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恋する救命救急医 キングの憂鬱

春原いずみ/著 緒田涼歌/イラスト 定価:本体690円(税別)

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STORY

恋する救命救急医 キングの憂鬱 定価:本体690円(税別)

すべてはあの日から始まった

救命救急センターの専属ナース・筧(かけい)はドクターヘリに搭乗する医師・神城(かみしろ)の姿に憧れ、フライトナースを志望した。そして彼が立ち上げた救命救急部に理解のない第二病院から、北米型ERを誇る中央病院へ共に転属することに。追い出されたも同然の異動に、自分にしか理解できないだろう、神城の無念を心配する筧。だが常に張り詰めた状態だった神城が、別人のように明るくなったことに、複雑な想いがつのり……。

著者からみなさまへ

こんにちは、春原(すのはら)いずみです。「恋する救命救急医」シリーズ、6作目です。そして、新章突入です。3組目のカップルとして、俺様ドクターのキングこと神城尊と生意気ナースの頑固系子犬こと筧深春が登場します。医療ものとして書いてきたこのシリーズですが、3組目にして、ようやく医療従事者同士のカップルとなりました。常識を蹴り飛ばす神城とたぶん今までのキャラの中で一番の常識人である筧くんは、どうやってカップルになっていくのでしょうか。私も正直、どうやって転がせばいいのかわからない(笑)、面倒くさい二人ですが、どうぞ、あたたかく見守ってやってくださいませ。キングと子犬の恋は、まだまだ始まったばかりです。どこに帰着するかわからないスリリングな二人と、これからしばしのお付き合い、よろしくお願いいたします。

初版限定特典

恋する救命救急医 キングの憂鬱

初版限定書き下ろしSS
「緑の夏」より

「今どき、こういう家ってあるんだ……」
 筧深春は古びた格子戸を見つめた。ここをからりと開けると、中に玄関のガラス戸がある。そして、玄関の左手が庭になっていて、鬱蒼とした緑が広がっている。庭はずいぶん広いが、手入れはほとんどされていないようで……。


……続きは初版限定特典で☆

special story

書き下ろしSS

『恋する救命救急医 キングの憂鬱』番外編
「『le cocon』にて」
春原いずみ

「いらっしゃいませ」
 ハンドルに金色のベルの下がった大きな扉を開くと、物静かなマスターが迎えてくれる。
「こんばんは」
 筧は何となく借りてきた猫の風情で、ぺこんと頭を下げてしまう。
「もっと堂々と入って来てください」
 マスターがクスリと笑って言った。

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「そうだぞ。いつも図々しいおまえが、ここでだけはお利口になるなぁ」
 よく響く声で憎たらしいことを言うのは、当然のことながら神城である。
「いつでもどこでも図々しいのは、先生でしょう」
 ぶつぶつ言いながらも、筧は神城の隣に座った。十二席あるカウンターの左端の方である。
「いらっしゃいませ」
 カウンターの最も左端、十二席のはずの店内で、なぜか十三席目に当たる場所に座っているのが、このカフェ&バー『 le cocon』のオーナーである賀来だ。彼はオーナー特権で、いつも特製のスツールを用意させ、そこに座っているのである。モデルか俳優のように華やかな美貌の賀来と、医者と言われて十人が十人納得するインテリ顔の神城が並んでいると、軽く後光が射して見える。
“ここに俺が座っていいのかな”
 しかし、わざわざ別のところに座るのもわざとらしい。ふっとため息をついたのがわかったらしく、神城に頭をぐりぐりされた。
「何するんですかぁっ」
「生意気にため息なんざつくからだ」
 いつものようにビールを飲みながら、神城が言った。酒ならオールラウンダーの神城だが、やはり早いペースで飲めるビールが一番好きらしい。特に、ここはビールのサーバーを持っているし、海外の珍しいビールも置いてあるので、神城はお気に入りである。
「筧さん、何にしましょうか。ビールにしますか?」
「ええと……あんまりアルコールが高くないのがいいです」
「お子ちゃまだからな」
 すぐに神城が突っ込んでくるのを、筧はふんと軽くいなした。マスターが笑っている。
「わかりました。パナシェにしましょう」
「パナシェ?」
「レシピはいろいろありますが」
 マスターは甘みのついている炭酸水を冷蔵庫から取り出した。グラスに注ぎ、二つに割ったレモンをきゅっと搾る。そして、その上からそっとビールを注いだ。軽く混ぜて、コースターの上にグラスを置く。
「うちはこれでお作りしています。初めからレモン味のついた炭酸を使うこともありますし、ソーダに甘みのついたレモン飲料を入れるレシピもあります」
 すっとコースターが滑らされて、筧はグラスを手にした。よく冷えたグラスからはレモンのフレッシュな香り。ビールの苦みがまろやかになって、これは飲みやすい。
「あ……おいしいですね……」
「アルコール度数も大分下がりますよ。アルコールの度数を下げないカクテルですと、ワインを加えるブラック・ベルベットやビア・スプリッツァーなんかがありますね。次はそれをお作りしてみましょうか」
「藤枝」
 端の席から、賀来が言った。
「それは僕に作ってくれるかな」
「だめですよ、オーナー」
 マスターがクスリと笑う。
「まだ、篠川先生からアルコールのOK出ていないでしょう?」
「え? 禁酒中かよ、おまえ」
 神城が賀来を振り返る。
「まだ酒止められてるのか?」
 賀来が苦笑している。賀来はこの春に体調を崩して、二週間ほど入院した。もう退院してずいぶん経つのだが、怖い怖い同居人兼恋人が、再び体調を崩さないように、厳しく目を光らせているらしい。
「篠川先生のいないところでは飲ませないようにと、厳しく言いつかっています」
 マスターがにっこりと微笑み、ノンアルコールカクテルであるサラトガクーラーを作り始めた。ジンジャーエールにライムを搾っている。
「藤枝」
 賀来が少し不満そうに言う。
「おまえは僕の言うことより、臣の言うことを聞くのかい?」
「この件に関しましては」
「おまえ、うちの姫たちみたいだなぁ」
「姫って、スリちゃんとイヴちゃんですか?」
 パナシェを飲みながら、筧は言った。賀来は二匹の犬を飼っている。コーギー犬のスリとイヴだ。利口で可愛い姫君たちである。
「だよ。うちの姫たち、飼い主の僕より、臣の言うことのほう聞くからね」
 サラトガクーラーをマスターから受け取って、賀来はため息をつく。神城があははと笑い出した。
「そりゃ、飼い主のおまえが一番篠川の言うこと聞くんだから、当たり前じゃないか」
 思わず、筧は吹き出しそうになる。賀来が涼しい目でちらりとこちらを見た。慌てて、グラスの縁に顔を埋める。レモンのいい香りがして、少し苦いビールも甘くなって飲みやすい。こくりと飲み終えて、筧は言った。
「これ……飲みやすくて、おいしいですね」
「他にも作ってみましょうか。アルコール度数を下げるビールのカクテル、いくつかありますから」
 マスターは冷蔵庫からオレンジを取り出した。さくりと二つに割って、果汁を搾る。この店では、フルーツジュースはほとんどがフレッシュだ。どんな果物でも基本ふきんで搾れるというのが、マスターの弁である。オレンジを搾って、グラスに半分まで入れて、上からビールを静かに注ぐ。オレンジスライスを加えると、爽やかな香りのカクテルができあがった。
「どうぞ。ビターオレンジです」
「へぇ……」
 神城がすいと横から手を出した。
「あ……っ」
 筧が止める間もなく、一口飲まれてしまう。
「先生……っ、取らないでくださいっ」
「へぇ……思ったより甘くないな」
「苦みを残したままのジュースを使うのがポイントです」
 マスターが言った。
「家でも作れますから、お試しください。バーベキューとかパーティで、ビールに飽きた時もカクテルはいいですよ。パナシェやシャンディ・ガフなら、簡単ですし」
「しかしなぁ」
 筧にグラスを返し、神城は自分のグラスからビールを飲んだ。少し白っぽいビールはヴァイツェンだ。
「ビールはこの苦みがいいんだろう? 甘くしてどうするよ。アルコール度数だって、それほど高くないし」
「……いいんですよ。ほっといてください」
 ふんと鼻を鳴らして、筧はビターオレンジを一口飲んだ。
“それでも……飲みたいんだから”
 神城はビールが好きだ。飲みに行くと、たいていビールをオーダーする。彼と同じペースで飲むには、筧は酒が弱すぎるし、苦いのも苦手だ。でも、彼と一緒に飲みたい。ビールを飲んだ気分になりたい。
 だから、バーに行く。あなたの隣に並ぶために。いつもあなたの隣にいるために。

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