『シモン・ド・ベルジュの失われた時を求めて』
特別番外編「罪深きシモン・ド・ベルジュ」
篠原美季
春祭の終わったある日の昼休み。
全寮制パブリックスクール、セント・ラファエロの医務室では、桃里理生と友人のアシェル・ユージーン・メイヤードが、いつも通り、校医のマクケヒトが淹れてくれたハーブティーを飲みながら、他愛ないおしゃべりを楽しんでいた。
続きを読む
「そういえば、リオ。春祭でシモン・ド・ベルジュに会ったんだって?」
「ああ、うん」
カップを置いて応じた理生に、アシェルが「噂によると」と続ける。
「ヘリを使っての登場だったようだね」
「そうなんだ?」
特に聞いていなかった理生が、「まあ」と応じる。
「そうだとしても、妙に納得できちゃうけど」
「へえ」
興味深そうに応じたアシェルが、頰杖をつき、理生の顔を覗きこむようにして尋ねる。
「どんなところが?」
「どんなところ……」
そこで少し考え込んだ理生が、「とりあえず」と思ったままを口にする。
「やたらと高雅なところかな。……なんというか、大天使みたいな人だった。優美で神々しくて、あまりに顔が整いすぎていて、一瞬、息がつまったくらい」
実際、理生は相手を見た瞬間固まってしまい、その場に一緒にいたユウリ・フォーダムにうながされるまで挨拶もロクに返せなかったほどである。
「そんなに美男子なんだ?」
「そうだね。――というか、あの人の場合、『美男子』なんて言葉では済まない高貴さがあるかも。そういう意味では、アシェルもそうだけど、とにかく、僕、アシェル以上に顔立ちが整っている人間なんていないと思っていたのに、世の中はとてつもなく広いんだね。上には上がいるというか……」
その正直な感想に対し、アシェルが小さく口元を歪めた。
「上には上ね……」
アシェルは常日頃、自分の顔立ちについて、どうこう思うことはない。
たしかに様々な場面で、この顔立ちが結果に及ぼす影響が比較的良いものであることには感謝しているが、神話の少年のように、日がな一日、水鏡に映る自分の姿に酔い痴れて、最後は花になってしまうような趣味はなかったし、さほど自慢に思うこともない。
それなのに、なぜか理生の言葉が頭に残り、その夜、寮の部屋のバスルームで、ふと鏡に映った自分を見て、わずかに顔をしかめた。
実は、アシェルも遠目にシモンの姿を目にしていたが、その時は、「ああ、とんでもなく目立つ人だな」と思う以上の感想は持たなかった。
それなのに、なぜか今はシモンの存在が気になって仕方ない。
しかも、その後、ルームメイトが許可なくこっそり撮ったというシモンの写真を見せられただけで、もやもやしたものが身の内にわきあがり、彼をなんとも落ち着かない気持ちにさせた。
(シモン・ド・ベルジュ、か)
このもやもやしたものを退治するためにも、次に彼がこの学校を訪れたら、一度きちんと挨拶をしておいたほうがいいかもしれないと思いながら、アシェルは眠りについた。
閉じる
著者からみなさまへ
こんにちは、篠原美季(しのはらみき)です。今回、書き下ろした「カタツムリの軌跡」では、お騒がせなナタリーのせいで(……実際 は、そんなでもありませんが)、シモンは面倒くさいことになってしまいます。でも、なぜか憎めないナタリー。アシュレイにはなれなくても、ナタリーにはなれそうだし、なりたい(笑)。もちろん、ユウリもアシュレイも出てきますし、なんならミッチェルもしっかり出てくるので、久々の篠原ワールドをご堪能いただけたら幸いです。