『VIP 流星』特別番外編
「フォーチュン・テラー」
高岡ミズミ
「すみません! お休みの日につき合ってもらっちゃって」
待ち合わせ場所にやってきた村方が、開口一番謝罪の言葉を口にする。一方その表情は明るく、いかに今日を愉しみにしていたかが伝わってきて、和孝は笑顔でかぶりを振った。
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「いいって。俺も興味あったし」
休日の午後、村方と会うことになったのはある理由によるものだった。五日前の昼休憩のときのこと、様子のおかしい村方に声をかけてみたところ、友人に急用ができたせいで予定を変更せざるを得なくなったとあからさまに肩を落としたのだ。
――それは残念だったな。
もとより落ち込んでいる友人をなんとか慰めたかった。しかし、それが思わぬ展開になった。
数ヵ月がかりでやっと二人分の予約がとれたのにみすみすキャンセルするのはもったいないからもしよければ一緒に行きませんか、との誘いにどこでなにをするかも聞かないうちに気づいたら即答していた。
それは村方のため、というより、和孝自身の事情にほかならない。
なにしろ友だち同士でどこかへ遊びに行った経験が皆無だ。津守と村方という友人をもったいま、自分にもようやくその機会が巡ってきた。となれば浮き立つのは当然で、当日までそわそわとして気が落ち着かなかった。
たとえ行き先が占いの店だと知ったのが前日だとしても。
――柚木さんは、その手のものに懐疑的なほうだと思ってた。
昨日、津守から聞いたとき驚きはしたものの、それだけだった。
――あ……まあ、でも、たまにはいいんじゃないかって。
実際は「たまに」ではなく初めてだ。占いを信じる信じないという以前に、単純に縁がなかった。
なんであろうと、初体験というのは妙にどきどきする。村方とふたり、駅から徒歩十数分のところにあるビルを目指して飲食店の看板が並ぶ細い路地に入る頃には、未知への扉を開けることに対する緊張感が高まっていた。
「ここの地下一階ですよ」
慣れているのか、先に進む村方のあとから狭い階段を使って地下へ下りる。隠れ家的バーにも似た雰囲気のドアを開けて中へ入っていくと、女性スタッフに迎えられ、それぞれ個室へ案内された。
広さは二畳ほどだろうか。室内は薄暗く、エキゾチックな匂いが立ちこめている。天蓋付きのベッドさながらに天井から垂れ下がった薄絹の向こう、ぼんやりと浮かんだシルエットがどうぞと促してきた。
誘われるまま薄絹をくぐる。そこには、頭と目から下をベールで覆った、男性らしき占い師がすでに待っていた。
「よろしくお願いします」
椅子に座るや否や、占い師はさっそく目の前の水晶玉に手をかざす。続けて、「おや」と小首を傾げた。
「予約されていた方ではありませんね」
思わずごくりと喉が鳴る。まだ一言も発していないうちからわかるのかと、和孝にしてみればいきなり先制攻撃を食らったかのような衝撃だった。
「……はい。じつは彼は都合が悪くなったので急遽自分が――」
勝手な変更はまずかったかとそれとなく占い師を窺ったが、そこはあっさり受け流される。代わりに、占い師はやけに神妙な様相になり、芝居がかった仕種でかぶりを振った。
「女難――ならぬ男難の相が出てますね」
「え」
こちらの戸惑いを無視して、さらに言葉は重ねられる。
「あー、なるほど。そういうことですか。いやいや、これは業が深いですねえ」
なにが「なるほど」で、「そういうこと」なのか。「業が深い」と言われて、頰が引き攣ると同時に久遠の顔が頭に浮かぶ。久遠にはこれまで幾度となく振り回されてきた。
それとも、原因は父親のほうか。
心当たりがあるだけに、じわりと汗の滲んだ手を思わずぐっと握り締める。
「それって、避けられます?」
避ける術があるなら助言してほしい。唯一あらわになっている占い師の目元をじっと見つめる。
こちらの不安を感じ取ったのか、占い師はやわらかに目を細めた。
「元凶は交際相手です。大丈夫。いますぐその相手と別れて新しい恋を見つければ、すべてうまくいくでしょう」
「…………」
やはり父親ではなく、そっちか。
心中で呟いた和孝は、苦笑いで応じるしかなかった。それができるくらいならこんな苦労はしていない、と。
できないから、足搔いて足搔いて今日まできてしまった。
あきらめの境地で一度目を伏せたときだ。
「そろそろ帰らないと、まずいです」
微かな声が耳に届き、怪訝に思いつつ顔を上げる。
「三代目から、催促の電話がかかってきました。すぐ帰らないと俺が叱られます」
三代目?
忠言は占い師の背後のカーテンの奥からだ。ぼそぼそとした声であっても、男の焦りははっきりと伝わってきた。
「あー、もう。邪魔すんなって言ったのに」
反して占い師は面倒そうにため息をつく。これまでとは雰囲気も口調も一変させ、その目をふたたびこちらへ向けたかと思うと、唐突にウインクしてきた。
「せっかく愉しかったのにね。タイムリミットみたいだ」
その一言で席を立って出ていこうとする彼を咄嗟に呼び止めたのは、和孝にしてみれば反射的なものだ。どうしてと、疑問ばかりが頭のなかをぐるぐると駆け巡る。
「……まさか鈴……え、でも……」
なぜここに鈴屋が?
村方の誘いでなかなか予約のとれない占いの店に来てこんな結末――いったい誰が想像できるというのだ。
「縁を感じちゃうだろ? 知り合いのバーに顔を出してみたら、駅前で偶然柚木さんを見かけたんだ。でもまさか、きみが占いに興味があるとは思わなかった。こういうの、信じてなさそうなのに――まあでも、占いに頼りたくなる気持ちはわかる。きみ、大変なもの背負ってるもんな」
にこやかな口上に、返す言葉はない。軽いノリに騙され、押し切られたであろう本物の占い師のことを考えるとなおさらだった。
無言の和孝に、
「新しい恋がしたくなったらいつでも声をかけて」
笑顔で手を振り、偽占い師は去っていく。狐につままれたかのような心地でふらりと立ち上がった和孝も、疲労感を覚えつつ個室をあとにした。
「あ。どうでした?」
ちょうど隣の個室から出てきて、きらきらした目で感想を求めてきた村方にどう返すべきかもわからない。
「……うん。すごく、ためになったかな」
曖昧な一言ではぐらかすのが精一杯だ。
「ですよね!」
唯一の救いは、村方が清々しい表情をしていることだろう。
上階へ向かいながら、休日にちょっと慣れないことをしただけでこんな目に遭うなんて悪夢も同然、ばかばかしい、と思う半面、そう的外れでもない鈴屋の戯れ言が耳に残り、まさしく男難の相だと和孝は慄いた。
果たして自分は前世でどんな悪行をしたのか。はたまたなにかの試練か。
それとも、すべて己自身の言動の報いだとでもいうのか。
「また来たいですね!」
無邪気な言葉に同意して地上に戻ると、明るい日差しを浴びた途端にくらりと目眩を覚える。ぎゅっと瞑った瞼の裏に一瞬現れた久遠が嗤ったような気がして、顔をしかめた和孝は「元凶のくせに」と悪態をつかずにはいられなかった。
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著者からみなさまへ
こんにちは。セカンドシーズンに入って6作目となる今作は、流星というタイトルになりました。もしかしてタイトルの雰囲気がちょっとちがうと思われた方がいらっしゃるかもしれませんが、私もいままでとは別の意味でもとても緊張しているところです。愛に試練はつきもの……とはいえそれも頑張りが報われてこそですよね!『VIP 流星』。沖先生のムードたっぷりのイラストとともに、少しでも愉しんでいただけますと嬉しいです。