講談社BOOK倶楽部

special story

WEB限定小説

「アラビアン・プロポーズ」シリーズ

ツイッター連載・スペシャル書き下ろし

「アラビアン・プロポーズ
 パブリックスクール編『二ヵ月目』」

ゆりの菜櫻

『ガイ・フォークス・ナイト』
 イギリスでは十一月五日になると、あちらこちらで花火が上がる。
 ここ、ロンドン郊外にあるヴィザール校でも皆、窓から見える花火を、毎年楽しみにしていた。慧もその一人だ。
 この祭りは、四百年程前に実際に起きた火薬陰謀事件が起源となっているらしい。主犯格であるガイ・フォークスに似せた人形を街中引き摺り回し、最後は篝火で燃やす。その後、平和を祈る盛大な花火大会となるのだ。
 寒々とした街は、この日ばかりは夜も人出が多くなった。
「慧、窓を開けていて寒くないか?」
 サロンの窓を開け、エドワード寮の寮生と一緒に花火を見上げていた慧に声が掛かる。
 それと同時に、ふわりと肩にカーディガンが置かれた。二歳年下のファグ、シャディールが気遣ってくれたのだ。
「ああ、ありがとう、シャディール」
「紅茶もアールグレイでいいんだよな?」
「君にしては気が利くな」
「二ヵ月近く、お前だけを見つめ、尽くしているんだ。好みくらいわかるようになるさ」
「頼もしいことだな」
 シャディールに色めいたことを言われても、基本相手にしないことにしている。
 いちいち反応していたら彼の思うツボだ。大体、こうやって受け流しても、彼は人の悪い笑みを口許に浮かべ、慧を見つめている。本当に可愛くないファグだ。慧は、視線は花火に向けつつも、意識は彼に向けていた。
「今、リチャード寮のネズミから報告が入った」
 シャディールが今まで話していた声よりもワントーン落として慧の耳元で囁いてきた。ネズミとは各寮に放っているスパイのことだ。慧には各寮にスパイがいる。
 すべてはキングの座を得るためだ。各寮の不審な行動を素早く把握しなければ、この情報合戦に乗り遅れる。
「リチャード寮の寮長、ヘインズが各寮長を買収して票を集めているらしい」
「やはりな」
 慧はシャディールの報告に頷いた。思った通りだ。
 最近、何となく他の寮長と会合で会っても、どこかよそよそしい感じがしていた。慧とキング選定の話をしたくない様子だったので、きっと誰かから何かを言われたのだろうと予測していた。
「ヘインズに僕を買収させるように仕向けるか」
「慧を、か?」
 シャディールの目が僅かかに見開く。
「ああ、僕を買収するように仕向け、現行犯で捕まえてやろうじゃないか。キングを目指す者が買収などと卑しい手を使うとは、由々しき事態だからな。我がヴィザール校生の風上にも置けない」
「なるほど、大義名分でライバルを蹴落とすということか?」
 シャディールが人の悪い笑みを浮かべた。慧はちらりとそんな彼を横目で見て小さく笑う。
「僕の正義の部分が、学校内の不正を見逃せないだけさ。言葉を慎め、シャディール」
「可愛い顔をして、恐ろしいな」
 シャディールは恐ろしいと口にしながら、微笑ましく慧を見つめてくる。何とも居たたまれなくなって、慧はぶっきらぼうに返した。
「可愛い顔が余計だ」
「恐ろしいは訂正しないんだな」
「ふん、何とでも言え」
 どうもシャディールといると調子が狂う。二歳も年下のくせに生意気だし、一国の王子ということもあって、オーラの強さも他の生徒と圧倒的に違った。『圧』があるのだ。
 ある意味、癖がありすぎる。やはり彼のファグマスターは慧にしかできなかったと改めて思った。それに『秘密の契約』のこともある。
 慧をキングにする助力を惜しまない代わりに、慧の躰をシャディールに明け渡すという淫らな契約だ。
  シャディールは三学年生ながら、慧のファグを希望し、身の周りの世話も含め、慧にかしずくことで、慧のすべてを支配したいらしい。
 傍から聞いたら、重症なストーカーに聞こえるかもしれないが、混戦を極めるキングの選定に、シャディールの能力は、慧にとって必要不可欠になっていた。
  彼の諜報活動の能力もさることながら、謀略なども慧と同等に話ができる。頭の回転が速い人間と組むことに慣れると、もう手放せないのだ。
 そういう意味では、彼の策略に嵌ったと言うしかない。
「そうだな……、フロックコートを新調するか」
「フロックコート? 私が買ってやる。早速明日にでもテーラーを呼んで採寸をしよう」
「違う。ヘインズに、僕がフロックコートを欲しがっているけど、親に反対されて買えないという偽情報を流すんだ。上手く行けば、名のあるテーラーのオーダーメイドでフロックコートをプレゼントしてくれるんじゃないかな? それでキングの票を入れてくれ、みたいな話が来るかもしれない。その買収行為を動画に撮ってキングの選定会に出られないようにするのが目的だ」
「反対だ」
「なに?」
 速攻で反対され、慧はシャディールを睨んだ。するとシャディールは当然といった様子で話し始めた。
「慧に服を贈るのは私の役目だ。他の男が贈った服など、お前に着せるものか。破り捨ててやる」
  前言撤回である。頭の回転が速いかもしれないが、慧自身のことになると、この男、ぼんくら同然だった。
「はぁ……、いろいろと面倒臭いぞ、君」
「面倒臭くない。未来の恋人として当然の要求だ」
「未来の恋人じゃない。僕はあくまでも君のファグマスターだ。それ以上でもそれ以下でもない。わかったか?」
 きつく言ってやると、彼が腕組みをし、小さく息を吐いた。こちらが吐きたいというのに、だ。
「まあ、まだ二ヵ月だからな。お前の言うことも理解の範囲内だ」
「理解の範囲内ってなんだ? 逆に僕は二ヵ月経って、益々君を理解できないが?」
「二人の時間が足りない証拠だな」
 慧の手の甲をシャディールが、意味ありげにそっと指の腹で撫でてきた。部屋には他の寮生もいるので、目立たぬように触ってくる。それは夜の情事を思い出させる行為だった。
「……君に割く時間はこれ以上ないからな。この色欲魔人が。君を魔法のランプに閉じ込められたら、どんなに翌朝が楽か」
「慧が魅力的なのがいけないな。手放せなくなるんだ」
 甘い瞳で見つめられ、慧は慌てて視線を逸らせた。心臓に悪い。
「ったく……本当に君は懲りないな」
「すぐ上の兄に、懲りずに長く攻めれば、必ず隙が生まれると教えられたからな」
「はぁ……君のお兄さんも、相当癖がありそうだな。すぐ上ということは、第五王子なのか?」
「そうだ。何故かいつも王子という立場を隠して、隣国に出掛けている。私から見ても少し変わった兄だが、兄弟関係は良好だ。今度慧にも紹介しよう」
「いや、別に紹介は……」
 そう言い掛けた時だった。
 ドォォォン……。
 夜空に轟音と共に、一際大きい花火が打ち上げられた。
「あ……」
 慧の視線も色とりどりの光に満ちた大きな花火に、釘付けになる。
 チュッ。
「え……」
 シャディールの唇が慧の頰に触れた。
「なっ……誰かに見られたらどうするんだ」
 小声で抗議するも、彼は悪戯が成功した悪戯坊主のような笑顔で答えてきた。
「大丈夫だ。皆、花火に夢中でこちらに気付いていないさ」
 そう言いながら、今度は慧の唇にキスを落とした。

 余談。
 その時、サロンにいた皆は、背後の慧とシャディールの妖しい雰囲気を背中で感じながら、『後ろを振り返るな、振り返ったら駄目だ!』と自分に言い聞かせ、夜空を見上げていたのは言うまでもない。


おわり