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ホワイトハートX文庫 | 今月のおすすめ

傑作歴史ロマン、ついに完結!

王女ベリータ ~カスティーリアの薔薇~(下) 榛名しおり/著 池上紗京/イラスト

榛名しおり先生渾身のヒストリカルロマン上下巻の記念して、ここでしか読めないショートストーリーが届きました! 素直になれないベリータの揺れる心を描いたショートストーリー「手紙」を、どうぞご堪能くださいね!
Web限定!王女ベリータ ~カスティーリアの薔薇~ショートストーリー「手紙」
(アロンソって、どういうひとなの?) ベリータには、さっぱりわからない。 アロンソは、カスティーリア王国でも指折りの名門貴族だ。 そしてベリータは、そのカスティーリア王国の王女である。 上下関係ははっきりしているのに、ベリータはアロンソから敬意というものを感じたことがない。最初に会った時からだ。つまり、ベリータを修道院から連れ出したあの時から、アロンソは ――かわいげがない とでもぼやきたいのか、ずっと眉間にしわを寄せている。 彼の物腰や言葉遣いが優雅で丁寧なだけに、ますますわからなかった。他の貴族たちが皆、これでもかというくらいちやほやしてくれるから、なおさらアロンソの冷ややかさは際立つ。ベリータはむっとさせられたり、落ち込んだり。(私じゃ不満なのかな――)
 先日、異母兄王の妃である王妃が、いきなりこの邸に押しかけてきた。 そして、さんざんベリータの心をかき乱していった。ポルトガルにいる母のことまでをも蔑んだ。 ――ばかね。おまえの母に、手紙が書けるわけがない そして、ベリータははじめて知らされた。 アロンソが以前、あのスキャンダラスな王妃の「一番年若い愛人」だったことを。(ああ、そういうことか) 大輪の花のような王妃に比べれば、ベリータはかちかちの小さな蕾だ。どれだけ着飾ろうが化粧しようが、ほど遠い。 アロンソが彼女に可愛がられながら成長したというのなら、アロンソの眼中にベリータがないのも、無理はない。ベリータは落ち込んだ。*(いいえだめよ。落ち込んでる場合じゃない) 今やベリータは、王位継承者だ。皆を失望させるわけにはいかない。切り替えなければ。 食堂で堅いパンをひきちぎりながら、侍女のラモンに宣言した。「もう、アロンソの眉間にしわがあったって気にしないわ。あんな人どうでもいい」「え? なんで?」
 ラモンがぽっと顔を赤らめた。 この少年は、ベリータといっしょに修道院を抜け出して以来、ずっと修道女にばけている。すっかり板についてしまって、こんなちょっとした仕草がなんとも可愛らしい。「どうしてさ」「赤くなってる。まだアロンソのこと素敵だと思ってるのね」 「思ってるさ。素敵だよ。おいら、将来アロンソさんみたいになれればいいなあと思ってるし、仕事とか、手伝いたいと思ってる」「変わってる」 ベリータは顔をしかめた。「あんな優しくない人の下で仕事がしたいなんて」「ベリータ」 ラモンは、前々から言いたいと思っていたらしく、まじめな顔になった。「おいらはね、たまにびっくりさせられるんだ。ベリータってすごいって」 賢いラモンにほめられ、ベリータはまんざらでもない。「そう?」「でもさ、アロンソさんに関してだけは、いったいどうしちゃったのさっていいたいね。アロンソさんが優しくないだなんて、ベリータ、とんでもない勘違いしてるよ」「だって」 ベリータは、むっと口をとがらせた。「優しくないんだもの」 ラモンや他の人には優しい人なのかもしれない。(でも、私には、ちっとも優しくない)
 どうしてアロンソが自分にだけ優しくないのか、ベリータにはわからない。 悔しくて、ますますアロンソにつんけんしてしまう。そして、つんけんしてしまう自分にさらにうんざりし、ベリータは自己嫌悪に陥った。(お母さま、こんなときはどうしたら――) つらい心の内を打ち明けられるのは、遠い記憶の中の母しかいない。 だが母を思うたびに、先日の王妃の声が、ベリータを打ちのめした。 ――ばかね。おまえの母に、手紙が書けるわけがない 何もする気になれず、ソファに座り込んでいたベリータに、アロンソが何か差し出した。何かの文書だと思って受け取ったが、何も書かれていない。「何これ?」「紙です」「紙はわかるけど――なにも書かれてない」「書いたら」 私が? とベリータはアロンソの顔を見上げた。相変わらずの不機嫌そうな顔。「何を?」「手紙をです」「誰に?」「お母上さまに」 驚いたベリータは、首をかしげた。アロンソが何をいいたいのかわからない。「だめよ。この前あの方に――お義姉さまに言われたばかりじゃない。お母さまには読むこともできない。きっともうわからない――」 別れたとき、ベリータの母はすでに重い精神の病に冒されていた。
「書いても無駄よ」 と、紙を返すと、「無駄じゃない」 とアロンソはつき返してきた。「書いて、火にくべればいいのです」「いやよ。焼き捨てるくらいなら、最初から書かない」「手紙は、煙になって届く」 いつも現実的で、いやなくらい冷静なアロンソのことばとは思えず、驚いているベリータの手にアロンソはペンを持たせた。 だが、いったい何を書けばいいのだろう。 ――お母さまへ―― と、書き始めた。字が震えた。 ――会いたい―― 結局書けたのは、それだけ。 それ以上は、涙にかすんで書けなかった。 アロンソはそれを炉の火にくべた。煙になって母に届いたかどうかはわからないが、気持ちはすっきりした。書いたからすっきりしたのか。それとも、泣いたからすっきりしたのか? 「あなたも、書いた手紙を火にくべたことがあるの?」 アロンソはうなづかない。だが、否定もしなかった。
「食事の時間です」 と向けられた背中を追って、ベリータはあわてて立ち上がった。「ね、そうなんでしょう? 書いたのね?」「食事に遅れます」「なんて書いたの? 書きながら泣いた? ねえ泣いた?」 ちょうど通りかかったラモンが、そんな二人を見てちょっとむっとして、「いいんだよ、アロンソさん。気にしないでほうっておけば。こんなわからんちんなお姫さまのことなんか、他のひとたちにまかせとけばいいんだ」「そうだな」 とアロンソがため息まじりにベリータを振り向いた。 だが、と困ったように、大きな肩をすくめた。「まあ、そういうわけにもいかんしな」 そっぽをむいた眉間に、しわがない。(あれ、ない) あんまりベリータがまじまじと見たからだろう。アロンソはまたきゅっと顔をしかめて、「何か?」「いいえ、なんでもないわ、なんでもない」 ベリータには、まだわからない。 アロンソは、ほんとに優しいひとなんだろうか。信じていいのだろうか。 この時のベリータには、まさか自分がアロンソに恋するかも知れないなんて、まだ思いも寄らなかった。
十五世紀のカスティーリア(現在のスペイン)を舞台にしたヒストリカルロマン大作『王女ベリータ ~カスティーリアの薔薇~(上)(下)』をどうぞお楽しみください!