STORY
デビュー15周年を記念して発行された同人誌を、電子で配信!
「ブライト・プリズン」の番外編SS4作「cherry」「monotone」「contact」「sleeping beauty 2」に加え、彩先生による表題の漫画「Shangri-La」(原作:犬飼のの)を収録!
「ブライト・プリズン」の番外編SS4作「cherry」「monotone」「contact」「sleeping beauty 2」に加え、彩先生による表題の漫画「Shangri-La」(原作:犬飼のの)を収録!
『ブライト・プリズン同人誌電子版 Shangri-La』配信記念
特別番外編「薔薇色の彼」
犬飼のの
夜明け前に目を覚ました薔は、枕に半面を埋めながら常盤の寝顔を凝視する。
使っている枕は降龍殿の物ではなく、体の下にあるのも布団ではなかった。贔屓生宿舎の自室のベッドで、常盤と向き合いながら寝ている。
──なんで、常盤がここに……。
彼が自分の部屋にいることに……しかも一緒に寝ていることに酷く驚いたにもかかわらず、薔は意図して冷静さを保とうとした。
もしかしたらこれは夢で、興奮したり飛び起きたりすると覚めてしまう危険を感じたからだ。
夢なら覚めてほしくない。
現実なら、このまま常盤を起こさずに、寝顔をじっくり眺めていたい。
──そうだ……昨日は体育祭があって、杏樹が来て色々あって……夜にいきなり、常盤が薔薇を持って俺の部屋に来たんだ。
異様に強い睡魔に襲われたところまでは覚えていたが、その先は記憶にない。
──隊服から浴衣に着替えてるし……最初から俺の部屋に泊まるつもりだったのか? けど……そろそろ起きて帰らないとまずいよな?
薔は常盤を起こさないよう静かに呼吸し、体はそのままに、顔だけを窓に向けた。
空は薄っすらと白み始めていて、人目を避けて帰るためにはもう起きるべき頃合いだ。けれども起こしたくなかった。このままずっと、穏やかに眠る常盤のそばにいたい。
寝顔を飽きるほど見つめて、自然に目が覚める瞬間に立ち会えたらどんなにいいだろう。
そして、「おはよう」と朝の挨拶を交わす。
教団や学園によって引き裂かれなければ、至極当たり前だったはずのやり取りを、今ここでしてみたかった。
──睫毛が結構長くて、眉の形が整ってて……輪郭とか鼻筋とか……嫌みなくらい綺麗だ。
このまま起こさなかったらどうなるのか、少し悪戯な気分になった薔は、実現は不可能な展開を妄想する。寝坊して太陽が燦々と輝いているのを見たら、いくら常盤でも慌てるだろうか。急いで隊服に着替え、大きな体を壁に張りつけて、こそこそと抜けだしたりするのだろうか。
「あ……」
くすっと密かに笑っていた薔は、見つめていた瞼が動くのを目にする。
綺麗に生え揃った漆黒の睫毛が上がると、より印象的な黒い瞳が現れた。
「──おはよう」
「お、おはよう」
穏やかな笑みと、耳に残る優しい声──。
常盤は身を起こし、そっと手を伸ばしてくる。
「薔……」
髪に触れられ、指で梳きつつ頭を撫でられた。
表情は変わらず、学園の誰も知らない笑顔だ。
「このまま一緒にいたいな」
「……ぅ、うん」
「俺は仕事をサボり、お前は授業をサボって……二人で一日中この部屋に隠れていたい」
「いいのか、それ……」
「よくないが、最高だ」
大輪の薔薇が綻ぶような微笑に、薔はたちまち胸をときめかせる。
緊張しつつも釣られて笑うと、常盤の唇が顔に近づいてきた。まずは額にキスを受け、それからこめかみや頰にも口づけられる。
弾力のある唇の感触は、紛れもない現実だ。
ただ、匂いがいつもと違っていた。
常盤がつけている香水の匂いではなく、何故か薔薇の香りが鼻を掠める。
「薔……」
何度も何度も、顔のあちこちにキスをされた。
上掛けを被ったまま身を重ねてくる常盤の体は温かく、もう一度眠りに落ちてしまいそうなほど心地好い。
つらかった昨日という日のあとにこんな幸せな朝が待っているなんて、まるで夢のようだ。
卒業後にこれが日常になったら、自分は幸せに慣れてしまい、こんなふうにいちいち感激しなくなるのだろうか──人間はなんにでも慣れてしまう生き物だから、その可能性は否めない。
しかしもしそうなったとしても、それはそれで悪いことではない気がした。
日々の幸せに気づいて感謝するのも大事だが、慣れきってしまうことができたら、それは本当の意味で、常盤と暮らす日常を得た証でもある。
*****
不意に目が覚めると、窓の外はまだ暗かった。
おかしいな……と、最初は思った。
時計が逆回転したかのように感じられる。
夜明けは遠く──空は白み始めてすらいない。
「常盤?」
声に出してみたが、隣にいるはずの常盤の姿はなかった。代わりにあったのは……白いシーツに落ちた血のような、深紅の花びら一枚だ。
──夢? どこからが夢なんだ?
天蓋付きベッドの柱を摑んだ薔は、心臓をドクリと鳴らしながら床に下りる。
昨夜、常盤が持ってきた薔薇を求めて洗面室に向かい、恐る恐る照明のスイッチを入れた。
「……あった」
水が張られたボウルに、薔薇が横たえてある。
曖昧な意識の中で数えた時と同じ、十八本──常盤が持ってきた薔薇と同じ本数だった。
──夜の出来事は現実。夜明け前のは夢……。
薔薇を抱えて現れた常盤は本物だったけれど、隣で寝ていた彼は幻だった。いくらか残念に思うものの、薔の胸に絶望や悲しみは生まれない。
「ありがとう。凄い、綺麗だ」
薔薇の香りの中で、薔は口元を緩める。
何もかも手に入れることはできないが、それは現時点での話だ。あれは夢ではなく、未来に待つ現実。夢の中で先取りしただけで、今後叶わないものではない。悲観することなど何もなかった。
*****
すっかり目が冴えてしまった薔は、人の少ない宿舎を出て森を散歩する。すぐに帰る約束で外に出してもらったので、竜虎隊詰所の前まで行き、常盤がいる建物を見て帰るつもりだった。たとえ会えなくても近くにいることを感じたくて、夏の朝の鬱蒼とした森を歩いていく。
「──ッ」
馬の蹄の音を聞いた気がして振り向くと、靄のかかった森の中に人馬の影が見えた。
──常盤?
まさかと思いつつ目を凝らすと、黒い馬に跨がる人物の隊服が明瞭に見えてくる。
右肩には飾緒、両袖には四本の袖章──竜虎隊隊長、常盤に間違いなかった。
「──おはよう」
顔を合わせるなり微笑まれ、声をかけられる。
やはり穏やかな微笑、そして優しい声──。
現実の常盤は夢より少し驚き、そしていくらか緊張しているように見えたが、ほとんど同じ表情だった。
あれは予知夢のようなものだったのだと、薔は確信する。夢と同じく常盤の表情に釣られて……馬上の彼を見上げながら笑った。
「おはよう、常盤」
(初出:講談社×アニメイト 講談社X文庫ホワイトハートSSフェア)
著者からみなさまへ
こんにちは、犬飼(いぬかい)ののです。このたび、2022年の春に発行した「ブライト・プリズン」の同人誌『Shangri-La』の電子版を配信していただくことになりました。こちらの同人誌は半分以上が彩(あや)先生による漫画という、夢のような一冊です。あのコマにも、このコマにも美しい常盤と薔が……と、読者様にもきっと満足していただける一冊になっていると思います。小説も本編の番外編として4本書きましたので、漫画と一緒にお楽しみいただければ幸いです。