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『霹靂と綺羅星 新人弁護士は二度乱される』

藤崎 都/著 睦月ムンク/イラスト定価:本体850円(税別)

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STORY

『霹靂と綺羅星 新人弁護士は二度乱される』定価:本体850円(税別)

最悪な別れ方をした相手と、ニセの恋人同士に!?

――彼との再会は、まさに青天の霹靂だった。新人弁護士の雨宮 佑(あまみやたすく)は、依頼主からの要請で出向いた先で偶然、亡き兄の親友・鳴神柾貴(なるかみまさき)と鉢合わせして、強引に唇を奪われてしまう。鳴神はかつて佑にとってもう一人の兄のような存在だったが、兄の亘(わたる)が殉職したあと警察を辞め、五年も音信不通だったのだ。任務遂行のため恋人役を強要してくる鳴神の身勝手を呪いながら、佑はなすすべもなく翻弄されるが……。

著者からみなさまへ

こんにちは、藤崎 都(ふじさきみやこ)です。ありがたいことにホワイトハートさんでは2作目の作品となりました! 今作は真面目で正義感の強い美人若手弁護士・雨宮が、警察官を辞めて荒事専門の便利屋をしている亡き兄の親友・鳴神と再会し、同じ事件を追いかける中、恋人のふりをすることになったり、闇オークションにかけられたりするお話です。ケンカ別れをした過去もあり、鳴神に対して素直になりきれない雨宮の揺れ動く気持ちを、ヤキモキしながら見守っていただけたらと思います。ぜひぜひお手に取ってみてくださいね!

初版限定特典

特別番外編「ヘヴンノウズ」より

初版限定 書き下ろしSS
特別番外編「ヘヴンノウズ」より

「すみません! 鳴神という日本人の病室はどこですか?」
 空港からまっすぐ駆けつけた大きな病院の受付で、雨宮佑は辿々しい発音の英語で前のめりに問いかけた。


…続きは初版限定特典で☆

special story

書き下ろしSS

『霹靂と綺羅星 新人弁護士は二度乱される』特別番外編
「クリスマスサプライズ」
藤崎 都



『まだ鳴神さんと仲直りしてないの?』

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 スマホの画面の向こうから、海外にいる晴哉の呆れた眼差しが佑をまっすぐに突き刺してくる。だから云いたくなかったのにと後悔したけれど、それもいまさらだ。
「……だって、俺は悪くないだろ」
 歯切れ悪く自己弁護をするしかない自分が情けない。
『悪くはないかもしれないけど、鳴神さんの懸念は当たってたんだし』
「それはそうだけど──」
 少し前、鳴神とケンカをした。きっかけは新規の依頼人だ。
 学生の頃に立ち上げたIT系企業を成功させて財をなした人物で、いまはその会社をまるごと売りに出し、新たな事業を始めている著名人だ。本来なら実績の少ない佑のような若手弁護士に依頼するタイプではない。
 最近、畑違いの依頼が増えているのには訳がある。どうやら佳希の祖父があちこちで佑の話をしているらしく、その評判を聞きつけて興味を持ってくれた人が多いようなのだ。
 感謝の気持ちはありがたいけれど、プレッシャーでもある。きっと、佑の活躍を盛りに盛って話しているに違いない。
『佑はさ、自分への秋波に無頓着なんだよ。もっと客観的に判断できるようになったほうがいいって、いつも云ってるだろ?』
「気をつけてるよ。……自分なりに」
 晴哉の苦言には耳が痛く、語尾が小さくなってしまう。
 鳴神曰く、その新規の依頼人は黒い噂のある人物らしい。そのため、彼に会いに行くことに難色を示されたのだ。
 無闇に人を疑うのはよくない、万が一があっても対処できるという佑に対し、行くだけ無駄だ、危険は冒すべきではないという鳴神とは折り合いがつかず、物別れに終わった。どんな立場であろうが、困っている人を助けるのが弁護士だからだ。
 しかし、依頼人の興味は佑自身に向けられていたようで、相手のオフィスで対面しソファに腰を下ろすなり一晩の値段を訊ねられた。オークション会場にいた知人から、あの夜の話を聞いたとのことだった。
 質の悪い冗談だと流していたけれど、出された飲み物の底に溶けきっていない薬物らしきものがあることに気づき、すんでのところで逃げ出した。
 結局のところ、鳴神の心配が的中したというわけだ。
『自分が浅慮だった、反省してるって一言云えばいいだけでしょ』
「簡単に云うけど、しょっちゅう連絡してくるハルと違って、あの人は大抵帰国するまで連絡がつかないんだよ」
 謝るきっかけを探るタイミングすらない。
『スマホの電源が入ってなくても留守電とかメールとか方法はあるだろ。ま、仲直りできなくても僕が慰めてあげるから安心してよ』
「おい、縁起でもないこと云うな」
 遠い異国の地で軽やかな笑い声を立てる晴哉に、佑は苦虫を嚙み潰したような顔をするしかなかった。


2


「もうダメだ……」
 覚束ない足取りで階段を上がり、どうにか玄関に入ったところで気力が尽きた。体は熱く、視界がぐらぐらと揺れる。
 昼すぎから急激に体調が悪化した。危機感を覚えてどうにかかかりつけの診療所へ行き、薬を処方してもらって調剤薬局に寄り、帰ってきたというわけだ。
 いま思えば、数日前に顔を合わせた依頼人が気怠そうな赤い顔をしていた。もしかしたら、彼からウイルスをもらってしまったのかもしれない。
 這うようにして洗面所に行ってうがいと手洗いをすませ、常備していたゼリータイプの栄養補助食品を申し訳程度に口にして薬を飲み、スーツを脱ぎ捨ててベッドに潜り込んだ。もうダメだなどと云いつつも、我ながらかなり頑張ったと思う。
 ペットボトルのミネラルウォーターを持ってくればよかったと思ったけれど、もう起き上がる気力もない。寒気を感じ、布団を口元が隠れるところまで引き上げた。
(そういえば、今日はクリスマスイヴだったな……)
 薬を出してもらった調剤薬局にもクリスマスツリーが飾ってあったことを思い出す。
 大学を卒業してから、年末年始はほとんど一人で過ごしている。クリスマスも大晦日も仕事をしていた。それがまさか今年は寝て過ごすことになるなんて思いもしなかった。
「一応、初めてのクリスマスなんだけどな……」
 つき合って最初のクリスマスは、世間的には一大行事のはずだ。しかし、自分はこうして大風邪をひいて寝込み、恋人である鳴神は海外だ。
 これまで、クリスマスを一人で過ごすことをどうこう思ったことはない。だが、恋人ができてみると、いままでになく無性に寂しさを感じてしまう。
 高熱も相俟って、不安感がじわじわと込み上げてきた。このまま仲直りできない可能性もないとはいえない。
 海外へ仕事に行った鳴神が、佑のところに帰ってくるという保証はない。元々仕事が恋人のような人だし、もしかしたら誰かと運命的な出会いをしているかもしれない。
(……何をバカなことを考えてるんだ)
 悪い考えばかり浮かぶ自分を叱咤する。具合が悪いときに考えごとをするから、悲観的なことばかりが浮かんでくるのだ。
 この寂しさは熱のせいでしかない。無理やり思考を振り払い、さらに布団を引き上げた。


*    *    *


「大丈夫か、佑」
「鳴神さん……?」
 額にひんやりとしたものを感じ、ふっと目を覚ます。冷たい濡れタオルを載せてくれたらしい。
「せっかくの冬休みに風邪なんてついてないな」
「なんで鳴神さんがウチに?」
「兄貴の代わりに様子を見にきた。ケータイに連絡入れたんだがな」
「見てなかった……」
「気にするな。具合の悪いときは大人しく寝てろ。昼のぶんの薬は飲んだか?」
「あ、まだ飲んでない」
「飲む前に何か腹に入れたほうがいいな。何が食べたい?」
「食欲ない……」
「特製の卵粥を作ってやる。一口くらいなら食べられるだろ」
 優しく頭を撫でられ擽ったい気持ちになる。普段なら子供扱いするなと拒むところだが、熱に浮かされているいまは素直に甘えられた。


*    *    *


 ぐう、とお腹が鳴る。空腹を覚えて目を覚まし、懐かしい夢を見ていたのだと気がついた。あのとき食べた卵粥は本当に美味しかった。
「……夢かぁ……」
「そんなに美味いものを食ってる夢を見てたのか?」
 鳴神の声が聞こえた気がして、ぼんやりとしていた意識がはっきりする。しかし、彼はいま日本にはいないはずだ。人恋しさのせいで、幻聴が聞こえたのかもしれない。
「……願望かな」
 自嘲の笑みを漏らすと、再び鳴神の声が聞こえた。
「まともなもの食ってないんだろう」
「鳴神さん!?」
「うん?」
「ほ、本物ですか……?」
 現実だと感じるくらいリアルな夢を見ることもあるし、幻聴どころか幻覚まで見ている可能性だってある
「そのつもりだが、確認してみるか?」
 鳴神は佑の手を取り、自分の頰に触れさせる。手のひらから伝わってくる感触は確かに佑の知っているものだった。
「本物ならなんで日本にいるんですか? 仕事は?」
「クリスマスに恋人を一人で過ごさせるほど人でなしじゃないぞ」
 佑の問いかけに、鳴神は苦笑いを浮かべる。時計に目をやると、夜の十一時を回っていた。クリスマスを佑と一緒に過ごすために帰ってきてくれたのだとわかった。
「熱はまだ高いみたいだな。調子はどうだ?」
「さっきよりは楽になりました」
 一眠りしたお陰もあるけれど、鳴神の顔が見られたことが何よりの薬になった気がする。
「──怒ってないんですか?」
「怒る? 何のことだ?」
 鳴神は怪訝な顔をしている。鳴神にとっては忘れてしまうほど取るに足らない出来事だったということだろうか。
「日本を発つ前にケンカしたじゃないですか」
「ああ、あれはお前を心配しただけだ。佑のことは信じてる。あの程度の男を相手に、一人で切り抜けられないわけがない」
「だったら、どうして……」
 あれだけ強硬に彼に会うことを反対したのか。
「恋人が嫌な目に遭うとわかってるのに放っておけるか? 心だって爪の先ほども傷ついてほしくないんだよ」
「……鳴神さんは過保護なんですよ」
「これでも自重してるんだがな」
 鳴神がどれほど自分を大切にしてくれているのか、痛いほどに伝わってきた。じわりと込み上げてきた涙で視界が揺らぐ。
 鳴神は佑の濡れた眦を指先で拭いながら優しく問いかけてくる。
「そんなに寂しかったのか?」
「これは熱のせいです」
 下手な云い訳だったけれど、鳴神はそれ以上追及してくることはなかった。
「そうだ、渡すものがあった」
「お土産ですか? 珍しいですね」
 鳴神はおもむろにポケットから何かを取り出した。黒いベルベット生地の小さな巾着袋を無造作に開け、それを手のひらに引っくり返す。
(え?)
 佑は俄に動揺し始める。輪っかのようなものが見えた気がしたが、熱のせいか視界も普段よりはっきりしないため確信は持てなかった。
 鳴神は佑の左手を取ると、迷う素振りもなく薬指に通す。
「あ、あの……?」
 たったいま、自分の指に塡められたのは恐らく──いや、間違いなく指輪だ。銀色に光るラインに透明な輝きが見える。
「よかった、サイズはぴったりだな」
「ええと、これって……」
「虫除けだ。効果のほどは定かじゃないが、ないよりはマシだろう」
「いや、そうじゃなくて!」
 左手の薬指に塡めるのはエンゲージリングかマリッジリングが定番だ。〝結婚〟の二文字を強く意識してしまう。虫除けと云うからには、そういう意味合いも含んでいると思っていいのだろうか。
「あんまり長々と話してるのもよくないな。食べるものを作ってくるから、大人しく寝てろ。良い子にしてるんだぞ」
 鳴神は子供にするように佑の頭を撫でると、振り返りもせずに部屋を出ていった。寝てろと云われてもすっかり目が冴えてしまっているし、熱もさらに上がったような気もする。
(もしかして、鳴神さんも照れてたのかな……?)
 彼の背中を思い出しながら枕元の常夜灯の明かりに手を翳し、佑は銀色に光る指輪を眺めるのだった。 

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