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ハロウィン・メイズ~ロワールの異邦人~ 欧州妖異譚23

篠原美季/著 かわい千草/イラスト定価:本体720円(税別)

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STORY

ハロウィン・メイズ~ロワールの異邦人~ 欧州妖異譚23定価:本体720円(税別)

ありがとう! シリーズ通巻50巻!!

秋期休暇である「リーディング週間」のタイミングで、シモンからベルジュ家一族の式典に招かれたユウリは、その敷地にある見慣れない建物に気づく。一族の子供達を楽しませるための屋内迷路だったが、ハロウィーンの晩に三人がそこで行方不明になってしまう。この地で18世紀にあった、人喰い鬼がでるという迷路と関係があるのか? ユウリは死者の導きにしたがい、迷路の先に進む。そこで見つけたものとは!?

著者からみなさまへ

ハロウィーンです! フランス流「お菓子をくれ~! さもなきゃ―」の世界をお楽しみください♪

初版限定特典

初版限定特典

初版限定 書き下ろしSS 特別番外編
「怒れるロワールの異邦人」より

 フランス北西部のロワール地方。
 晩秋の静かな晩に、ガサ、ゴソッと枯れ草を踏みしめ、誰か丘陵地を降りてきた。目指す先には、いつ出来たとも知れない古い霊廟がある。
 月明かりに浮かび上がる人影は、二つ。



……続きは初版限定特典で☆

special story

書き下ろしSS

『ハロウィン・メイズ~ロワールの異邦人~ 欧州妖異譚23』特別番外編
「修行場の異邦人」
篠原美季

 京都北部。
 黄色く色づいた山奥の一角に、川の水源を内包する幸徳井家の修行場が存在する。
 平安の世から千年以上という長きにわたり、陰陽道の極意を密かに脈々と継承してきた幸徳井家は、人知れず国土の霊的守護を担い、現代に生きる陰陽師として種々の活動を行っている。

続きを読む

 そんな幸徳井家の敷地は、この修行場も含め、国家権力ですらやすやすとは踏み込めない神聖不可侵の領域となっていて、実際、朝霧に包まれた幽玄な風景は、まさにそう形容するに足る威厳と崇高さに満ちていた。
 こんこんと湧きいずる水は、急な岩場を滝となって流れ落ち、あたりにマイナスイオンをまき散らす。
 その恩恵に与る修行場には、朝まだきのうちから作務衣を着た修行者たちの姿がそこかしこに見え、檜の香りのする中、掃き掃除や床磨きなどの清掃に勤しんでいる。
 新参者である青年は、雑巾を固く絞りながらあたりを満足感と共に見まわした。
(神聖だ)
 青年は、思う。
(ボクは、ここで絶対に生まれ変わる。──そう、これまでとは違う、新しい人生を送るんだ)
 彼のいる場所は、滝つぼにせり出した平場の手前で、柵もなにもない縁の向こうには白い滝が見えている。
 その平場は、修行者たちから「清水の踊り場」と呼ばれている禁域だ。
 資格のないものは決して踏み込んではいけないし、なんらかの事情で踏み込んだとしても、絶対に縁のそばに立ってはいけない。
 なぜなら、訓練された者以外は、落ちたら最後、助かる見込みは非常に低いと言われているからだ。
 だったら、いっそ柵を作ればいいのに、そうはならないのが修行場なのだろう。
 そして、青年は、自分も、早くあの場に立てるような術者になりたいと願っている。
(そして、ものごとを自在に操る力を得るんだ!)
 と、そこへ──。
 彼が、昨日から気になって仕方ない人物が姿を現した。
 修行者たちが全員動きやすい作務衣姿であるのに対し、彼だけは、なぜかバミューダパンツに白いTシャツというラフな格好でうろうろするのを許されている。この家の跡取りである「幸徳井隆聖」の近親者であるらしく、誰も文句を言ったりしないのだが、青年はその無礼さに怒りを覚えるし、なにより彼が嫌いだ。
 なにが気に入らないのか、自分でもよくわからないが、人を好きになったり嫌いになったりするのに理屈はいらない。
 ただただ、嫌いなのだ。
(あんなやつ、早くいなくなればいいのに……)
 青年は、絞った雑巾を広げながら思う。
(どっか行っちまえ)
 もっとも、聞いたところによると、滞在は二、三日であるらしいので、明日にはきっといなくなってくれるはずだ。
(だから、がまん、がまん。大丈夫。きっと、大丈夫だから)
 そう自分に言い聞かせていると、彼と目が合った。
 みんなから「ユウリ様」とか「ユウリお坊ちゃん」などと呼ばれているので、おそらく「ユウリ」という名前なのだろう。
「ユウリ」は、青年と目が合うと、煙るような漆黒の瞳を細めた。
 それまでずっとなにかを探しているような素振りを見せていたのだが、ここに来て、ようやく探し物が見つかったような表情である。
 すぐに、「ユウリ」が青年に近づいてくる。
 自然と、青年のほうは立ちあがってうしろへとさがる。
(来るな)
(来るな)
(それ以上、近寄るな──)
 念ずると、「ユウリ」が歩みを止めた。
 ホッとする青年に向かい、今度は「ユウリ」が手を差し伸べて来た。その間も、煙るような漆黒の瞳が、ずっと彼を見つめている。
(見るなよ、見るな、こっちを見るな!)
 思った青年は、「ユウリ」の手が自分に届きそうになったところで、その手を払いのけるようにして、脱兎のごとく駆けだした。
 目の前に、切り立った平場の縁が迫る。
 その先は、危険だ。
 命の保証はない。
 だが、青年は、迷うことなく、その縁から滝つぼへと飛び込んだ。
 その寸前、うしろから強い力で引き戻される。
「ユウリ」だ。
「ユウリ」が邪魔をしたのだ。
 ただ、引っ張られた瞬間、自分の身体からなにかがスルンと抜け出して、そのまま滝つぼに落ちていった気がした。
 事実、ザアザアという滝の音に混じり、ほどなくしてなにかが落ちるボチャンという音がした。その上、身体が妙に軽くなり、「ユウリ」への恐怖心もなくなる。
 いったいこれはなんなのか。
 考えようとしたが、その時には、青年は半ば気を失って「ユウリ」ともども床の上に倒れていて、考えられるような状態ではなくなってしまった。
 そんな彼の頭上では、騒ぎに気づいて寄り集まって来た修行者たちの声がする。
「ご無事ですか、ユウリ様!?」
「いやはや、なんとも危ないことをなさる──」
 そんな言葉を受け、「ユウリ」がそばで立ちあがる気配がした。
 その間も、修行者たちの声は続く。
「それにしても、この者、また取り憑かれていましたか」
(……取り憑かれている?)
 青年は、夢うつつの状態で、聞こえてくる言葉に内心で首をかしげる。
(取り憑かれているって、誰が?)
 納得できずに、思う。
(そもそも、ここは、神聖不可侵な修行場なんだから、俗界のようになにかに取り憑かれるなんて、そんなことがあるわけないだろう)
 だが、青年の思いとは裏腹に、修行者たちは言った。
「この短い時間で気づかれるとは、さすがユウリ様ですね」
「相変わらず、目ざとくていらっしゃる」
「今の様子からして、憑いていたのは、河童のような水妖の一種だったようにも思いますが……」
「そうですね」
「ユウリ」が涼やかな声で答えた。
「僕も、はっきりとはわかりませんでしたが、幽霊ではなく妖怪の類だったのは間違いないと思います」
 青年は、その時初めて「ユウリ」の声を耳にしたが、それはなんと、耳に心地よい声であることか。
 一切の不浄を押し流す水のような清らかさだ。
(ああ、この声に、ずっと包み込まれていたい……)
 さっきまでの嫌悪感はどこへ行ったのか、青年はうっとりと「ユウリ」の声に聞き入った。
 修行者が説明する。
「実は、この青年、生まれつき憑依体質であるらしく、なんとかしてほしいと両親がここに預けましてね、我々の間では要注意人物だったんですよ」
「……へえ」
「隆聖様からも、この青年はなにをしでかすかわからないから、目を離さないようにときつくお達しがあったのですが、お恥ずかしいことながら、私どもには、取り憑いているものの正体が見えていませんでした」
「本当に面目ない」
「……ああ、まあ」
「ユウリ」が、同情的に応じる。
「なんだかんだ、見事なくらいぴったりと同調していましたから……。それに、この青年も『お客様』もきれいな水場が好きなだけで、さしたる悪意はなかったと思います」
「──なるほど」
 修行者たちもそれで納得し、この出来事はこれで終わる。
 かように、山間部の修行場では、こんな異邦人の訪問などままあることだった。

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