「教えるのは構わないが、調味料はいつも適当だからな……」
「難しいですか?」
「いや……」
改まってレシピと言われるとピンと来ない。元々祖母が作っていた物を横で見て覚えたものだ。食材の量はある程度わかるものの、調味料は本当に、「こんな感じ」なのだ。
「そうか。君が作ってみればいい」
「俺が?」
「そうすれば一番作り方もわかる。もちろん隣で見ててやるし、やり方がわからなければすぐに教えてやれる」
「や、でも……」
「味噌汁や卵焼きは作れるんだから、春巻きだって簡単だ。心配不要だ」
というわけで、足りない食材を2人で買い出しに行って、すぐに調理に入った。
買ってきた物は、切り落としの豚肉に、たけのこの水煮。あとは春巻きの皮。樟が「たくさん食べたい」というので20枚だ。
あとは冷蔵庫にある野菜で足りる。
「先に豚肉に酒と醬油で下味をつける」
「豚肉は200グラムぐらい、と。醬油と酒はどのぐらいですか」
「そうだな……」
立花は大さじに酒を注いでから豚肉に振りかけた。
「酒も醬油も大さじ1でいいな」
「キャベツはこれ全部使いますか」
冷蔵庫にはキャベツが1玉あった。
「いや、3分の1ぐらいでいい。人参は1本。あと、どんこを3枚ぐらい水で戻しておく」
常備してある缶から取り出した干ししいたけを小さな器にいれて水で浸すと、その上に皿を敷き、重石代わりに水の入ったペットボトルを置いた。
「それから湯を沸かして、この春雨を少しだけ戻す」
「春雨はどのぐらいの量ですか?」
「30グラムぐらいかな」
同じく常備している、無造作に取った春雨の量を眺めて答える。
樟は立花の指示に従い、若干ぎこちない様子で包丁で野菜を切りながら、途中途中でスマホで写真を撮りつつメモをしていく。
「人参は火が通りにくいから、時短のために電子レンジにかけておくといい」
樟は言われるままに、人参を電子レンジにかける。
具材のすべてを千切り──細切りに近い──にすると、下味をつけた豚肉をフライパンで炒める。
「油の量ってどのぐらいですか」
「適当」
さすがにそこまでの量はわからない。
「最後にごま油を使うと、香りがついて美味くなる」
「なるほど」
豚肉を炒め終えると一旦フライパンから取り出して、同じフライパンで人参、たけのこ、キャベツ、干ししいたけの順に炒めていく。
全体に火が通ったら豚肉を戻し、酒、みりん、醬油を各大さじ2杯、砂糖小さじ1、塩ひとつまみで味付けをする。
「そしてここに春雨を投入する」
沸騰した湯で少し戻した春雨をいれると、フライパンに残っていた水分を一気に吸っていく。
「春雨を完全に戻さないのは、ここで水分を吸わせるからなんだ。水分が足りなければ、どんこを戻した汁をここにいれるんだが、大丈夫そうだな」
戻し汁はいい出汁が出ているので、味噌汁に使おうと思う。
「全体に味が回ったら火を切って冷ましておく」
その間に、買っておいた春巻きの皮を1枚ずつ丁寧に剝がし、さらに糊代わりに小麦粉に水を少しいれておいた。片栗粉でもいいのだが、常備していなかったので小麦粉で代用する。
「包むのも俺がやるんですか?」
準備万端整えたところで、樟が立花に救いの目を向けてきた。
「そんな顔をするな。失敗したところで、揚げている途中で中身が出てくる程度なんだから」
「その、中身が出てくるのが嫌なんですけど」
「難しくないから、とにかく1個自分でやってみろ」
樟は器用なほうだ。包丁の使い方も慣れていないためにぎこちなく見えるが、基本的なことはわかっている。再婚するまで、女手ひとつで育ててくれた母のことをよく見ていたのだろう。
「わかりました」
立花のスパルタさに、樟は力なく応じると、正方形の春巻きの皮をひし形に置いて、下半分ぐらいの位置に具を置いた。
「残しておいた下の部分で包んで、左右をこう折り曲げてからぐるっと回す。そうそう。最後、水溶きの小麦粉をつけて留める」
「できた……」
樟は感慨深げに自分の作った春巻きを眺めてから立花に顔を向けてきた。
「簡単だろう?」
「簡単ではないですが、面白いです」
「それなら、次も頑張れ」
「はい!」
2個目になると1個目より手順がよくなってきた。恐る恐る折り曲げていた皮もすんなり曲げて具を包んでいく。スピードも速くなった。3個目になると形もよくなった。
「上手いじゃないか」
「俺、才能あります?」
「あるかもな」
なんの才能かと突っ込むことはせず、ここは親が子を見守るかのように、樟をただ褒めて機嫌よく作業を進めさせる。
その間に立花は油を火にかけ、その横で、味噌汁の準備をする。今日の具は冷蔵庫に残っていた大根だ。最後に分葱(わけぎ)を散らせばいいだろう。
干ししいたけの戻し汁をいれると香りが立った。
「立花さん。全部包み終えたんですが、具が残ってしまいましたけど、どうしますか」
「食べてもいいぞ」
「本当ですか?」
その言葉を待っていたかのように樟はあっという間に残っていた具を食べてしまった。
それから最後の仕上げだ。
160度まで熱した油の中に春巻きをいれると、小さな泡が上がってくる。
両面が綺麗なキツネ色になるまでじっくり揚げてから、紙を敷いた皿に上げる。
「美味そう~!」
最初に春巻きを揚げたときは、跳ね上がる油にビクビクしていたのが噓のようだ。樟は楽しそうに美味そうな色に揚がった春巻きを自分で皿に上げていく。
20個目が揚がる頃に味噌汁も出来上がる。
ダイニングのテーブルに皿を置いて、冷蔵庫でキンキンに冷えたビールを取り出したら準備完了だ。
「いただきます!」
定位置となった向かい合わせの場所に座って食事を始める。
いつもならビールで先に喉を潤す樟だが、さすがにほぼ自分で作った春巻きの出来が気になったのだろう。練りがらしを添えた醬油をつけてから、熱々の春巻きを頰張った。
ぐっと嚙み締めると、よく揚がった皮が、サクッという美味しそうな音を立てる。
「どうだ?」
「美味いです!」
尋ねる立花に対して、樟は満面の笑みで応じる。
「揚げ具合も完璧で、具もしっかり味がついてて……熱っ」
一気に食べたせいでかなり熱かったらしい。はふはふ言いながら、樟は具をたっぷり包んだ春巻きを食べ続ける。
「今度帰省したときにでも、家族に振る舞ってやるといい」
「そうします」
素直に答えた樟はぐっとビールを飲んだ。
「自分で作った料理は美味いだろう?」
「はい。でも立花さんが作ってくれた春巻きはもっと美味いです」
樟はただ思ったことを口にして次の春巻きに箸を伸ばす。その樟を見ながら、立花は赤くなった顔を隠すべく無言で俯いた。
了
ふゆの先生の春巻きレシピ
ふゆの先生がご友人から教わったという、お手製の春巻きレシピ。写真はふゆの先生の手作り春巻きです。ぜひ作ってくださいね!
●春巻き(20個分)
〈材料〉
豚肉(切り落とし) 200グラム
キャベツ 1/3玉
人参 中1本
干ししいたけ 3枚
たけのこの水煮 200グラム
春雨 30グラム
〈調味料〉
酒
醬油
みりん
塩
砂糖
小麦粉
①春雨は湯で少し戻す。
②豚肉は細切りにして、酒、醤油各大さじ1杯で下味をつけておく。
③人参、たけのこ、キャベツ、戻した干ししいたけを千切りにする。人参は軽く電子レンジにかける。
④豚肉を炒めて皿に上げておく。
⑤人参、たけのこ、キャベツ、干ししいたけの順に炒めたら④の豚肉を加え、酒、みりん、醤油を各大さじ2、砂糖小さじ1、塩ひとつまみで味付けし、春雨をいれてさらに炒める。★水分があまりなければここで干ししいたけの戻し汁をいれる。春雨が水分を吸ったところで火を止めて冷ます。
⑥小麦粉を小さじ1の水少々で溶かす。
⑦春巻きの皮に冷ました具をいれて包み、⑥をつけて留める。
⑧160度に熱した油でキツネ色になるまで揚げる。
♡ふゆの先生より♡
*量はかなり曖昧です。冷蔵庫に残っている他の野菜をいれてもOK。例えばピーマンや長ねぎなど。
*揚げた春巻きに醤油と適量のからしをつけていただきますが、具にしっかり味がついているので醬油なしでも美味しくいただけます。
*具は市販されているものやお店でいただく春巻きより多目なので、最初のうち量を加減していると、最後のほうはかなり太目の春巻きになります。
閉じる
著者からみなさまへ
「霞が関を舞台にした、大人だけれど不器用で格好よくて可愛いキャラたちの、美味しくて楽しい話」を目標にしている『霞が関で昼食を』の続編となる『霞が関で昼食を 恋愛初心者の憂鬱な日曜』です。前回で両想いになったらしい主人公二人ですが、不器用さゆえにそう簡単に物事が進みません。仕事は完璧にこなしながらも私生活ではジタバタする不器用な恋愛を、温かい目で見守ってくださいませ。今回も一緒にお腹を空かせてください!