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ホワイトハート X文庫 | 今月のおすすめ

恋はウードから始まった! キャラクター誕生エピソード 貴嶋 啓「囚われの歌姫 〜政変はウードの調べ〜」定価:本体600円(税別) ホワイトハート新人賞受賞作の『囚われの歌姫 〜政変はウードの調べ〜』がついに刊行です! 物語のカギになっている楽器ウードとその世界、そして登場人物たちの魅力について、著者の貴嶋啓先生に教えていただきました!
ウードってどんな楽器?
ウード ウードは、琵琶(びわ)とルーツを同じくするアラブ文化圏の楽器です。音階が西洋のドレミより多いので、心地の良さと悪さの中間にあるような絶妙な音色を奏で、それが妙に心に響きます。どこか物悲しいような、心の中の「ここ」とはっきり言えない場所をかきたてられるような音色とでも言ったらいいでしょうか。
 主人公のセルマは、ウードを奏でながら説話や民話などを歌う語り部(メッダーフ)に扮(ふん)して珈琲館にもぐりこんでいます。女性は本来立ち入れない珈琲館に、セルマが少年になりすまして出入りしていたことから、このお話ははじまります。
物語の舞台はーー
兄弟殺しのシビアな世界!?
 舞台となっているエルトゥールル帝国は、かつてトルコを中心に広大な領土を誇ったオスマン帝国がモデルになっています。皇位継承争いが激しく、皇帝(スルタン)になった者は、他の兄弟を皆殺しするか目をつぶして幽閉するという、かなりシビアな風習があります。
 お話の中では、先に弟に即位されてしまったジハンギル皇子は、生き延びるために弟を玉座から引きずりおろして皇帝になるしかありません。そんなジハンギル皇子が、政変を主導する人材として白羽の矢を立てたのがラフィークだったというわけです。
出世はルックス次第!
 この国の最大の魅力は、なんといっても美形が多いこと! まずは、美女を集めて美しい子孫を残すということを何世代にも渡って続けている後宮(ハレム)の存在が、この国の美形へのこだわりをよーく表しているわけなのですが、それ以上にすごいのが、強制徴兵(デヴシルメ)というシステムです。
 もともとは征服された民族の少年に対する徴兵制度なのですが、なぜか「優秀で見目のよい少年は、将来の高官として宮廷にひきとって英才教育を施す」という訳がわからない決まりがあるのです! 
 本作でもラフィークは強制徴兵によって帝都に連れてこられたことになっていますが、つまりは、顔がよくなければ出世コースにのれない! ということなんですね。この国では、血筋や身分よりも顔が大切なんでしょう。  そんなわけで、本作も主要登場人物はすべて美形です。けっして作者の趣味ではありませんので(笑)、ありえない! とツッコまないでください。史実なのです!
魅力あふれる登場人物たち
セルマ
「……わたしはもう、家には帰れないの?」
家族に虐(しいた)げられた孤独な生活のなか、母の形見のウードを弾くことだけが生きがい。おとなしく辛抱強い性格だが、ウードのためなら少年に扮して女人禁制の珈琲館で歌うという大胆な一面も。その結果、スパイに間違えられてラフィークに拉致(らち)されてしまう。
貴嶋コメント あまり主張しない個性の強くないキャラクターを、と思って書きました。それまでの暮らしでじっと耐えることに慣れてしまっているので、ラフィークに振りまわされるであろう彼女の今後の人生が心配だったりします。
ラフィーク
「さっさと話したほうがいい。皇太后(ヴァリデ・スルタン)はなにを企んでいる?」
エルトゥールル帝国の第五宰相。最年少で宰相の位につき、ジハンギル皇子を皇位にするために政変を目論(もくろ)んでいる。有能で人望もあるが、根本的には自分の主張を押しとおす性格。
貴嶋コメント あまり屈折していない普通の人を、と思って書きはじめたのですが、なんだか出来すぎた男になってしまいました。こんな男が近くにいたらうさんくさくてたまらないと思っていたので、新人賞受賞時の講評で「ヒーローがかっこいい」とか「キャラに萌!」と言っていただいたときは正直びっくりでした……(笑)。
ジハンギル
ジハンギル
「あいかわらず、君はよく弁(わきま)えている男だね」
ラフィークが仕える先帝の第一皇子。皇帝にならなければ殺される運命のため、政変によって皇位の転覆を図る。一見すると物腰がやわらかく微笑みを絶やさない好青年だが、実際は性格の歪(ゆが)んだ爬虫類系(はちゅうるいけい)。
貴嶋コメント 作者の愛を一身に受けています(笑)。彼が登場すると場面が華やぐので、重宝するキャラでもあります。彼のドSっぷりを、もっと書きたかった!
ハイレッティン
ハイレッティン
「俺は別に、あんたと違ってあの男の言いなりになっているわけじゃない」
アクデニズ海で知らない者はいない海賊の頭領。ジハンギル皇子から麾下(きか)へと望まれているが、つきまとわれて本人は大迷惑。意地っ張りなだけでなく、見かけによらず律儀で融通がきかない性格のため、よく他人から素直じゃないと揶揄(やゆ)される。
貴嶋コメント 元はクールな男のはずだったのに、いつのまにかジハンギルに踊らされ、イェシルには振りまわされ、いったい彼はいつからこんなキャラになったんでしょうかね? どんどん崩れていく彼が、ときどき不憫(ふびん)になります。
ウェスレブ
ウェスレブ
「ラフィーク・パシャには、古い恩義がございますゆえ」
ジハンギル皇子に絶対の忠誠を誓う、謎(なぞ)めいた隻眼(せきがん)の青年。ラフィークとは過去になにかがあったようだが、それも謎。実は、ハイレッティンと犬猿(けんえん)の仲。
貴嶋コメント 登場人物たちのなかでいちばんのヘンタイ……いえ、屈折した性格をしています。彼のような人物を描くために作家を目指したといってもいいでしょう! 本作ではあまり活躍させられなくて残念ですが、いつか彼の鬱屈(うっくつ)とした内面を書きたい……。
イェシル
イェシル
「大丈夫。お兄さまに頼んで、わたしがきっと助けてあげるから」
ジハンギル皇子の唯一の妹である皇女。たったひとりの家族である兄を失わないようジハンギルにつき従っていたが、ひとり捕えられ後宮に連れ戻されてしまう。
貴嶋コメント 実はそうとうなブラコンです。無邪気な性格ですが、つねに皇女らしからぬ突飛な行動でハイレッティンを振りまわしています。本人は気づいていませんが、兄がジハンギルだという、たぶんもっとも不幸なヒト……。ラフィークはそれが不憫で、イェシルにはちょっぴり甘いようです。