講談社BOOK倶楽部

special story

WEB限定小説

『ご飯ください』書き下ろしSS

「恋の弱気」

火崎 勇


 アパートの隣に住む雫と菊太郎の兄弟と親しくなり、兄の雫と恋人になった。外見が強面で内面が人嫌いだった自分にとっては斬新な出来事だ。
 雫は成人しているがちょっとおバカで、菊太郎は小学生なのに大人顔負けの落ち着きを見せるが、二人とも稀有なほど純真だった。
 そんな二人と幸福な新生活を送っていたある日、不覚にも風邪を引いてしまったので、二人に、うちには近寄るなと連絡を入れた。
『辻堂さん大丈夫? ご飯とか作ろうか?』
 と連絡が来たが、気にするなと返信して一人で横になっていた。
 二人と知り合う前にも風邪ぐらい引いたことはあった。面倒だ、かったるいとは思ったが、寝てりゃ治るだろうと思うだけだった。
 だが不思議だ。
 一緒にいるべき人間ができた途端、一人で寝ていることを寂しく感じている。
 熱が出て、ちょっと苦しいだけで『ここにあいつがいれば』と考えてしまう。
 失いたくないものができた途端、人は強くもなるが弱くもなると聞いたことがあるが本当だ。あいつらを守らなくては、と思うと強くなれるが、離れると寂しくて心が弱くなる。
 熱に浮かされて目を開けると、そこに雫の顔が見える気がする。
「雫……」
「あ、起きた」
「雫?」
 幻かと思った雫が、にこっと笑った。
「えへへ……、来ちゃった」
 怒るべきだ。病気が感染ったらどうするんだ、と言うべきだ。だが俺は思わず手を伸ばし彼を抱き寄せた。
「辻堂さん?」
 熱があるせいで少しひんやりと感じる身体を抱き締めると、雫は調子にのったのかそのままキスしてきた。
「風邪って誰かに感染すと早く治るんだって」
 怒るべきだ。注意するべきなのに……、俺も自分からキスをした。
「ばか……」
 バカなのは自分なのに、そう言いながら。