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『電子オリジナル 恋する救命救急医 最悪で最高な日』

春原いずみ/著 緒田涼歌/イラスト

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STORY

『電子オリジナル 恋する救命救急医 最悪で最高な日』

「恋救」シリーズ最強の王子&女王コンビ、賀来×篠川のオトナな恋!

複数の店のオーナーを務める賀来と、救命救急医の篠川は恋人同士。お互い忙しい仕事の合間を縫って、会えば甘い夜を過ごしているが、その日は朝からあまりにもツイていなかった。炊飯器の故障に始まり、お気に入りの靴の紐が切れ、さらには賀来は店の予約トラブル、篠川は外国人患者に四苦八苦。そんな散々な目に遭ってしまったけれど、実はこの日は二人にとって特別な日で……。

著者からみなさまへ

こんにちは、春原(すのはら)です。『電子オリジナル 恋する救命救急医 最悪で最高な日』は、お久しぶりの賀来×篠川です。「恋救」シリーズきってのハイスペックカップルは、豪華なごはんシーン以外、なかなか日常生活が計り知れないのですが、今回はそんな2人のある1日を描いてみました。流行の言葉で言うなら(笑)、Vlog風の一編です。高値安定と思われるゴージャスな2人の最悪な1日とは? それが最高になる一瞬とは? ごゆっくりお楽しみください!

special story

書き下ろしSS

『電子オリジナル 恋する救命救急医 最悪で最高な日』
配信記念 特別番外編「Lucky!」
春原いずみ

 
 カウンターの上にとんっと置かれたのは、金色の輝きも目映いシャンパンボトルだった。
「ルイ・ロデレール クリスタル……2013年です」

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 カフェ&バー『le cocon』のマスターである藤枝脩一の美声が柔らかく響いた。
「いかがですか?」
「1杯いくらで出すの?」
 まず尋ねたのは、この店の元オーナーである賀来玲二だ。
「ちなみに僕の店だと……5000円……いや、ヴィンテージだから10000円くらいかな」
「たっか」
 間髪容れずに、賀来のパートナーである篠川臣が叩き落とす。
「で、藤枝はどうすんの?」
 篠川の問いに、藤枝はおっとりと微笑んだ。
「お代は頂戴しませんよ」
「え」
 びっくりした声を出したのは、カウンターの真ん中あたりに座っていた立原光平だ。
「そ、そんなに高いシャンパンなのに……タダ?」
「はい」
 藤枝はにこりとして頷き、シャンパンのキャップシールを外し、ワイヤーをゆるめた。
「あのね」
 待ちきれないように、藤枝のパートナーである宮津晶がわくわくとした口調で言いだした。
「脩一さんね、宝くじが当たったんです」
「え」
「当たったというほどの高額当選じゃありませんよ」
 びっくりした顔の賀来に、藤枝が首を横に振る。
「ですから、ぱっと皆さんに振る舞ってしまおうと思いまして。使い道に困るほどの金額じゃないんです」
「マスター、宝くじを買う趣味とかあったんだ。ちょっと意外だな」
 いつものようにビールを飲んでいた神城尊が言う。
「何か、そういう一攫千金を狙うタイプには見えなかったんだが」
「初めて買ったんですよ」
 藤枝がゆっくりとシャンパンのコルクを抜きながら答えた。
「ランチに来てくださる常連の方が、当たりのたくさん出る売り場に買いに行くと仰っていたので、何となくその場の空気で、私も10枚お願いすることになったんです」
 藤枝はエレガントな仕草でシャンパンを抜栓すると、そっとボトルを置いて、発泡を落ち着かせる。
「そのうちの1枚が当たりまして」
「30万円当たったんです」
 宮津が嬉しそうに言う。
「それで、このシャンパン買って」
「30万円も当たったんなら、お2人で旅行にでも行けばいいのでは?」
 口を挟んだのは、貴志颯真だ。
「遠出はできなくても、近場で少し豪華なホテルにでも泊まって。ホテルならお世話しますよ」
「あぶく銭はぱっと使ってしまうに限りますから」
 藤枝は穏やかな口調で言いながら、グラスを用意している。
「よく聞きますでしょう? 宝くじの高額当選で人生が狂ってしまったようなお話」
「人生が狂うくらいなら、みんなに振る舞っちまおうってこと?」
 神城に尋ねられて、藤枝は微笑んで頷いた。
「正直、ちょっと微妙な金額ですし。それなら、みんなでぱーっと飲んだらいいかなと思いまして」
「うわ、ラッキーだ」
 森住英輔がにこにこと笑いながら言った。
「今日来てよかった」
 藤枝はその時店内にいた全員分のグラスを用意すると、きらきらと美しいシャンパンを注いでいった。賀来がすっと立ち上がり、カウンターの中に入って、それぞれの前にサーブしていく。
「はい、じゃあ、グラスが行き渡ったところで」
 リーダーシップの権化である篠川が藤枝に振った。
「藤枝、乾杯の音頭をどうぞ」
「私ですか?」
 それぞれがグラスを手にして、わくわくと見ている。藤枝は苦笑すると、自分もグラスを手にした。
「それでは……皆さまにも幸運が訪れますように。乾杯」
「かんぱーい!」


「ラッキーなこと?」
 シャンパンを楽しみながら、話題はいつしかそんなことに。
「俺、くじ運とかあんまりいい方じゃないんです」
 そう言ったのは、宮津である。
「研修医の頃、研修先とか駐車場の場所とかで、いろいろくじを引かされましたけど、あんまりいいところに当たったことないんです」
「それで、うちに来たわけだね」
 冷静に篠川に突っ込まれて、宮津は黙る。藤枝はくすっと笑うとカウンター越しに、軽く恋人の頬を撫でた。
「ラストはラッキーだったって、ちゃんと言わないと」
「……です」
 2人の間のふんわり甘い雰囲気に、森住は無意識のうちにおしぼりでカウンターをばんばん叩き、筧深春はものすごく深いため息をついて、隣の神城に頭を小突かれている。
「ラッキーですか……」
 2杯目のシャンパンを注いでもらいながら、うーんと考えていた立原がぱっと顔を輝かせた。
「あ、ありますあります!」
「立原先生、シャンパンこぼれる」
 篠川が冷静に突っ込む。
「あ、すみません……っ」
 こくりと一口飲んで、やっぱり美味しいとにっこりしてから、立原は言葉を続けた。
「俺は聖生会のセンターに就職できたことです! 聖生会って、3つの病院持ってるんで、就職の時点ではどこに回されるかわからないんですよね……」
「でも、立原先生はT大の救命だろ? センターに回されるに決まってるじゃないか」
 神城が言った。しかし、立原はぶんぶんと首を横に振る。
「必ずしもそうじゃないんですよ。救命って何でも屋のところがあるんで、総合外来とかで便利に使われちゃったりするんですよ。俺の同期でも、救命に行けなかったやつ、結構います。救命救急センターってどこにでもあるわけじゃないし」
 そう言ってから、立原は本当に嬉しそうに言う。
「センターに決まった時は嬉しかったなぁ。聖生会の救命救急センターはドクターヘリも持っているって知ってたし、ドクヘリがあるならCSもいるはず……っ」
 そこまで言って、立原はぴたりと口を閉ざした。
「……何で赤くなってんの?」
 今度は森住が突っ込んだ。
「え、いや……あの……」
 なぜかしどろもどろになって、カウンターを指でなぞりだした立原をちらりと横目で見ていた篠川が、ふんという顔をした。
「そのうち、いろいろとわかるでしょ。そう言う森住先生はどうなの?」
「俺ですか? まぁ、俺は無事に生きてること自体がラッキーみたいなもんで。何せ、児童相談所に通告されるレベルのネグレクトでしたからねぇ」
 さらりと凄いことを言う。
 森住は両親の不仲に巻き込まれて、かなり凄絶な子供時代を送ってきたという。今の明るい森住からは想像もできない話だ。
「私は」
 そんな森住の横顔を眺めながら、貴志が言った。
「英輔と出会えたことですね。私にとって、最大の奇跡で、幸運でもあります」
「……君には振ってないよ、貴志先生」
 篠川が冷や水をぶっかける。
「君の言うことくらいお見通しだから」
「でもさぁ」
 そこで言葉を挟んだのが、神城だ。
「俺、いつも思うんだけど……俺たちの仕事って……結構ラッキーに頼ってるところ、あるよなぁ……いてぇっ!」
「医者がそれ言ってどうします」
 カウンターの下で、どうやら筧が神城の向こうずねを蹴っとばしたらしい。
「先生を信じて、命を預けてくれる患者さんたちにそんなこと言ったら、蹴りのひとつやふたつじゃ済みませんよ」
「君のことは常々クソ小生意気だと思ってるけど」
 篠川がシャンパンからウイスキーに切り替えながら言った。
「今の発言に関してだけは、よく言った! と思うよ」
「どうして、篠川先生の言葉にはいつも棘とか毒がくっついてくるんでしょうね」
 つけつけと言い返す筧に、篠川がちらりとクールな視線を送る。
「……やっぱりクソ小生意気だ」
「そう言う篠川先生はどうなんですか?」
 藤枝がおつまみ代わりに出してくれたのは、めずらしい夏のいちごだった。夏秋いちごと呼ばれるカテゴリーで、品種は「ペチカほのか」というらしい。「甘い」といちごを頰張りながら、森住が尋ねた。
「ラッキーなことって、ありました?」
「僕はそういうの、あんまり感じないタイプだから」
 篠川は素っ気なく答える。
「やるべきことをやっていれば、結果はついてくると思ってる。ついてこなかったら、やるべきことをやってないってこと」
「臣は真面目だからね」
 賀来がくすりと笑って、パートナーの髪をさらりと撫でた。その手を思い切りはねのけられても、にこにこしている。
「でも、僕もラッキーとかあんまり感じない方かも。飲食業界って、そういうタイプが多いよ。先々を読んでいかないと、絶対に生き残れないから」
「肝に銘じます」
 藤枝が穏やかに応じた。
「シャンパンはまだあります。開けましょうか?」
「おお、振る舞っちまえ!」
 神城が明るく言い、みな笑い崩れる。

 この時、篠川も賀来もまだ知らなかった。
 この数日後、自分たちにとんでもない災厄が降りかかることを。
 ラッキーを信じなかった2人に、とんでもないアンラッキーが降りかかるのである……。

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