「TELEPHONE LINE」
高岡ミズミ
互いの近況を話し合っていたとき、ふと、アルフレッドの声のトーンが変わった。
『なにかあったんじゃないんですか?』
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さすがに鋭い。英国と日本。離れていても、いや、離れているからこそか、アルフレッドはちょっとした変化を敏感に察する。
「大丈夫。僕自身は、驚くほど順調だから」
実際、会社員生活に大きな問題はない。しいて言えば、決まった時間に出勤する生活はやはり窮屈だ――などと言うのが甘えであることくらい、自分自身が誰よりわかっている。まだ弱音を吐くわけにはいかない。
それなりに手ごたえを得るまで続けるつもりでいた。
『ならいいですが――気がかりがあるように聞こえたので』
「あー……それはたぶん、僕の友人のことかも。一応解決したんですけどね。ただ、この先もなにかと落ち着かないんだろうなって思うと、簡単によかったねとは言えなくて」
こんな話をアルフレッドにしてもしようがない。宮原自身、どういう反応を求めているのか、よくわかっていなかった。
『ハジメは、その友人が大切なんですね』
「――そうですね」
半分隠居していた自分にとって、友人と呼べる人間はわずかだ。BMの元スタッフたちにしても友人というカテゴリーに入れていいのかどうかはっきりしないため、片手でも余る。
その少ない友人の中でも、柚木は特別だ。
なぜなのか、宮原は自問した。
声をかけ、自分の手で一からBMのマネージャーに育て上げたからか。十分すぎるほど柚木が期待に応えてくれたからか。
それとも、彼の心からの信頼が伝わってくるからだろうか。
どれも本当だが、それだけではなかった。
きっと自分は、柚木の根っこにある一途な部分に惹かれているのだ。けっして器用な性質ではないせいでこれまで悩み苦しんできたし、自身を貫き通すのは口で言うほど容易いことではないだろう。
流されたほうが楽な場面は多い。それを、数々の経験から柚木本人も厭というほど熟知しているはずなのに、彼は変わらず、譲らず、貫いていくのだ。
自分が自分であるために。
「とても大切な友人だから、僕は、彼には穏やかに笑っていてほしいんです」
難しいのは承知で口にする。久遠とともにいる限り、今後も大なり小なりトラブルに巻き込まれるのは目に見えていた。
かといって、ふたりに別々の道を歩んでほしいと望んでいるかといえば――答えは否だ。
宮原自身は、運命を信じるほどロマンチストではない。一方で、もしふたりが、環境や立場を乗り越えて添い遂げられるなら、そのときこそ運命だったんだよと言いたい、そんなふうに考えていた。
『僕は、ハジメの笑顔が見たいです』
「――ニコ」
アルフレッドの真摯な一言に胸を熱く震わせた宮原は、そうか、と気づく。
つまり胸の奥にある感傷は、彼らに期待しているがゆえだ。
もし運命があって、ふたりがそれを証明してみせてくれれば、この世は捨てたものではないと信じられるような気がして――。
「次の休暇には渡英するつもりです。僕もきみに会いたいので」
アルフレッドが吐息をこぼす。おそらくいま、アルフレッドの白い頰は微かに染まっているにちがいない。思い浮かべると、なおさら会いたい気持ちが募った。
『待ってます』
「うん。待ってて」
大切なひとに笑っていてほしいというのは、誰しもの想いだ。自分もそうだし、アルフレッドも同じだろう。
そして、柚木も。
願わくは、彼の行きつく先が笑顔に満ちていますように。
宮原は、心からそう願わずにはいられなかった。
(初出:『VIP 溺愛』書泉特典)
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著者からみなさまへ
こんにちは。高岡(たかおか)です。おかげさまで「VIP」シリーズ2ndシーズンも9冊目になりました。長年おつき合いくださっている皆様には、なんと感謝していいかわからないくらいです。さていよいよな展開になってきました今巻ですが、これまで溜まっていたあれこれが一気に噴き出してきたという内容になっています。久遠には正念場、和孝にとっては災難の巻でしょうか。愛を試されていると言ってもいいかもしれません。負の連鎖をふたりがどう断ち切るのか、乗り越えるのか、見守っていただけますと嬉しいです。