STORY
定価:本体720円(税別)
甘やかな謎はベッドで解明したい……全力で。
世界中からエリートたちが集まる名門ハーバード・ビジネススクール(HBS)。あこがれの先輩を追いかけHBSへ留学した佐藤仁志起(さとうにしき)は、そこで同級生のイギリス貴族、ジェイク・ウォードと秘密の恋人同士になった。研修で日本に滞在した仁志起とジェイクは、つかの間の濃密な時間を過ごす。しかしその後、長い夏期休暇を使ったサマーインターンでひとりインドに飛ばされた仁志起には、過酷な任務が待ち構えていて……!?
定価:本体720円(税別)
世界中からエリートたちが集まる名門ハーバード・ビジネススクール(HBS)。あこがれの先輩を追いかけHBSへ留学した佐藤仁志起(さとうにしき)は、そこで同級生のイギリス貴族、ジェイク・ウォードと秘密の恋人同士になった。研修で日本に滞在した仁志起とジェイクは、つかの間の濃密な時間を過ごす。しかしその後、長い夏期休暇を使ったサマーインターンでひとりインドに飛ばされた仁志起には、過酷な任務が待ち構えていて……!?
初版限定書き下ろしSS
特別番外編「Always unexpected!」より
宴会場は大いに盛り上がっていた。
一週間にわたるジャパン・トレックも最後の晩だ。当然だろう。ビールや日本酒の他にシャンパンやワインまで持ち込んで、誰もが浴びるように酒を飲んでいる。
……続きは初版限定特典で☆
『ハーバードで恋をしよう レジェンド・サマー』特別番外編
「Folder organization」
小塚佳哉
宴会場は大いに盛り上がっていた。
一週間にわたるジャパン・トレックも、ついに最後の夜だから当然だろう。
襖の向こうから聞こえてくる拍手や歓声は大きくなるばかりだ。
(……最後の最後で、こんなことになるなんて)
そう独りごち、千牧亜子は深々と溜息を漏らした。
薄暗い和室で横になっていると、どんどん落ち込んでしまう。
宴会のドレスコードが浴衣なので、ジャパン・トレック幹事団の一人として、忙しく走り回っても着崩れないように、帯をきつく締めすぎたのがまずかった。そのせいであまり食べられず、空腹のままで乾杯やお酌をし、さらにホイップクリーム増し増しのシフォンケーキをホールで一気食いというパフォーマンスまでやったのだ。
舞台から降りるまで、笑顔を保っていた自分を褒めるべきだろうか?
だが、胸がムカムカして、こみ上げてくるものを我慢できなくなって、まっすぐにトイレに駆け込んでしまった。いつもだったら、スイーツ・ブッフェに行って三時間ぶっ通しでケーキを食べ続けたって平気なのに!
自己嫌悪で腹が立つし、気持ちは悪いし、最悪だった。
その上、トイレで座り込み、幹事団の佐藤仁志起に助けてもらうなんて!
同期の日本人の中で、彼はちょっと異質だ。
自ら認めているが、童顔で小柄なので、どうやっても二十代には見えない。同じ日本人でもそう思うくらいだし、外国人だったら驚くのも当たり前だ。すでに彼の実年齢は持ちネタになっている。しかも子供っぽいというより、なんというか、純粋? バカ正直? 邪気がない? ともかく、そういった雰囲気なのだ。
そんな彼だけに、プリシラ・ボールという女装パーティーで、ミニ丈の着物を着ていた時は、なかなか可愛かった。インターナショナル・ウィークで着ていた自前の祭り装束も似合っていたが、あれこそまさにやんちゃ坊主の中学生にしか見えなかった。
しかも、そんな外見のわりには黒帯の武道家なのだ。自分の倍以上ありそうなアメフト男を、軽々と背負い投げしたことでも有名だ。
純ドメ——いわゆる純粋な日本生まれ、日本育ちなのに、英会話にも苦労していない。
理由を聞くと、武道を習った道場が外国人もウェルカムだったからというし、その道場の兄弟子である幹事団リーダー、羽田雅紀を追いかけてMBA留学を志したとか、冗談かと思うようなことを大真面目に言う。
おかげで、フォルダ分けに困る。
千牧は、なんでも整理整頓が好きなのだ。
人間関係においても相手を分析し、フォルダ分けをしないと落ちつかない。
同期の日本人だと、同じ官費留学の渡利賢司は既婚者なので〈パートナーがいるフォルダ〉に入れてある。そこには結婚間近の婚約者がいる商社マン組の佐藤1こと佐藤伊知郎も入る。九州の名家出身の海棠慧一、大物政治家の孫である橘芳也は〈チャラ男フォルダ〉だ。どちらもボンボンだし、バイだというし、友人以上のつき合いはしたくない。逆に、幹事団リーダーの羽田雅紀、やたらと美青年な中江純、在米歴が長い天城隆司あたりは自分の話をしたがらず、友人以上のつき合いはしないと距離を置かれているように感じる。だから、彼らは〈適度な距離を保つフォルダ〉に入れた。目つきが鋭くて寡黙な黒河芳明は〈無愛想フォルダ〉、人当たりが良くて面倒見がいい榊原千彰は〈頼りになる兄貴フォルダ〉だ。
そんな中にあって、佐藤2こと佐藤仁志起は分類に困り、今のところは一応、〈武道家フォルダ〉に入れてある。
独身だし、チャラいわけでもないし、なんでも聞けば答えてくれるから適度な距離も必要ないし、無愛想でもないが、兄貴的に頼れるかというと、七センチのヒールを履いたら見下ろしてしまうので、なんだか違う。あらためて考えても不思議な存在だ。
千牧は横になったままで考え込む。
しばらく休んだら気分もマシになってきた。やっぱり、疲れが溜まっていたらしい。
思い返してみると、最後の夜には疲れも出るだろうし、宴会で盛り上がりすぎて体調を崩す人も出るかもしれないから救護室的な部屋を用意したほうがいい、と提案したのは自分だった。そこを自分自身で使うなんて一生の不覚だし、ここまで頑張ってきたのに最後の最後で台無しだ。
再び、落ち込みそうになると、にぎやかな襖の向こうがいっそう騒がしくなった。
聞き覚えのある声が聞こえてきて、この簡易救護室に詰めていた森篤志が立ち上がった。彼は、この秋からMITに留学する病理学の研究者で、榊原と親しいのでジャパン・トレックにも協力してくれたのだ。
先回りした森が襖を開けると、廊下に数人の人影がある。
よく見れば、金髪の長身に抱きかかえられているのは、佐藤2だった。
さっきまで元気に駆け回っていたし、トイレでうずくまっていた自分に手を貸し、支えてくれたのは彼だ。
思わず、心配になった千牧は身体を起こした。
「……どうしたの?」
そう訊ねると、一緒にいた榊原が答えた。
「どうやら、最後のダンスや組体操で動き回っていたら、一気に酔いが回ったらしい」
「ち~~がう! ちっとも酔ってないって! ねー、ジェイク!」
「どう見ても酔ってるよ」
「も~~、酔ってないってば~~!」
間延びしながら言い返す声に、冷静に答えるのは金髪の長身——ハーディントン伯爵だ。
手を振り回す佐藤2を抱えたまま、彼は薄暗い和室に入ってくる。
榊原が指示して、千牧の隣に敷いてある布団を示すと、彼はそこに小柄な身体を静かに下ろした。森が枕元に近づき、あれこれと確かめているが、どう見ても酔っぱらいだと苦笑している。
「仕方がないね、彼はビールの一気飲みをやってたし……」
そう言いながら、森はスマートフォンで見ていた動画共有サイトを示す。
ジャパン・トレック参加者のアカウントで、宴会の様子をリアルタイムで配信していた動画を観ていたらしい。
だが、榊原やハーディントン伯爵は怪訝な顔になる。
「あれ? だけど一気飲みって……」
「瓶の中身はお茶に入れ替えると、ニシキに聞いたが」
そうだよな、おかしいな、と二人が話しているのを聞いて、千牧は青褪めた。
「わたしのせいだわ。瓶の中身を替えておくって……空になった瓶にお茶を入れて用意するって、わたしが言ったの。でも気分が悪くなったので舞台袖から離れてしまって、それで彼は入れ替えた瓶がわからなかったんだわ」
呆然と呟くと、枕元にいたみんなが顔を見合わせた。
それから、むにゃむにゃ、と意味不明なことを呟く佐藤2に目を向ける。
無邪気なものだが、リアルタイム配信の動画を観ていたという森が言うには、少なくともビール瓶を三本以上、空にしていたらしい。その前にも飲んでいるはずだし、そんな状態で激しく動き回ったら一気に酔いが回るのも当然だろう。
だが、そんなことを話していたせいか、和室で寝ていた他の学生たちが次々と目を覚ました。千牧の前からいた先客は、ただの寝不足や食べすぎ、飲みすぎだったらしく、ここよりも自分の部屋で寝ると和室から出ていく。
いつの間にか、宴会も終わったようだ。
シメとなる威勢のいい三三七拍子が聞こえて、廊下の向こうがにぎやかになる。
すると、榊原から肩を叩かれた。
「起きられるようなら、自分の部屋に戻ってゆっくり休んだほうがいい」
「で、でも……」
「明日は朝イチで東京に戻るんだろう?」
「それはそうだけど……」
榊原が心配してくれているのはわかる。それでも、千牧は迷う。佐藤2に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。すると佐藤2の枕元に腰を下ろし、ハーディントン伯爵が口を開いた。
「僕がここに残るから、ニシキのことは心配しなくてもいい」
「……しーんぱーい、しなくて、いーよー」
「ニシキは寝てていいよ」
「うん、ね~る~~」
ハーディントン伯爵に応えるように、寝ぼけた声が呟く。
佐藤2は気持ちよさそうに目を閉じていて、このまま、本当に眠ってしまいそうだ。
すると榊原が立ち上がり、森と一緒に廊下に出て行った。襖の向こうから話し声が聞こえるので、幹事団のメンバーと相談しているらしい。
だが、千牧は布団の上に座り込んだままで動けなかった。
明日のことを考えるなら、さっさと自分の部屋に戻って休み、しっかりと体調を整えるべきだろう。でも、自分のミスで迷惑をかけてしまったことを見過ごせない。なんと詫びればいいのか——そう思い悩んでいると、視線を感じた。
顔を上げると、ハーディントン伯爵と目が合った。
そして、にっこりと微笑みかけられる。
彼は金髪の三角形(デルタ・ブロンディ)を略して、〈デルタB〉と呼ばれている三人の一人であり、金髪碧眼の美形だ。そんなイケメンが着慣れないはずの浴衣を着こなし、目の前に座っていたら、ほとんどの女性は目を奪われるだろう。
千牧だって例外ではない。
思わず、うっとりと見とれていると、彼はあらためて繰り返した。
「ここは僕にまかせて。おそらくニシキは……自分のために、きみが予定を変更することになったら、とても気にすると思う」
そう言われ、千牧も考える。
確かに、佐藤2はお人好しというか、いつも二年生の先輩の奥様方の下僕になっているが、文句を言いながらも元気にこき使われている。だから、カレーライスが食べたいっておねだりされると、おとっときの日本製カレールーで作ってあげちゃうの、と奥様方が笑っていた時、千牧も笑ってしまったが、その気持ちはよくわかった。そういうところがあるのだ、彼には。
そして、それを目の前にいるハーディントン伯爵も知っているらしい。
千牧はためらいながらも口を開いた。
「……わかりました。この借りは他で返すことにします。彼をお願いします」
「喜んで」
ハーディントン伯爵は微笑みながら頷いた。
その笑顔は信頼できた。
佐藤2のことを、よく理解しているように見える。
廊下に出た榊原が戻ってきて、ここに寝かせたままでいいよ、二人の荷物を運んでくるから、と告げると、ハーディントン伯爵も頷いた。頭の上で話していても、佐藤2は寝入ってしまったようで、もう反応がない。
千牧も部屋に戻るべく立ち上がると、佐藤2の寝顔を見下ろすハーディントン伯爵の顔が目に入った。
なんともいえない優しい笑顔だ。
それを見た瞬間、あら、と気づいた——いや、察したというべきだろうか。
榊原に促され、千牧はそそくさと和室を出ながら、しばらく考え込む。
もう気分の悪さなど吹っ飛んでいた。そして、頭の中で佐藤2を分類し直すことにした。そう、〈武道家フォルダ〉から〈パートナーがいるフォルダ〉に。
Folder organization / THE HAPPY END
著者からみなさまへ
ごぶさたしてます! 小塚佳哉(こづかかや)です。『ハーバードで恋をしよう』、再び! 第2弾です! 今回はアメリカのボストンにあるキャンパスから飛び出し、日本への研修旅行やらインドの山奥で修行やら(?)、グローバルに大活躍です(たぶん)! 恋人いない歴が年齢と同じだった主人公も、金髪碧眼の英国紳士の恋人ができて、いくらか成長したでしょうか? 是非、お読みいただいて、ご確認ください!