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VIP 渇望

高岡ミズミ/著 沖 麻実也/イラスト 定価:本体720円(税別)

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STORY

VIP 渇望 定価:本体720円(税別)

今が幸せで……だからよけいに、欲張りになる。

会員制クラブBMのマネージャーを経て、今はレストランPaper Moonのオーナーシェフとなった柚木和孝(ゆぎかずたか)は、店の宣伝のため、元同僚でもある仲間たちと共にチラシ配りを始めた。すると全員粒揃いのルックスのよさがSNS上で話題となり、予想外の反響に。それに従って客足が戻り始めたのを喜んでいた矢先、幼い男の子を連れて店に来た客が、和孝の恋人・久遠彰允(くどうあきまさ)の舎弟の沢木(さわき)と過去に因縁のあった男だとわかり……。番外編「口づけから始まる」収録。

著者からみなさまへ

こんにちは。『VIP 渇望』をお届けできることになり、とても嬉しく、同時にほっとしています。本作は沢木の昔の仲間が絡んできます。もちろん沢木ですから「懐かしい!」なんてことにはなりません。和孝は和孝でお客さんを呼び戻すためにチラシ配りをするのですが……そうなんですよね、美形なんです! なにしろ久遠も、和孝の外見とそれに似合わない気性にやられたくらいですから。久遠、ギャップ萌え属性だったってことですね。前作で逃避行せずにすんだふたりのラブともども、少しでも愉しんでいただけると嬉しいです。

初版限定特典

特別番外編「甘やかされたい」より

初版限定書き下ろしSS
特別番外編「甘やかされたい」より

「重っ」
 チェストの上に置いてあった腕時計を手にした和孝は、厳つい見た目を裏切らない、ずっしりとした重みに驚きつつ自身の左手首にはめてみる。サイズが大きいというのを差し引いても、自分には到底似合わない代物だ。きっと十年たとうと二十年たとうと……。


……続きは初版限定特典で☆

special story

書き下ろしSS

『VIP 渇望』特別番外編
「懲りない男」
高岡ミズミ

 エレベーターを降りるや否や、待ち構えていた沢木が深々とこうべを垂れる。
「頭……さっきはすいませんっ。誰も通すなって命じられていたのに、勝手な真似をしてしまいました」

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 緊張のせいか声は上擦り、膝に置いた手は微かに震えている。深刻な様を前にした上総は即答を避け、しばし思案した。
 沢木の謝罪には一片の噓もない。一方で、もしまた同じ状況になれば―柚木にどうしてもと頭を下げられたときには、沢木が同じ判断をするだろうことは明白だった。
 それがいいのか悪いのか、現時点では判断しかねる。やくざと一般人が必要以上に親しくなることについて、上総自身、他人事ではなかった。
 もとより沢木と自分の場合では事情がちがうと重々承知しているが。
 沢木の肩に手をのせ、ぽんと叩いてからその場を離れた上総は、久遠の部屋のドアをノックする。
「上総です」
 許可を得て入室すると、久遠は何事もなかったかのようにデスクで煙草を吸っていた。
 絵になる男だ、とつくづく思う。本人がどう言おうと、今日の木島組があるのは久遠彰允という男の存在のおかげであるのは間違いない。木島組の先代がそのつもりで当時高校生だった久遠の世話をしたとは思わないものの、いま頃は草葉の陰で自身の先見の明を誇っているだろう。
 そんなことを考えつつ、デスクに歩み寄る。
「いま、指でも詰めそうな勢いで沢木が謝ってきましたよ」
 真っ先にそう言うと、ふっと久遠の口許が綻んだ。
「和孝の我が儘を通すたびに指を詰めていたら、三十になる前にあいつの指はなくなるな」
 不動清和会、五代目の座も夢ではないというところまで辿り着いた現在、肩の荷はこれまで以上に重くのしかかっているはずだが、反して本人はずいぶんやわらかい表情をするようになった。
 それが彼のおかげであることは確かだし、当然、本人に自覚もあるだろう。
「確かに」
 あえて先ほどの話題には戻さず、苦笑いで同意する。
「ああ、そういえば、来月の三代目の誕生日。そろそろ祝いの品を決めなければなりませんね」
「もうそんな時期か」
 祝儀関連は基本的に一任されているとはいっても、相手が三代目となるとそうもいかない。毎年、ふたりで話し合って決めるのが慣例となっている。
「いくつか候補を考えておきます」
「頼む」
 その会話を最後に、一礼してから部屋を辞す。この後事務所に顔を出すつもりでいるが、その前に自室へ立ち寄った。
 ひとりソファに腰かけ、ネクタイに指を引っ掛けると少しだけ緩める。ローテーブルの上の新聞を手にとり広げたものの、頭の中では別のことを考えていた。
 柚木の来訪はいつも突然だ。それだけ切羽詰まっているのだろうが―果たして今回の理由はなんなのか、久遠との間にどんなやりとりがあったのか、もとより自分には知る由もない。
 しかし、柚木の様子から想像することはできる。組が窮地に陥っていると早合点したあげくふたりで手に手を取って逃げよう―仮にそれくらい極端な言動に出たとしてももはや少しも驚かない。
 最近は落ち着いていたとはいえ、やくざの組事務所に単身乗り込んでくるなど、「暴れ馬」は健在らしい。一度火がつけば手がつけられなくなる彼の気性は、これまでの浅からぬつき合いのなかでよくわかっている。
 だからこそ頭が痛いし―羨ましくもあるのだ。
 自分が彼ほど自由に振る舞えないのは年齢や立場のせいというより、多分に性格が影響している。三つ子の魂百までと昔から言うように、根っからの性分はそうそう変えられるものではない。
 さっきからポケットの中で震えている携帯をすぐに手にとらないのも、そういう性格だからとしか言いようがなかった。
「……しつこい」
 顔をしかめた上総は、ポケットに手を入れて携帯を取り出すと、渋々耳へもっていく。
『めずらしいこともあるもんだ』
開口一番の言葉には、いっそう眉根が寄った。
『電話をかけても十回のうち九回無視されるのに、まだ七回目だ』
 やはり出るべきではなかったかと悔やむ。日頃とちがう行動をとると、ろくなことにはならない。
「無視されるとわかっているなら、かけてくるな」
 無意味と承知で一蹴する。これくらいで懲りるような男ならばもっと容易かったはずだ、と。
『そう言うなって。駄目元でかけてるからこそ、こうやってサプライズもあるってもんだ』
「ポジティブでいいな」
 あからさまな皮肉にも気づいていながら、だろ? と陽気な返事が耳に届いた。
「まあでも、一応礼を言っておく。祖父江の脱税、リークしたのはおまえだろう。おかげで助かった」
 電話に出てしまった理由のひとつを持ち出す。もっともこちらが頼んだわけではないし、そもそも他人からの感謝なんて屁とも思わない男だ。
 案の定。
『わ~お。上総に感謝されるなんて、雹でも降るんじゃないだろうな。いや~、嬉しいな。あ。もう一回言ってくれる? 録音したいから』
「……おまえ」
 いくつになっても軽薄で、癇に障る。こういう部分は昔から少しも変わらない。
『あ。できれば、ポジティブでいいなってところから言ってくれないか。いいな、を強調ぎみに』
 これ以上はつき合いきれずに、一方的に電話を切る。どっと疲れが襲ってくるのは、毎回のことだった。
 ソファに身体を預け、再度ため息をつく。
「なにがサプライズだ」
 眼鏡を外して両手でこめかみを押さえつつ、まったくと悪態をついたが、今度のそれは谷崎に対するものではなかった。
 ああいう男だと知りながら、きっぱりと繫がりを絶たない自分にも大いに問題があると気づいている。おそらく谷崎が図に乗るのも、多分にそのあたりが影響しているのだというのも。
 こういうのをなんと言ったか。いや、そんなことはいまさらどうでもいい。
 眼鏡をもとに戻すと、上総はソファから重い腰を上げる。自室を出たあとは予定どおり事務所へ顔を出し、厳しい上役としての務めを果たす、自分のすべきことはそれだけだった。

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