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VIP 抱擁

高岡ミズミ/著 沖 麻実也/イラスト 定価:本体720円(税別)

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STORY

VIP 抱擁 定価:本体720円(税別)

決別したはずの過去が和孝に迫る。予期せぬ嵐に巻き込まれて…!?

恋人である久遠彰允(くどう あきまさ)と、ひとときの甘く穏やかな時間を過ごしていた柚木和孝(ゆぎ かずたか)。だが、自らがオーナーシェフを務めるレストランPaper Moonに、歳の離れた異母弟・孝弘(たかひろ)がやって来て話したことから、和孝は、長く絶縁状態にある父親の窮状を知る。とうに決別したはずの過去が、今になって和孝を追ってきたのだ。しかも、新たな不安の種を抱えて…。予期せぬ嵐に巻き込まれた和孝が、とるべき道とは!?

著者からみなさまへ

2020年最初の本が「VIP」の新刊だということを嬉しく思ってます。今年はシリーズ刊行15周年でもあります。ふたりの仲は安定してますが、このまま仲良く、とはいきません。久遠はてっぺんを狙わなくてはいけませんし、和孝は和孝で本人の意思とは関係なくトラブルを引き寄せてしまう体質なので。今巻から新たな展開に入った「VIP」、2020年も引き続き見守ってくださるととても嬉しいです。まずは『抱擁』。沖先生の素敵なイラストを目印にお手にとっていただけますように。

初版限定特典

特別番外編「Moon Drops」より

初版限定 書き下ろしSS
特別番外編「Moon Drops」より

 上総の耳が早いのはいまさらだ。立場上、常に情報収集する必要があるため、組の内情をもっとも把握しているのは上総だと言って間違いなかった。
「彼は、見て見ぬふりができない性分のようなので、こうなるとは思っていましたが」


……続きは初版限定特典で☆

special story

書き下ろしSS

『VIP 抱擁』特別番外編
「月の裏側」
高岡ミズミ

「大丈夫だよ。みんなついてるし、柚木くんは強いから」
 戸惑い、不安、恐怖心のこもった声に、宮原は普段どおりの返答をする。連日報道されている小笠原失踪事件に、BMの元スタッフというだけで巻き込まれる形になった柚木を案じて居ても立ってもいられなくなったのだろう。

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 普段のやりとりはもっぱらメールで、聡から電話がかかってくるのはめずらしい。指を折って考えるほど久しぶりであるのは間違いなかった。
『そうですね。僕が心配しなくても、和孝はきっと乗り越えますね』
 自身に言い聞かせるようにぼそりとこぼした聡に、宮原は笑みを浮かべる。
「直接連絡しないの?」
 わざわざ自分に電話で聞いてきたくらいなので、この状況にあって本人に電話もメールもしていないのは明白だ。
 一人前の男になるまで柚木の前には顔を出さないと決めて親元に戻ったとき、宮原自身は聡になんの言葉もかけなかった。彼の決断を黙って受け入れ、あとは定期的にメールで近況を伝え合うという関係を今日まで続けている。
『あ…はい。まだ電話はしないほうがいいみたいです』
 聡の声音は静かでありながら、心の熱さも十分伝わってきて、
「そっか」
 宮原は今回もただ受け入れた。
 一時期、柚木の弟、孝弘の家庭教師をしていたくらいなのでとっくに交流をし始めたとばかり思っていたが、どうやらそう簡単にはいかなかったらしい。いや、つかの間でも交流を持ってしまったせいだろう。いまはまた連絡を絶っていると聞いたときには、どうしても聡に同情的になってしまった。
 柚木と聡。どちらかが不実というだけの話ならどれだけよかったか。ひとの感情ばかりはどうにもならないので、自分にできるのはただ見守ることだけだ。
「ちょっと雑談していい?」
 仕事から戻ったばかりで、まだ上着も脱いでいなかったものの、こちらから電話を引き延ばす。
『雑談ですか? もちろんです』
 柚木や久遠はもとより、他の誰にもしていなかった話を聡にするためだ。
「そのBMなんだけどね。柚木くんやスタッフにとってBMがどれほど価値のあるクラブだったかよくわかっているし、嬉しく思っているのも事実なんだけど、僕はちょっと後悔もしてるんだ」
『後悔?』
「うん。僕が早く決断してBMを畳んでいれば、今回のような事件は起こらなかったんじゃないかって。本音を言うと、もっと早くに畳むつもりだった。でも、柚木くんに会ってしまった。柚木くんに会ったから、BMを続けた」
 もし柚木がいまの話を知れば、驚くにちがいない。が、柚木と出会った頃の自分がBMを持て余し、日々やめるきっかけを探していたのは事実だ。そんななか柚木に会ったのは、どういう巡り合わせなのかと柄にもなく考えもした。
 後継者を育てたいとか、柚木がBMをどうしていくか見てみたいとか、うっかり欲を出してしまったせいでいまこうなっているが―柚木和孝という人間にとってそれがよかったのか悪かったのか、まだ判断するのは早計だろう。
 ひとの出会いはときに残酷な結果をもたらすと、一連の事件につくづく思う。
 ようは柚木の身に不幸が降りかかるのが怖いのだ。柚木や他のスタッフに。
 あのとき会わなければ、自分がマネージャーにしなければ、と悔やみ、嘆く自分を想像すると背筋が凍る。
『たぶん、和孝も似たようなこと言うんじゃないかな』
 聡の返答は意外なものだった。
『和孝と宮原さんは、性格とかぜんぜんちがうのに、なんでか似てるんです』
 不意打ちと言ってもいい。柚木と似ているというのもさることながら、聡が口にした、その言葉に面食らう。
 しかも、話はそれで終わらなかった。
『だから、宮原さんと和孝はどんな形であれ出会ってたと思いますよ―俺、ちょっと羨ましいですもん』
…聡くん」
 羨ましいという言葉の重さを宮原は知っている。どういう気持ちで聡がそれを口にするのかを。
「ありがとう。なんだか、僕のほうが聡くんに救われたね」
 大げさでもなんでもなかった。喉に引っかかった小骨がようやく取れたような爽快感を覚えていた。
『そんなことないです。けど、もしお役に立てたのなら嬉しいです』
「じゃあ、また聞いてもらおうかな」
『僕でよければ』
 最後はいい雰囲気で電話を終えた。きっと不安は残っているはずなのに、彼なりの努力が伝わってきた。
「すごいな。男の子ってあっという間に成長するんだなあ」
 身近な大人として、誇らしく感じる。隠遁生活を愉しみ、年寄りみたいだと評される自分だが、どうやら若者が変わっていく姿を見るのが好きらしい。
 携帯をテーブルに置き、上着を脱いでバスルームに足を向けた宮原は、いつしか鼻歌を口ずさんでいることに気づいて自身の現金さに覚えず吹き出した。同時に、妙に甘ったるい感傷もこみ上げる。
 どうかみなが穏やかに暮らせますように。
 愛するひとたちの幸せを、心から願わずにはいられなかった。

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