講談社BOOK倶楽部

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special story

WEB限定小説

「薔薇王院可憐のサロン事件簿」シリーズ

SS復刻スペシャル

『薔薇王院可憐のサロン事件簿』番外編
「プレミアチケット可憐&宇堂」

高岡ミズミ

 なにか言いたいことでもあるのか、可憐は先刻からそわそわとして落ち着きがない。何度もソファから腰を浮かせては座り直す様を見て、宇堂はこちらから水を向けた。
「話があるんだろ?」
 どうやら聞いてくれるのを待っていたようだ。身を乗り出してきた可憐は、ジャケットのポケットから封筒を取り出し、テーブルの上に置いた。
「じつは、そうなんです」
 真剣な面持ちを前に、いったいどうしたのかと封筒へ手を伸ばす。中を確認してみると、そこにはチケットが入っていた。
 映画か、それとも演劇か。
「ああ―なるほど」
 宇堂はひらりとチケットを掲げた。
「誰かからもらったのか?」
「え。どうしてわかったんですか?」
 驚いた様子の可憐に、そりゃわかるだろと心中でため息をつく。
 ラブホテルのオープン記念チケットを可憐が自力で入手したとは考えにくい。お節介な誰かからもらったものにちがいないし、その誰かに心当たりがあった。
「伊庭と会ったのか?」
名指しするとますます可憐は目を丸くするが、推測するのは容易い。可憐にラブホテルのチケットを渡す傍若無人な奴など、伊庭くらいだ。
「すごいです。宇堂さんはなんでもお見通しなんですね。じつは昨日、伊庭さんから連絡をいただいて、蓮太郎と一緒にカフェでお会いしたんです。そのときにこれをくださって」
 一度可憐は目を伏せた。
「勝手に伊庭さんに会ったことは、謝ります。ごめんなさい。宇堂さんに内緒で相談があると言われたので―でも、伊庭さんは僕たちのことを応援してくださっていて、どうやら苦労して手に入れられたみたいなんです! プレオープン期間は自由に使えるプレミアチケットだそうです」
 可憐が伊庭を庇う気持ちは理解できる。だが、宇堂にしてみれば、「よけいなお世話」にほかならなかった。
「それで、僕、このブティックホテルに行ってみたいのですが」
とはいえ、上目遣いでお願いされると、断ることも難しい。
 どうせ可憐はブティックホテルがどういう場所なのかも知らないのだろう。どうしたものかと思案しつつ、宇堂は適当に頷いた。
「そうだな。そのうち気が向いたら―」
「本当ですか? だったら、いまから行きませんか」
言葉尻をさえぎる勢いで乞われる。口調や表情から、可憐の期待度の高さが窺えた。
 元来好奇心旺盛な性質のため、未知の場所への興味が強いようだ。
「言っておくが、今日は泊まらないぞ」
 釘を刺しても、可憐の気持ちは変わりそうにない。
「わかってます! 今日は、ちょっと覗くだけですね」
 こうまで言われては断ることもできず、仕方なく重い腰を上げ、車のキーを手にして部屋をあとにしたのだ。
 一時間近い移動中も可憐は愉しそうで、次第に宇堂も穏やかな心地になっていた。
 ホテルに到着し、部屋に入った途端、可憐の瞳がきらきらと輝き始める。可憐にとってはすべてがめずらしいらしく、隅から隅まで探索していった。
「宇堂さん、宇堂さん! なんと、バスルームの椅子がゴールドでできてます。こんな椅子、初めて見ました」
 などと言ったかと思えば、
「アメニティも充実してますね。これはなんでしょう」
 ベッドの傍に並んでいるローションやアダルトグッズを手に取ろうとする。
「可憐」
 即座に制止した宇堂はベッドを示した。
「そこに座って」
 はしゃぎ過ぎたとでも思ったのか、可憐は恥ずかしそうにベッドの端に腰かける。それを見届けてから、手にしたリモコンを操作して部屋の明かりを消し、別のボタンを押した。
「……わあ」
 直後、なにもなかった天井が見事な星空と化す。プラネタリウム完備と謳っているだけあって、なかなかの仕掛けだ。
「素晴らしいです、宇堂さん」
 感嘆の吐息をこぼす可憐に、隣に腰かけた宇堂は、そうだなと同意を返した。可憐が喜んでくれるなら、渋々であっても来た甲斐がある。
「宇堂さんとこんな素敵なものが見られるなんて、すごくロマンティックで、僕、嬉しいです」
 心底そう思っているであろう表情には自然に頰が緩み、同じ言葉を口にした。
「ああ、俺も嬉しいよ」
 いつもはよけいなことばかりする伊庭だが、今回ばかりは礼のひとつもしなければならないだろう。と、そんな気持ちになっていた。
「あれがスピカで、あっちはしし座ですね。あ、あそこにあるのは北斗七星」
「詳しいんだな」
 意外な知識を披露する可憐の声を聞きながら、ゆったりとくつろぐ。まもなく可憐も口を閉ざし、会話はなくなったが、その後も数分間天体ショーを愉しんだ。
「可憐?」
 そろそろ終わりにしようと声をかけてみたものの、返事がない。まさかと思い部屋の明かりをつけてみると、可憐は気持ちよさげに寝息を立てていた。しかもその手は、しっかりと宇堂のスーツの裾を握っている。一週間ぶりに会うというので、きっと昨夜はよく眠れなかったのだろう。
「敵わないな」
 しようがない。もしもこのまま可憐が起きずに泊まるはめになったとしても、そのときはそのとき。甘んじて薔薇王院家の兄たちの叱責を受けようと腹をくくる。
「ん……堂、さ……」
 可愛い寝顔と寝言の対価が叱責だというなら安いものだ。
 ほほ笑んだ宇堂は可憐と並んでごろりと横になり、つられてうたた寝してしまうまで、飽きもせずに愛らしい寝顔を眺めていた。


初出:『薔薇王院可憐のサロン事件簿』アニメイト特典