に対する愛しさが募り、リュシアンはノエルの体を抱きしめようとした。しかし──。
「あっ、お嫁さん! 教会で結婚式をやっていますよ!」
坂の下の教会で盛り上がる村人たちの姿を発見したノエルは、くるりと体の向きを変える。
教会の前では、着飾った新郎新婦を友人や親族と思われる人々が取り囲み、手を叩いて祝福していた。
「綺麗ですねぇ、花嫁衣装を着た女性。憧れちゃいます。僕もちょっと着てみたいな」
ノエルは新婦をうっとり眺めながらこぼし、ハッとした様子でリュシアンに向き直る。
「今のは真に受けないでくださいね! 花嫁衣装なんて、そんな贅沢なものを望める状況じゃありませんし。贈り物はいりません。誕生日はずっと側にいてもらえれば。本当にそれだけで十分ですから」
笑顔を見せるノエルに、リュシアンはたまらない気持ちになる。
彼女のためなら何でもしてやりたい。妻の喜ぶ顔を見るためならどんなことだって。
ある決意を固めたリュシアンだったが、ノエルに悟られないよう表情を引き締め、無言を貫いたのだった。
それから六日後──。
普段通りの朝を迎えたノエルは、自らの誕生日であることも特に意識せず、庭で風景画を描いていた。ここは村の神父にタダ同然で借りた二階建ての民家。村の外れにあり、自然が特に豊かで静かな場所だ。
大きな樫の木を無心になって描いていると、リュシアンが背後から声をかけてきた。
「ノエル、ちょっと来い。君に見せたいものがある」
「見せたいもの?」
目を瞬いたノエルはリュシアンに手を引かれ、さっそく家の中に向かう。
居間に足を踏み入れたところで、机の上に置かれた大きめの箱が目に入った。
「開けてみろ」
そう促され、ノエルは戸惑いながら箱に手を伸ばす。
ある予感があった。この箱の中身はもしかして──。
「これは……っ」
予想が的中したにもかかわらず、ノエルは驚嘆の声を上げる。その衣装があまりにも美しかったから。生地は光沢のある白モスリン。胴の部分はぎゅっと絞り、裾は布襞を重ねて広がっている。銀糸による刺繍や真珠、レースがふんだんにあしらわれた可憐な花嫁衣装だ。
「本当に買ってしまったんですか? 僕が着てみたいって言ったから」
「私が見たいと思ったのだ。花嫁衣装を着た君を。妻の喜ぶ顔をな」
「……旦那様」
ノエルの胸は申し訳ないと思う気持ち以上に喜びの感情で満たされる。
「せっかくだから着てみてはどうだ?」
瞳を潤ませながら衣装を眺めていると、リュシアンが微笑を浮かべて勧めてきた。
自分を喜ばせるために隠れて用意してくれたのだ。ここは素直に彼の厚意を受け止めよう。
「はい!」
ノエルは笑顔で返事し、箱を持って寝室に向かった。
着ている服を脱ぎ、花嫁衣装に袖を通す。大きさはぴったり。今流行のデザインでセンスもいいし、服のサイズを知っているリディに見立ててもらったのだろうか。それともリュシアン一人で? 彼もノエルの体については把握しているだろうから。
そんなことを考えながら着替えを済ませ、衣装負けしないよう化粧を施す。せっかくの機会だから、彼にちゃんと飾り立てた姿を見てもらいたい。
最後に耳の上に白い花飾りをつけ、ノエルは寝室を出た。
「……あの、どうでしょう?」
部屋の外で待っていたリュシアンに恐る恐る感想を求める。
しかし、彼は呆然としてノエルに視線を据えたまま何も答えない。
「あの、やっぱり僕には似合いませんかね。顔も体つきも子供っぽいから──」
「いや、とても綺麗だ。思わず見とれてしまった」
卑屈な言葉をもらしたところでさえぎるように告げられ、ノエルは顔を真っ赤にした。
「あ、ありがとうございます」
──どうしよう。すごくうれしい。憧れだった花嫁衣装を着て、好きな人に綺麗だと言ってもらえただけで、天にも昇る心地だ。こんな素敵な誕生日を迎えることができるなんて。幸せすぎて何だか怖い。
「このまま外に出てみないか? 一度家で着ただけで終わるというのももったいないだろう?」
満たされた気持ちになっていると、今度は彼に外出を勧められた。
「それは、そうかもしれませんが、汚れてしまいませんかね。僕、この衣装、一生大事にしたいんです」
「大丈夫だ。ブノアに馬車で移動させる」
「ああ、それなら」
リュシアンの提案に応じ、ノエルは裾をたくし上げながら家の外に出る。
すると、示し合わせていたのか、警備兼御者を務めるブノアが馬車を用意して待っていた。
「どっかの国に、『馬子にも衣装』ってことわざがあるらしいが、まさにそれだな」
「もうっ、ブノアさん!」
冷やかしてきたブノアに、ノエルは声を荒らげる。素直に人を褒められないのか。いつもはぶっきらぼうなリュシアンでさえ、ノエルの姿を賞賛してくれたのに。
夫の言葉を思い出したノエルは苛立ちを収め、彼の手を借りて車輿に乗る。
二人が席についたところで、馬車はゆっくり動き出した。
「行き先は決めてあるんですか?」
「いや。風の吹くまま、ブノアの気の赴くままに、だな」
「そうですか」
微笑むリュシアンをノエルはドキリとして見つめる。本当に何て綺麗な顔をした男性なのだろう。女性である自分よりよほど美しい。
そういえば、今日はいつもより着ているものが上品だ。白いシャツの上にまとっているヴェストには多彩な絹の刺繍が施され、襟元にはクラヴァトが巻かれている。ノエルの衣装に合わせ、おしゃれをしてくれたのだろうか。外の景色を楽しむつもりだったのに、自然に視線を引き寄せられてしまう。
「つきましたよ」
夫の容姿に見とれていると馬車が止まり、手綱を握っていたブノアが声をかけてきた。
ノエルはハッとして車輿の外に目を移す。急勾配の屋根の上に十字架を掲げた石造りの教会が佇んでいた。建物は古くて小さめだが、祭壇がある壁に取りつけられたステンドグラスは都会の教会に引けを取らないほど荘厳で美しい。村の中心部にあり、村人たちの心の拠り所にもなっている。心優しい老人が神父を務めていて、ノエルたちにも温かく手を差し伸べてくれた。
「よかった。実はここに来たかったんです」
花嫁衣装に合う場所といえば、やはり教会だ。天にいる母にもこの姿を見てもらいたい。
「まずは神父様にご挨拶をして、お祈りしていきましょう」
馬車から降りたノエルはリュシアンの腕を引き、入り口へと向かっていく。
母に報告を済ませたら、今日は何を祈ろう。彼とずっと一緒にいられるように。できれば、子宝にも恵まれるように。こんなに幸せなのに、欲張りすぎだろうか。
あれこれ考えながらアーチ型の扉を開く。すると──。
「おめでとう、ノエル!」
聞き覚えのある若い男性の声が耳を突き、ノエルはビクリと体を震わせた。
そして、教会の椅子に座っていた面々を見て、目を丸くする。
祭壇へと繋がる路の脇、右側の席には画家友達のレナルドに叔父のユベール、絵の師匠であるカミーユが。左側の席には公爵邸で使用人を務めていたセルジュとリディ、更に父親のニコラがいた。
「どうして皆がここに……?」
ノエルは夢を見ているような心境で問いを紡ぐ。
「君たちの結婚式をやるって聞いたから、ポワイエ伯の馬車に乗せてきてもらったんだ」
「……僕たちの結婚式?」
レナルドの回答に疑問の声をもらすと、ユベールがいぶかしげに口を開いた。
「何、驚いた顔してんだよ。ちょっと前にお前んところの従者が招待状を持って訪ねてきてな。ま、暇だから姉貴の墓参りがてら来てやろうと思ったんだよ」
「暇? お前、依頼者に無理やり締め切りを──ふがっ」
何かを言いかけたカミーユだったが、ユベールの手に口をふさがれてしまう。
「ああ、何て綺麗な花嫁なのでしょう。感無量です……っ」
喧嘩になりかけた二人の様子など視界に入っていないのか、ニコラはノエルを見つめて感嘆し、目頭を押さえた。
「お父さんまで。お父さんには国の大事な仕事があるんじゃ……」
「愛する娘の結婚式に参列しない父親がどこにいるでしょう。こんな時くらい仕事なんて後回しでいいのですよ。帰ったら机に書類の山が積まれていると思いますが」
苦笑する父親をノエルは申し訳なく思いながら眺め、後ろの席に座るセルジュに視線を移す。
「もしかして、少し前にセルジュさんが村を離れていたのは、皆に知らせるためだったんですか?」
「ええ。我が君の命に従って。ブノアとリディにも色々手伝ってもらったのですよ」
セルジュに目を向けられるやリディは顔を紅潮させ、持っていたブーケをノエルへと投げつけた。
「ご主人様の命令がなければ、誰がこんなこと! あたしが目をつぶってやるのは、今回限りだからね!」
ノエルは呆然としながらブーケを受け取り、全てを仕組んだ夫の顔を見上げる。
「……旦那様、ずっと隠していたんですね? 僕を驚かせたくて」
「ああ。君がうらやましそうに村の結婚式を眺めていた時、私たちは儀式的なことを何もやっていないと気づいてな。どうせなら君の親しい人間を呼んで、祝福されながらの方が喜ぶだろうと思ったのだ」
計画に秘められた真意を聞き、ノエルの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「お、おい、ノエル」
泣かれるとは思わなかったのか、リュシアンが少し慌てた様子で名前を呼んでくる。
「本当に夢みたい。最高に幸せすぎて、明日からどんどんツキが逃げていきそう」
「何を言っている。これからもっと幸せにするぞ。子供もたくさん欲しいと言っていただろう?」
指で涙を拭いながらささやかれ、ノエルは頬を赤らめて最愛の人を見上げた。
「行こう。皆、待っている」
リュシアンは柔らかく微笑み、ノエルの手を握る。
「はい」
ノエルは笑顔で頷き、夫と共に神父が待つ祭壇へと足を向けた。
きっと彼が言うように、未来にはもっと多くの幸せが待っている。今以上の喜びもあれば、悲しいことだってあるかもしれない。それでも──。
健やかなる時も病める時も、富める時も貧しい時も、彼を敬い、慰め、助け合い、命ある限り愛することを天に誓おう。
祭壇の前に立った二人は、神父の言葉に則って永遠の愛を誓い、大切な人々の前で甘い口づけを交わしたのだった。
了
著者からみなさまへ
前巻でようやく両思いになった主役カップルでしたが、リュシアンのよくない噂を耳にした国王であるノエルの父に結婚を反対されてしまいます。ノエルはリュシアンと駆け落ちを決行。しかし、今度は王太后がやって来て、ノエルは王宮に連れ戻されてしまい、更には花婿候補まで登場して――。2人は真の夫婦になれるのか? ノエルの奥様+王宮生活の様子を交え、より甘く華やかな内容でお届けいたしますので、最後までおつき合いいただけましたら幸いです。元男装画家×ひきこもり公爵が紡ぐ幸福な結末をどうか見届けてあげてください。