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恋する救命救急医 キングの決心

春原いずみ/著 緒田涼歌/イラスト 定価:本体720円(税別)

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STORY

恋する救命救急医 キングの決心 定価:本体720円(税別)

キング編クライマックス!

ドクターヘリのエースこと神城 尊(かみしろたける)との同居を解消し、彼の前から姿を消そうとする筧 深春(かけいみはる)。フライトナースとしての仕事は順調だったが、却ってそれがつらく、筧は母校からの講師の依頼を引き受けることに。一方、神城は周囲が不審に思うほど精力的に仕事をこなしているものの、筧のいない部屋に帰るのが苦痛で……。ぎこちなくすれ違う二人の、恋の行方は?

著者からみなさまへ

こんにちは、春原(すのはら)です。「恋する救命救急医」いよいよ9作目でございます。前回、めいっぱい男を下げた神城先生ですが、挽回はできたでしょうか。筧くんは、そんなキングにどんな答えを返すのでしょう。みなさまご納得の大団円を迎えることができたでしょうか。お待たせしました、「キング編」4作目です。最後の1行まで、二人の少し不器用で真剣な恋をご堪能ください。本編のあとにおまけSS「子犬の決心」もついていますよ♪

初版限定特典

特別番外編「恋するバスタイム」より

初版限定書き下ろしSS
特別番外編「恋するバスタイム」より

 いったいどれくらいぶりに、この風呂にお湯を張るのかと、神城は考えていた。とにかくざっと掃除をすると、あたたかいお湯を張る。自分としては熱めが好きなのだが、くったり疲れた状態の筧には……。


……続きは初版限定特典で☆

special story

書き下ろしSS

『恋する救命救急医 キングの決心』特別番外編
「恋するレシピ~朝ごはん編~」
春原いずみ

 筧は殺風景この上ない台所を見回していた。
「何にも……ないな」
 冷蔵庫を開けてみると、見事にビールしか入っていない。野菜などのストッカーも見事に空っぽだ。ありがたいことに、神城は掃除はまめにするタイプなので、野菜のミイラや腐乱死体は見なくてすんだのが、不幸中の幸いであるが、これでは何にも作れない。

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「朝ごはん……」
 昨夜、神城と仲直りした。もともとお互いが嫌いになってけんかしたわけではない。歩み寄ってみると、馬鹿馬鹿しくなるくらい仲直りは簡単だった。というわけで、朝ごはんを作ろうと起きてきたのだが、一ヵ月ほど筧が家出しているうちに、この家の台所はただのビール置き場になっていた。
「先生、何食べてたんだろ……」
 米すらないことに仰天して、とりあえず、筧は買い物に行くことにした。この時間ではコンビニくらいしか開いていないが、今のコンビニの品揃えはなかなかのものだ。値段にさえ目をつぶれば、それなりに材料は揃うはずだ。
“先生に朝ごはん食べてもらうんだ”
 筧は少しウキウキとしながら、そっと玄関を出たのだった。

 コンビニでの買い物は、ちょっとびっくりするような量になってしまった。
「うーん……買いすぎた……」
 とりあえずの朝ごはんの材料を買うつもりだったのだが、何せ調味料の類いも固まったりしていたので買わざるを得ず、砂糖に塩、醬油にサラダ油から、当然米に味噌、野菜もあったので、鮮度には少し目をつぶって買ってきた。卵も六個入りがあったので買ってきた。結果、結構な量になり、車で来ればよかったと思った筧である。
「さて、と」
 パンに牛乳で簡単にすますこともできたのだが、筧はどうしても朝ごはんを作りたかった。神城は筧の作る食事をいつも喜んでくれた。どんなに簡単なものでも、筧が作るというだけで喜んでくれた。だから、逆に筧は凝ったものを彼に食べさせたいと思うようになり、せっせとレシピを集めたり、母に電話して聞いたりもするようになった。こんなに簡単なもので喜んでくれるのだから、凝ったものならもっと喜んでくれるかもしれないと思ったのだ。
 だから、仲直りした朝の食事は、絶対に手作りしたかった。二人で食べれば、どんなものでも美味しいとわかっていたのだが、やはり、自分の作ったものを食べてほしかった。まずはご飯を仕掛けてから、おかずを作りにかかった。
「お味噌汁は……」
 ごそごそとコンビニの白いビニール袋から、いりこを取り出す。こんなものまで売っていて、少しびっくりした。粉末だしを使うしかないなと思っていたのだが、いりこがあったので、頭と内臓を取って、鍋に入れた。だし巻き卵も作りたいので、だしは少し多めに取る。味噌汁の具はオーソドックスにねぎと豆腐にした。ねぎの鮮度はちょっと気になったが、仕方がない。今日は日勤だから、帰りにでも野菜をまとめ買いしてこよう。
 十分ほど煮だしてだしをとり、だし巻き用に少し取り分けて、あとは味噌汁にする。筧は合わせ味噌を使う。母の祖母が関西なので、母は白味噌を使うが、筧は合わせ味噌の方が好きだ。ねぎを斜めに切って、だしに入れ、さっと煮立ったところで味噌を溶き入れる。軽く味を見てから、サイコロに切った豆腐を加え、もう一煮立ちさせて火を止めた。
「やっぱり、朝は卵だよね……」
 だし巻き卵を作る前に、これもコンビニに売っていた大根を鬼おろしで下ろす。ザルに上げて水を切っている間に、卵を焼きにかかる。卵を割りほぐし、さっき取っておいただし汁と薄口醬油、砂糖を入れて、ざっと混ぜる。
 ずっと使っていなかった卵焼き器にサラダ油を馴染ませてあたため、卵液を流した。表面に浮いてきた泡を箸で潰し、半熟になったところで手早く卵をたたみ、空いたところにサラダ油を引き、そこに卵を移動して、また空いたところにサラダ油を引いた。あとは空いたところにまた卵液を流し、巻いた卵の下にも入れて、半熟になったら巻いていく。それを繰り返していくのだ。コツは火加減で、巻く度に火を弱めていくときれいにできあがる。これは祖母の直伝である。
「うん……うまくできた」
 だし巻き卵を焼き上げ、巻きすで巻いて落ち着かせている間に、もう一品作ることにした。じゃがいもをごしごしと洗って、皮付きのままレンジに入れる。じゃがいもが蒸し上がる間に、味噌汁を作って残ったねぎの青い部分と、なぜかころんと一袋だけ売っていたミョウガを刻んで、水に放した。あくを抜くためだ。そうこうしているうちにじゃがいもがほかほかに蒸し上がり、やけどしないように気をつけながら、皮を剝いて、ボウルの中でざっと粗く潰した。そこにあく抜きして水を切ったねぎとミョウガにチューブのおろし生姜と青じそ(こんな便利なものがあることを筧は初めて知った)を混ぜたもの、黒ごま、塩、胡椒をざっと混ぜる。
「ま……今日は材料もないし、こんなものかな……」
 ここに、出来合いの浅漬けを小鉢に盛り、だし巻き卵を厚めに切って、角皿に盛り、大根下ろしを添えた。じゃがいもの薬味和えと合わせて、茶の間の座卓に並べる。ご飯と味噌汁は、神城が食卓に着いてからにしよう。
 筧はまだ眠っていた恋人を起こすために、寝室に向かった。

 筧がそっと襖を開けると、ちょうど神城がベッドで目を開けたところだった。ベッドの空いた場所に手を伸ばし、はっとしたように身体を起こす。
「深春っ!」
 名前を呼ばれて、思わず返事をしてしまう。
「何ですか?」
 神城がびっくりするくらいがくりと肩を落としたので、筧は目を瞬く。
「何だ……いたのか……」
「あの……いない方がよかったですか?」
 少し不安になって、聞いてしまう。
「朝ごはん作ってたんですけど……」
「そんなわけないだろうがっ」
 大きな声で叫ぶように言うと、神城はふうっと深くため息をついて、ベッドの横を軽く叩いた。そこに座れということらしい。
 どうやら、ごはんの前に何か話がありそうだ。
 いいことだといいな。ずっとこんな風に……あなたを起こして、あなたとごはんが食べられたらいいな。
 筧はどきどきする胸を押さえながら、ベッドに座る。
 彼が肩を抱き寄せて、頰にキスしてくれた。
 どうやら……いい話みたいだ。
 あなたとの久しぶりの朝ごはん、おいしく食べられそうだね。

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