「京介、お前は俺の嫁だ、出てこいーっ」
なんの挨拶もせずにいきなり、ショウはホストクラブ・ジュリアスの入り口で叫ぶ。眞鍋組が誇る鉄砲玉らしい所業だ。 宇治は祐に視線で指示されたので、ジュリアスのフロアに飛び込みそうなショウを羽交い締めにする。ジタバタするショウを腕づくで押さえ込んだ。 「祐くん、今日もキュートだね。面接を受けに来たの?」 煮ても焼いても食えないと評判のジュリアスのオーナーは、眞鍋組一行を悠然と出迎える。ジュリアスのオーナーの言葉通り、祐はヤクザよりホストのほうがしっくり馴染む男だ。 「ホストになるには年を食い過ぎています。俺はもうオヤジですよ」 祐が二十五歳でオヤジと呼ばれるホスト業界を揶揄(やゆ)すると、ジュリアスのオーナーは軽く笑った。そして、ふたりはカサブランカの華やかなアレンジメントの陰で話し合う。 どういう経緯があったのか知らないが、ジュリアスのオーナーは眞鍋組の顧問に心酔している。よほどのことがない限り、眞鍋組の依頼を断ったりはしない。 ジュリアスのオーナーと祐の話し合いはすぐにすむ。深紅のバラの花束を祐から受け取ったジュリアスのオーナーは、宇治に向かって艶然と微笑んだ。 「宇治坊、君の熱い気持ちは受け取った。そんなに俺を想っていてくれたとは知らなかった。今宵は君の花嫁になろう」 ジュリアスのオーナーの唇が、宇治の頬にそっと触れる。ピューッ、という下世話な口笛があちこちから上がった。 「……へっ?」 事態が呑みこめない宇治は間抜け面で固まった。名うてのジュリアスのオーナーに熱い気持ちを抱いた覚えは一度もない。 「宇治、オーナーに対する君の想いを伝えた。喜べ、バラに託した君の想いを受け取ってくれるそうだ。最高の花嫁を迎えられて嬉しいだろう」 祐は花が咲いたように微笑むと、宇治の肩を鼓舞するように叩いた。 氷川相手の無謀な作戦にジュリアスのオーナーも噛んでいたほうが有利だ。もしかしたら、協力させるためにジュリアスのオーナーも参加させたのかもしれない。どちらにせよ、宇治がジュリアスのオーナーの相手だ。希望していた花嫁役から果てしなく遠い。 「……あ、俺かよ」 宇治が呆然とした面持ちで漏らすと、ジュリアスのオーナーはほくそえんだ。 「宇治坊、俺を深く深〜く愛しているんじゃなかったのか?」 ジュリアスのオーナーは嬉々(きき)として、煽るように宇治の頬を撫で上げる。彼は明らかに楽しんでいた。 「オーナー、楽しそうですね」 「当たり前だ、こんなパーティ、滅多にないぞ」 「パーティじゃありませんよ」 宇治は凛々しい眉を歪めたが、海千山千のオーナーは笑い飛ばした。彼は純粋な二代目姐をいたく気に入っている。 卓や吾郎といったほかの独身の構成員たちは花嫁役のホストを選んだ。どのホストも花嫁役らしく小柄でほっそりとしている。あっちのほうがいいな、と宇治は羨望の目で見つめたが、ジュリアスのオーナーに咎められてしまった。 「宇治坊、若いほうがいいのか?」 ジュリアスのオーナーにへそを曲げられてはいけない。ショウに頭ごなしに花嫁役を言いつけられてふてくされている京介が率先して逃げてしまう。 「……いえ、俺は年上がいいです。二代目を見習って……」 宇治は眞鍋組への忠誠心でジュリアスのオーナーに愛を誓った。もちろん、ジュリアスのオーナーも宇治の本心に気づいている。苦しそうな宇治を揶揄(からか)って楽しんでいるのだ。 「俺と目が合ったら、ラブと三回言え」 「わかりました」 宇治はかかあ天下に耐える清和の如く従順に頷いた。どうしたって、ジュリアスのオーナーに勝てるとは思えない。 眞鍋組総本部に残っているリキの花嫁として、祐は小柄で可愛いホストを指名した。リキに焦がれていたホストは目をうるうるに潤ませている。宇治にはリキの渋面が浮かんだが、あえて何も言わない。 「それでは、参りましょうか」 祐が優雅に微笑むと、ショウは京介の手を掴んだまま力んだ。 「よっしゃっ、野郎ども、殴り込みだっ」 ショウの威勢のいい掛け声に、眞鍋組若い精鋭たちは野太い声で答えた。それぞれ気合いが入っている。 「おいおい、殴り込みじゃないだろ」 ジュリアスのオーナーは喉の奥で楽しそうに笑ったが、宇治は首を左右に振った。 「殴り込みのほうが楽かもしれません」 「我らが麗(うるわ)しの姐さん、そんなに手強いの? しょせん、二代目に惚れきった子猫ちゃんだろう? 可愛いじゃないか」 「オーナー、わかっているでしょう? 茶化さないでください。なんかあったら上手くフォローしてくださいよ。俺、口じゃ絶対に姐さんに勝てませんから」 「ダーリン、任せて」 ジュリアスのオーナーの頼もしい返事の後、キツネのように狡猾な祐が胃を押さえて弱音を吐いた。「任せましたよ。俺はあの姐さんをおいてタイに行くのが怖くてたまりません。考えただけで胃が痛む」と。 タイに同行する祐には想像していた以上の葛藤があるようだ。穴だらけの花嫁計画の成功率を知りつつ、縋るかのように賭けている。 宇治はジュリアスのオーナーと視線を合わせると苦い笑いを浮かべた。それから、指示された通り、ジュリアスのオーナーに向かって、ラブ・ラブ・ラブと唱えた。 END
決死の花嫁大作戦! その結末は……。
『龍の危機、Dr.の襲名』で読んでみてね! |