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恋する救命救急医 魔王迷走

春原いずみ/著 緒田涼歌/イラスト 定価:本体750円(税別)

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STORY

恋する救命救急医 魔王迷走 定価:本体750円(税別)

魔王は恋に惑い、獲物はついに反撃に出る。

職場でも隙あらば触れてくるようになった救命救急医の貴志颯真(きしそうま)に、整形外科医の森住英輔(もりずみえいすけ)はただ翻弄されるばかり。抜群のコミュニケーション能力でつねに相手の優位に立ってきた森住にとって、これはとてつもなく不本意な事態だった。そんなある日、魔王のような貴志に流されるまま身体を重ねる森住の前に、貴志そっくりの美しい顔をした男が現れて・・・・・・?

著者からみなさまへ

こんにちは、春原(すのはら)いずみです。『恋する救命救急医 ~魔王迷走』魔王編、2巻目です! 謎めいた新キャラが登場します! 貴志とそっくりの容姿を持った謎の人物は、いったい誰? そして、何をしようとしているのでしょうか? 彼の思惑は? 彼の登場に戸惑う貴志と森住は? ますます加速する恋愛バトル、今回も飛ばしています(笑)。どうぞ、ごゆっくり……いえ、一気にお楽しみください!

初版限定特典

「ワンダフルモーニング」より

初版限定 書き下ろしSS
特別番外編「ワンダフルモーニング」より

『le cocon』の大きなドアには、確かに金のベルが結びつけられていた。
「おはようございます」
 ドアを開けると、いつものようにマスターの落ち着いた声が迎えてくれる。しかし、いつもは黒のベストのバーテンダースタイルの彼が、白いシャツ姿なのはなかなか新鮮だ。


……続きは初版限定特典で☆

special story

書き下ろしSS

『恋する救命救急医 魔王迷走』特別番外編
「ポタージュ」
春原いずみ

 医者の不養生とは、口では立派なことを説いているが、実行が伴わないことを言う。

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「まさにそれですね」
 貴志がいつものようにクールな口調で言った。
「……うるせぇや」
 森住はぐすぐすと鼻をすすり、こほこほと咳き込む。
「俺は整形外科医だ……。患者にもっともらしく、風邪に気をつけてとかは言わねぇよ」
 第一、この風邪の悪化の責任の一端は、貴志にある。
 風邪気味だったのに、全身が汗でぬめるほどの行為をしてしまった。その時は気持ちよかったし、風邪も飛んだかと思ったのだが、やはり、体力を激しく消耗してしまったらしく、一日置いた後に、一気に風邪が悪化したのだ。
「だいたい、あんたが……っ」
 言いかけて、森住はぶつりと黙り込んだ。
 彼だけに責任を押しつけてはいけない。何だかんだ言って、のってしまったのは自分である。彼との行為には、ちょっとやばいんじゃないかと思われるほどの常習性がある。今ひとつ納得がいっていないところもあるが、とにかく快感が普通じゃなくて……。
 “いや、それはどうでもいい”
 とにかく、今はこの風邪を何とかしなければ。
「今日は早く帰るからな」
 森住は宣言するように言った。ところはお昼休みの職員食堂である。
「絶対早く帰る!」
「今日は手術日なのでは?」
 二人は向かい合って、同じ定食を食べていた。今日のおかずは豚の生姜焼きだ。付け合わせはゆでたもやしとほうれん草。甘辛い豚肉を絡めて食べるとそれなりに満足できる。欲を言えば、肉がもう少し柔らかいと二重丸なのだが、肉が厚めのせいか、ちょっと頑張らないと嚙みきれないレベルである。
「神城先生に聞いたけど」
 森住がこそりと言った。
「豚の生姜焼きって、薄い肉で作ると美味しいって」
「神城先生は料理をされるんですか?」
 貴志が少しびっくりした顔をしている。森住はにっと笑った。
「いや、たぶん、作ってるのは同居してる筧の方。あいつ、世話女房タイプだから、神城先生に料理なんてさせてないと思うけどなぁ」
「それはどうでしょうか」
 麩の味噌汁をゆっくりと飲みながら、貴志が首を少し傾げた。
「神城先生は亭主関白ではないと思いますよ。頼まれれば、喜んでお手伝いしてしまうし、筧さんはそういうのを上手くコントロールするような気がします」
「あ、確かに」
 森住は、喉が痛そうにしかめっ面をしながら、ご飯を飲み込む。
「うは……喉腫れてきた……」
 森住の風邪は、喉から来ることが多い。もともと気管支が少し弱くて、すぐに喉の痛みが咳になってしまう。そうなると長引くので、医者としてはかなり困るのだ。
「薬は飲みましたか?」
「あ、俺、総合感冒薬だめなんだよね。PLにアレルギーあんの」
「めずらしいですね」
「高校生の頃、中枢神経マヒ起こしてさ、大騒ぎ。それ以来、総合感冒薬は鬼門なんだよ」
 何とか、ご飯を食べ終えて、森住は箸を置いた。
「ま、腫れ止めと解熱鎮痛剤だけもらって帰るよ」
「出しておきましょうか?」
 医師は自分の名前で処方を切ることができない。森住はありがたく、その言葉に甘えることにした。
「よろしく。あとで、センターに処方箋もらいに行くよ」

 結局、その日、森住は処方箋をもらいに行くことができなかった。手術が長引いた上に、麻酔のキレが悪く、患者から目を離すことができなかったのだ。結局、森住が仕事から解放され、よろよろと家路についたのは、午後十時を過ぎた頃だった。
「おはよう」
 翌日、少し早めにセンターに顔を出すと、すでに出勤していた貴志が軽く手招きしていた。待っていたらしい。
「へ?」
「まだ時間あるでしょう?」
「あ、ああ……」
 センターの診療は八時から始まるが、病院の外来は九時からだ。しかし、病棟回りもあるから、森住はいつも七時半過ぎには出勤することにしている。
「ちょっとこっちへ」
 貴志に招かれたのは、やはり彼の医局だった。中に入ると、テーブルの上に薬袋が置いてあった。
「あ、薬もらってくれたんだ……」
「南さんが薬局に行くとおっしゃっていたので、頼んでしまいました。うがい薬も入れておきましたから、使ってくださいね」
「ありがとう……」
「それと」
 テーブルの上には、薬袋の他にスープジャーが置いてあった。保温のできるタイプだ。
「これ、どうぞ」
「え? 何?」
 森住はマスクをして、コンコンと咳き込んでいた。昨日は家にあった市販薬を飲んだが、やはり効きはイマイチで、今朝は起きるのがつらかった。
「スープ?」
 ソファに座ると、森住はスープジャーを開けた。貴志がスプーンを差し出してくれる。
「まだあたたかいと思うんですが」
「あ、うん……」
 蓋を開けると、ふわっと湯気が上がって、甘いミルクの匂いがした。
「あ、いい匂い……」
 正直、今朝は食欲がなくて、何も食べずに来たので、あたたかいスープはありがたかった。早速、スプーンですくって、一口口に入れてみる。
「……レタス?」
「と、玉ねぎです」
「ミルクスープだけど、何か……和風っぽい? 美味しいなぁ、これ……」
 まろやかで優しい味のスープは、痛む熱っぽい喉にもするすると通ってくれる。
「コンソメとかじゃなくて、昆布と椎茸の出汁を使っているんです。祖母の直伝なんです」
「え」
 森住は顔を上げた。
「直伝って……もしかして、貴志先生が作ったの……?」
「はい」
 貴志は涼しい顔をしている。
「子供の頃に風邪をひくと、いつも祖母がこのレタスのミルクスープを作ってくれました。私にとっての風邪の特効薬です」
「でも、先生、ホテル暮らし……」
「『池中』の厨房をちょっと借りました。出汁は水出しなので、前の晩に昆布と干し椎茸を水に入れておくだけですし、スープ自体はとても簡単なんです」
 貴志はあっさりと言った。
「じゃ、私は仕事ですので。ゆっくり食べていってください」
 彼はさらりと背を向けて、ドアに向かった。
「あの……貴志先生」
 少しかすれた声で、森住は貴志のすっと伸びた背中に呼びかけた。
「はい?」
「あの……ありがとう」
 可愛い子供の頃の貴志が食べていたスープ。柔らかくて優しい味わいのスープ。
「いいえ。早くよくなってください」
 いつもより少しだけ優しい声が聞こえた。振り向いたオリーブグリーンの瞳が微笑んでいる。
「あなたは、私の元気なんですからね」
 君は私の元気。私の大切なポタージュスープなんですから。

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