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ホワイトハート X文庫 | 今月のおすすめ

ここでしか読めない!石和仙衣先生によるキャラ紹介 & ショートストーリー

神ノ恋ウタ
神ノ恋ウタ 石和仙衣/著 絵歩/イラスト 定価:本体630円(税別)
お待たせしました! 石和仙衣(いさわのりえ)先生の新作登場です。今作は、神と人がともに暮らす古代日本が舞台の純愛ファンタジー。美しい神たちと巫女の熱く切ないラブストーリー、ぜひ本編でお楽しみいただけたら!魅力いっぱいの登場人物たちについて、石和先生が直々にコメントをよせてくれました。さらには、甘ずっぱい書き下ろしショートストーリー『花櫛ノ巻』もお届け。どちらもぜひ、お楽しみください!
巫女と美神、実はこんなキャラ!? 雪荷(せつか) 病弱だが芯の強さを秘めた徒野(あだしの)の巫女。さまざまな騒動に巻き込まれた末、自らの意志で炬(かがり)に仕えることに。〈石和先生コメント〉小学生の頃、心臓の手術を何度も受けているクラスメイトがいて、「病気と戦ってきた人には、健康な人とは違う芯の強さがあるのかな」と思ったことがありました。それが雪荷の誕生のきっかけです。本人は無自覚ですが、料理で神様の胃袋をガッチリとつかんでしまうあたり、なかなかしたたかだと思います。 炬(かがり) 炎を操る隻眼(せきがん)の神。意図せずして、落人の里の土地神になる。気性は荒いが、雪荷と過ごすうちに変化が!?〈石和先生コメント〉自分を莫迦(ばか)だと認めているので、相手の良さを素直に認めます。打算的に行動することができなくて、いつも直球なのですが、その辺り、愛すべきキャラです。こういうタイプは兄弟や友達にいたら大変でしょうが、毎日が楽しくなりそうです。若い神様で、まだ伸びしろがあるので、育成の仕方によっては、いいカレシや旦那様になると思います。 伊布夜(いうや) 月を司り、夜の世界を支配する神。天葦原(あまあしはら)の最高神・昼女(ひるめ)の弟。雪荷を見初め、そばに置きたいと言い出す。〈石和先生コメント〉興味のないものにはとことん無関心。名前すら覚えられないし、完全にアウトオブ眼中。対して、好きなものにはかなり執着して愛情を注ぎ、世界を滅ぼしてもかなわない、とか本気で思っちゃう恐いタイプ。でも、小さくて愛らしいもの(兎さん)が大好き、というあたり憎めません。 五百引(いおひき) 大力を司る神。伊布夜の側近で、振り回されてばかりのお人好し。〈石和先生コメント〉伊布夜に振り回されてばかりいるお人好し。真面目な性格ですが、じつは女性大好き。本文中のうっかり発言から察するに、むかし徒野ノ里(あだしののさと)に遊びに来たとき、巫女さんを“おいしく”いただいちゃったことがあるようです。『英雄色を好む』というやつですね。 真鳥(まとり) 隻腕の青年。狩りでは鷹が片腕代わり。大蛇を討った炬に忠誠を誓う。〈石和先生コメント〉例えるなら、参謀、もしくは執事タイプ。一見地味ですが、大蛇ノ君に矢を向けたり、炬が突っ走りそうになったときに諫めたりと、神様に対しても物怖じしません。自分の幸せを追求するより、他人に世話を焼くことで幸せを感じるタイプなのかもしれません。
ウェブ限定!書き下ろしショートストーリー 花櫛ノ巻  ある夏の日のことだった。雪荷(せつか)と炬(かがり)は近くに住む山の女神に挨拶に行った帰り、……あろうことか遭難してしまった。「ああっ、くそっ、あのオコゼ!! わざと間違った道を教えただろ!!」 炬はそう悪態をつきながら、行く手をさえぎる藪(やぶ)を剣でなぎ払う。 雪荷は額に汗を浮かべながらその後に続き、苦笑をもらした。“オコゼ”とは山の女神――巌比売命(いわおひめのみこと)への、炬なりの呼称だ。 あけすけにもほどがある。巌比売が自分の容姿がよくないことを気にしているのは広く知られているというのに、ひどい呼び方だ。 いつもはおおらかで、人々に惜しげなく山の幸を分けてくれる巌比売だったが、炬がこんな調子だから、二柱(ふたり)の神は大人げない喧嘩(けんか)を繰り広げる。(これではお怒りを買っても仕方ないわね。明日にでもまた、炬様の非礼を詫びに、捧げ物を持っていかなきゃ――、……あ、あれ?) 雪荷は急に手足のしびれを感じて歩みを止めた。 みるみるうちに視界が狭まって、頭がくらくらしてきた。 貧血だ、と気がついたときには、草むらの中に倒れ込んでいた。「雪荷、あんなお高くとまったオコゼになんか、もう供え物を持っていかなくていいからな! だいたいあいつは――……」 炬はそこまで言いかけたところでようやく異変に気がつき、ぎょっとした。「雪荷! お、おい、大丈夫か?」 「だ、……だだ、だ、だいじょ……う……ぶ、れす……」「ぜんぜん大丈夫じゃないだろ、おい!」 雪荷は青白い顔で額に冷や汗を浮かべている。炬は心配そうに雪荷の頬(ほお)を撫でると、チッと舌打ちして山の木々に向かって声を張り上げた。「おい、オコゼ! ……じゃなかった、巌比売! 俺が悪かったよ、非礼を詫びる。雪荷が倒れたんだ。休めるところまで道を開けてくれ!!」 しばしの沈黙の後、ざざざっ、という葉擦れの音とともに、行く手を阻(はば)んでいた藪が開けた。巌比売が草木に命じたのだろう。「感謝する」と短く礼を言って、炬が雪荷を抱き上げると、どこからともなく女の声が聞こえてきた。『あんたのために道を開けたんじゃないわ。雪荷のためよ。雪荷にもしものことがあったら、おいしいお供え物が食べられなくなりますもの。ほんっとうに、あんたにはもったいない巫女だこと! 雪荷を手荒に扱ったら、あたくし、許しませんから』「おまえが道を迷わせたから、雪荷の具合が悪くなったんだろうが!」『あんたがあたくしのことをオコゼオコゼオコゼとののしるからよっ!』 その怒声とともに、炬の頭に、ぽこん、ぽこんと木の実のつぶてがいくつも降った。 開けた道をたどった先は、百花が咲き乱れ、羽虫たちが飛び交う野原だった。 炬は木陰に雪荷を降ろすと、少しでも呼吸が楽になるように帯をゆるめてやった。 雪荷はぐったりとしていたが、衣に手をかけられて、恥ずかしそうにみじろぎした。 「あっ……」「阿呆、恥ずかしがってる場合か。いいから楽にしてろ」 恐縮しながら、雪荷は抱き上げられたときに乱れた自分の髪をそっと撫(な)でつける。 そして、なにを思ったかはっと息を飲んだ。「どうした?」「あの、櫛(くし)が……ないんです。炬様にこの前いただいた櫛、ちゃんと挿してきたのに……。倒れたときに落としたのかもしれません」 雪荷はあわてて身を起こそうとしたが、炬にそっと制された。「寝てろ。あとで拾いに行ってやるし、なかったら新しいのを作ってやるから」「でも、……でも、せっかく時間をかけて作ってくださった櫛だったのに……」 自分の不注意が腹立たしいやら、悲しいやら、雪荷は目に涙をにじませた。 すると炬はなぐさめるように雪荷の髪を撫でつけた。「いいからいまは休め。休んで、歩けるようになったら一緒に探しに行こう。な? 急(せ)くことはない。きっと見つかるさ」 雪荷はやっとの思いで嗚咽(おえつ)を飲み込んで、その言葉に頷(うなず)いた。 今朝は巌比売のための供え物を用意するのに、日が昇る前から忙しく働いていたから疲れが出たのだろうか。目をつむると、すぐに眠気がやって来た。 少し休むだけだから、寝入ってはいけない、と思いつつも、雪荷はとろとろと溶けるように深い眠りに落ちていった。 (べつに……櫛ひとつくらいなくしたくらいで気にすることなんてないのに) 炬は雪荷が寝入ったのを確認すると、そっと彼女の頭に自分の膝(ひざ)を差し入れてまくら代わりにした。 大切なものがなくなるのは、それが持ち主が受けるはずだった災厄を代わりに受けてくれたからだ。そういう言い伝えがある。(雪荷に降りかかる災厄を減らせるなら、俺はいくらでも櫛を作るさ) 少し悲しそうな雪荷の寝顔を眺めながら、炬はそう思う。 膝にかかる彼女の重さは、炬にとって羽根のように軽い。 その軽さが少し炬を不安にさせた。強い突風が吹いたら、吹き攫(さら)われてしまいそうだ。(少しでも雪荷を繋ぎ止められるのだったら、俺はなんでもする) そう思う自分が、なんだか不思議だった。彼女と出会うまでは、自分が強くなりさえすれば他人のことなんてどうでもよかったのに。 それを少し恥ずかしく思うと同時に、けれども彼女を想うときに感じる甘い胸の痛みは癖(くせ)になる。炬は思わず、もどかしいため息をついた。 雪荷は知らないのだろうか。 男が女の髪に櫛を挿すのは占有の証(あかし)だ。?このおなごはおれのものだ?と、まわりに知らしめるための印だ。 炬も里に来るまで知らなかった。真鳥(まとり)――隠れ里の若者からその習わしを教えてもらって、炬は雪荷に櫛を贈ることを思いついたのだ。 雪荷はとても物知りだが、巫覡(ふげき)の家系で大切に育てられたせいか、男女の仲や色事にはかなり疎(うと)い。 櫛の習わしを知らないのも無理はない。 ずっと応えてくれなかったらどうしよう、と思い、またため息がもれそうになったが、炬は雪荷の髪を撫でながらふっと不敵に笑んだ。(なら、本人が気がつくまで、なんどでも櫛を挿すさ) 雪荷の髪は柔らかく、そしていいにおいがした。甘くて優しいにおいだ。 それを胸いっぱいに吸い込んで、雪荷がこんこんと寝入っているのをいいことに、彼女の髷(まげ)を解いた。撫で梳いて、器用な手つきで髪を編みはじめた。 何度か試行錯誤してきれいな髷を作ると、近くに咲いていた花をいくつか手折って飾り付けてみた。まるで花の櫛(くし)だ。?このおなごはおれのものだ? そんな密(ひそ)やかな占有の気持ちをこめて、炬は雪荷の髪にそっとくちづけをした。 雪荷の髪を飾り付けて、なにもすることがなくなると、炬もうつらうつらと舟をこぎ出し、寝入ってしまった。そんな彼を起こしたのは、チーチー、という甲高い鳴き声だった。いつの間にか、一匹の栗鼠(りす)が炬の肩に乗っていた。「なんだ、おまえ……?」 炬が隻眼(せきがん)を瞬かせると、栗鼠はうやうやしくあるものを差しだしてきた。 それは櫛。荷(はちす)の花が彫り込まれた、黄楊(つげ)の櫛だ。 たしかにそれは炬が雪荷に贈ったものだった。 「おまえ、もしかしてオコゼ……じゃなかった、巌比売の神使か? 雪荷の櫛を拾ってきてくれたのか? 感謝する!」 栗鼠はそうだ、というように満足そうに頷き、炬の手の平に櫛を置くとつむじ風のように去っていった。するとまた、どこからともなく巌比売が聞こえてきた。『ええ、ええ。存分に感謝してちょうだいね? これは貸しにしておいてあげる』 どことなく勝ち誇ったようなその声音に、炬は思わず顔をしかめた。「探してくれなんて、頼んでないぞ」『あらあら、強がっちゃって、まあ! でもまあ、いいものを見せてもらったわ。あんたが雪荷の寝顔に見入ってデレデレしてる顔ときたら! おほほほ、早く雪荷が想いに応えてくれるといいわねえ。ま、そのままでも面白いけれど』「なっ、おまえ! くそっ、こそこそ盗み観てたのかよ!? 変態!!」『あら? いとおしいおなごの寝顔を盗み観て、デレデレと顔をゆるめてる輩(やから)のほうが、もっとずっと変態よ〜? じゃあね〜』 巌比売の声はくすくすという笑い声とともに、山の深いところへと去っていった。 怒鳴りたいのを堪(こら)えて、炬はもどかしげなため息をつき、……そしてそっと雪荷の額にくちづけを落とした。どうか俺の想いに応えてくれ、と祈るように。 雪荷はただ、こんこんと眠り続けていたが、素敵な夢でも見ているのだろうか、「ん……、炬様」 彼女はため息とともに、寝言をもらした。 甘い甘い、百花蜜(はちみつ)のようにとろけるような、優しいその声音。 それを聞いて、炬はまた、切ないため息をついた。 イラスト