講談社BOOK倶楽部

special story

WEB限定小説

「夢守りの姫巫女」スペシャル書き下ろし外伝

夢見の力を持つキアル、相棒のハイリル、呪い師のティファトらが登場する後藤リウ先生の本格ファンタジー「夢守りの姫巫女」が、待望の外伝で帰ってきました!

「迷子、さがしています。」

後藤リウ

「たいへんだ! キアルがさらわれた!」
 そう言って、間抜けなまじない師が駆けこんできた瞬間、ハイリルは全身の血が凍りついたかと思った。
 あわてて杖を取って、宿を出ながら、慌ただしく間抜け──ティファトに問いかける。
「誰に!?」
「さあ、それはわからないけど……」
「どこで!?」
「うーん、それもわからないけど……」
「………………どういうことだ?」
 ハイリルは足を止め、ついてきていた金髪のまじない師を、視線で射殺すほどの勢いで睨みつける。並の人間なら生命の危険を感じるはずなのに、ティファトは平然とその視線を受け流し、両手を振り回して叫んだ。

「だって、いくら待っても、待ち合わせの場所に、キアルが来ないんだよ!」
 その日、ハイリルたちは、ひさびさに大きな街に到着した。宿をきめたあと、ハイリルは糧食を、ティファトとキアルはこれからの道程で出合うであろう寒さにそなえて、革か毛皮の外套を見繕ってくることにしたのだが……。
「いくつか店を見たあと、何軒めかでキアルの外套を見つけて、そこで裾をつめてもらうことになったんだけど、男物はやっぱり最初の店がいいね、ってことになって、僕だけ先に、最初に見た店に戻ったんだよ。キアルも、裾つめが終わったら、こっちに来て合流することにしたんだけど、それっきり、待てど暮らせど現れないから……!」
 話はよくわからないが、とにかくティファトとキアルは途中で別れ、合流する予定が、キアルが待ち合わせ場所に来なかった──と、そういうことらしい。
 ハイリルの眉間に、深い皺が刻まれる。
「…………それでどうして、さらわれたと思ったんだ?」
「だって! キアルはあんなにかわいくて美人じゃないか! きっと悪い奴にかどわかされたに違いないよ!」
「…………」
 もちろんハイリルも、自分の女主人がたいそう『かわいくて美人』であることは否定しない。むしろ積極的に肯定する。
 だが、その女主人が『かわいくて美人』であるだけでなく、惜しむらくは特別な悪癖をもっていることも、重々承知しているのだった。
「……とにかく、その、おまえたちが別れたという店へつれてゆけ」

「その娘さんなら、あっちに行ったよ」
 店の主が、店を出たキアルが向かった方をゆびさした。すると、ティファトが怪訝な顔になる。
「え? おかしいな。僕たちが待ち合わせた店は、まったく逆方向なんだけど……」
「………………やっぱり」
 ハイリルは大きくため息をついた。その息には、残念と安堵が両方まじっている。
 なにしろ、キアルは、空前絶後とも超絶怒濤とも言って差し支えないほどの、極度の方向音痴なのだ。
「え、ハイリル、なにかわかったの?」
 ティファトの期待にみちたまなざしに向けて、ハイリルはため息とともに、言葉を吐き出した。
「……迷子だ」
「は?」
「お嬢さんはかどわかされたんじゃない。おそらく、たんに、迷子になっただけだ」
「まさかぁ。キアルにかぎって」
「……その信頼感はどこからだ?」
 まさかこの男は、これまでずっとともに旅してきて、キアルの壮絶な方向音痴に気がついていないのだろうか。
 ともあれ、ハイリルは連れの戸惑いなど意に介さず、探索にとりかかった。
 ──大きな迷子の。



 そのころキアルは、どこともしれない薄暗い店の奥で、手足を縛られ、うずくまっていた。隣には十二かそこらの少女が、同じように縛られ、しくしくと泣いている。
「ごめんなさい……私のせいで、お姉さんまでつかまってしまって……」
 少女がほそい声で言い、しゃくりあげる。
 少しまえ、いかがわしげな裏道を迷いながら歩いていたキアルは、道をたずねようと、この店を覗きこんだ。そこで、縛られたこの少女と、怪しいふたりの男を見つけてしまったのが運の尽き。異常に気づいたときには、男たちにとらえられ、少女と同じように拘束されてしまった。
 つまり、ハイリルとティファトはふたりとも、半分ずつ正しかった。
 キアルはたしかに迷子になり、同時にしっかりと、かどわかされていたのだ。
「あの人たち、人買いなのよ。女の人や子どもをさらっては、ほかの街へつれて行って売り飛ばすの」
 キアルは少女をはげまそうと、きっぱりと言った。
「大丈夫。心配しなくていいわ。私の連れが必ず助けに来てくれるから」
 自分の内心より確信ありげに、少女に伝わるといいのだが。
 隣の部屋では、彼女らをかどわかした男たちが、なにやら言い争っている。
「兄貴ぃ……大丈夫ですかね、殯衆(もがりしゅう)なんかに手を出して、おいらたち、祟られたりしないですかねぇ……?」
 気弱そうに言ったのは、体格のいい髭もじゃの手下だろう。図体のわりに気が小さいようだ。
「しかたねえだろ。俺たちの顔を見られたんだ。ほっとくわけにゃいかねえだろ。考えてもみろ、あいつは高く売れるぜ。あの顔と髪を見たか?」
 答えたのは、手下より背は低いが、太って腹の突き出た親玉の方だ。
 殯衆のなかでは異質なこの容貌が、彼らに高く評価されているのは、ありがたいようでありがたくない。
「殯衆の娘っこを買う客なんていませんよ!」
「馬鹿。あの真っ黒い服をはぎ取って着替えさせりゃ、わかるもんか」
「でも、あいつら、死の女神ネネムに守られてるとか言うじゃねえすか」
「ビビるんじゃねえ!」
 彼らの言い争いに、とつぜん、のほほんとした声が割って入った。
「あのー、お取り込み中すいません。僕みたいな金髪で、黒い服を着た、すっごくかわいい女の子を見ませんでしたか?」
 男たちが、しーんとする。同時に、奥の部屋では、キアルも耳をそばだてていた。
 ──まさか、この声は……!?
「年齢は十六歳で、背が高くて、ほんとに美人で。あんまり美人なんで、誰かにかどわかされたんじゃないかと思うんですけど……えっ、なにっ……!?」
 くぐもった声と、ごつんという音がして、思わずキアルは身を縮めた。
 数分後、キアルたちの目の前には、もうひとり、ぐるぐると縛られた人物が転がされていた。青年の緑の目が開き、キアルの姿を映す。
「キアル! 捜してたんだよ!」
「ありがとう、ティファト。でも…………どうしてあなたまでつかまっちゃうの……?」
 どちらかというと、というかものすごく切実に、助けだしてもらいたかったのだが……。
「おまえら、騒ぐんじゃねえぞ。騒いだらひとりずつぶち殺すからな!」
 男たちは凄んだあと、部屋のドアを閉めて鍵をかけた。
 足音が遠ざかったのを確認して、キアルはすばやくささやきかける。
「ティファト。逃げましょう」
「いい考えだね。でもどうやって?」
「あなた、まじない師でしょ? 縄をほどく呪文かなにか、ないの?」
「あ……そっか。ごめん、あいつらに頭を殴られて、まだぼうっとしてるんだ」
「えっ、大丈夫?」
 悪いけれど、いつもぼうっとしているから気づかなかった。
 ティファトは床に転がったまま頭を振り、やっと呪文を思いだしたらしく、なにごとか低くつぶやいた。
 が…………なにも起こらない。
 ──と思ったとき、キアルの横で、小さな叫び声が上がる。
「あっ、縄が……」
 見ると、一緒にとらえられていた少女の縄がほどけ、はらりと落ちたところだった。
「──そっち!?」
「ごめん、頭がぼうっとして、術の精度が……」
「いいわ、あなた、縄を切って。私の胸に守り刀が下がってるから」
 自由になった少女が、まごつきながらも、キアルとティファトの縄を切ってくれたので、結果的には大成功のはずだった。
 部屋にひとつきりの高い窓から、三人で協力して、なんとか抜け出したところまでは。
 ただ、窓から最後にティファトが外の路地に降り立った、まさにその瞬間、横手の扉が開き、髭もじゃの手下が顔を出したのだ。
「ああ~~~~っ! 兄貴ぃ! 奴らが逃げた~~~!」
 男の胴間声(どうまごえ)が響くなか、キアルは少女の手を握って、脱兎のごとく駆けだした。



 ハイリルはしだいに焦りを募らせて、迷路のような街を歩き回っていた。キアルの目撃情報が、あまり治安のよくない界隈で、ぷっつりと途絶えたのだ。手分けして捜していたティファトの姿も見当たらない。
 こんなことなら、少しの間でもキアルと離れるのではなかった。自分はなにがあっても彼女を守ると約束したのだ。この身に代えても、必ず。
 それなのに、この体たらくだ。これで、もしキアルの身になにかがあったら──。
 蹌踉(そうろう)として歩き続けていたハイリルの耳に、そのとき、片時も忘れることのない、あるじの声が飛びこんできた。
「だれかーっ! たすけてぇっ!」
 頭より先に体が動いていた。ハイリルは黒い裾を翻し、声の方に向かって疾走した。ほどなく、狭い路地の先に、輝かしい金色が見える。
 キアルが金色の髪を振り立て、見知らぬ少女の手を引き、走ってくる。その背後にはティファト、さらに後ろから、顔を真っ赤にした髭もじゃの巨漢と、でっぷりしたむさ苦しい男が、彼らを追っている。
「ハイリル!」
 彼の姿をみとめたキアルの目が、碧玉(へきぎょく)のように輝く。ハイリルは彼女らとすれ違い、そのまま疾走して、追っ手の巨漢に杖を振り下ろした。
「うぐっ……!」
 すかさず杖を返して、たたらを踏んで立ち止まりかけた、もうひとりの腹に、石突を叩きこむ。
「ぐえ」
 ふたりの悪漢は瞬く間に、情けない声を上げて路地に這いつくばった。
 ふり返ると、金の髪の少女と青年が、同時に抱きついてくる。
「ああ、ハイリル! きっと助けに来てくれるって信じてたわ!」
「すごい! ハイリル、かっこいい!」
 ハイリルは大きく息をついた。キアルと無事に再会できた安堵の息と、いらないオマケに対するため息だ。この熱烈な抱擁が、キアルだけのものだったら、手放しで喜べるところなのだが。
 だが、ティファトの空気を読まない人なつこさに、たいがい慣れてきた自分もいる。
 無様に路地に転がった巨漢が、息も絶え絶えにつぶやいた。
「あ……兄貴ぃ……祟りって、こういうことかな……?」
 彼らからちょっと離れて、取り残された少女が、きょとんと目を瞠(みは)っていた。



 その後、人さらいふたりは、街の警邏(けいら)の者たちに引き渡され、一緒に逃げだした少女を家に送り届けたあと、キアルたちはようやく宿に向かった。
「やっぱり頼りになるのはハイリルね。悪い奴らをたちまちやっつけちゃうんだもの」
 キアルが褒めちぎると、ハイリルは静かに微笑(ほほえ)む。
「とにかく、無事でよかった。ずっと見つからなくて、肝を冷やしましたよ」
「僕も! 僕も、えーと、縄はほどいたよ!」
 ティファトが懸命にアピールし、キアルはあやういところで思いだして、彼にも感謝の笑みを向けた。
「そうね、ふたりがいなかったら、いまごろ売られてたわ。本当にありがとう」
「そういえばハイリル、僕の言ったとおりだったでしょ? キアルはやっぱり、かどわかされてたんだ。キアル、ハイリルったら、きみが迷子になったなんて言ってたんだよ? 失礼だよねえ」
 ティファトが笑いながら、同意を求めるように言い、キアルは焦った。
 じつのところ、迷子になったのは事実だ。そのせいで、いかがわしい場所で、怪しい場面に行き会わせてしまって、結果的にかどわかされたわけだが……。
「そ、そうよね、う、うん、迷子じゃなく、かどわかされたのよ?」
 素知らぬ顔でごまかす。隣を歩くハイリルの目が、冷ややかになったような気がした。
「ほう?」
「…………ま、まあ、細かいことはいいじゃないの」
「そうですね」
 ハイリルが、ちょっとからかうように言う。
「結果的には、お嬢さんのおかげで、あの女の子も助けられたわけですし」
 言外に、『お嬢さんの方向音痴のおかげで』という言葉が匂わされたような気もするが、キアルはあえて気づかないふりをする。
 ティファトだけが無邪気に、こう締めくくった。
「そうだね、終わりよければすべてよし、だね!」

おしまい