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龍の頂上、Dr.の愛情

樹生かなめ/著 奈良千春/イラスト 定価:本体750円(税別)

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STORY

龍の頂上、Dr.の愛情 定価:本体750円(税別)

「生涯、僕の清和くんだよ」

「僕はいつも清和(せいわ)くんのことを思っているから」眞鍋組二代目組長・橘高(きったか)清和は、裏社会の統一を目 前にして自ら覇王となることを拒んだ。しかし清和を頂上に君臨させたいと願う者たちは、国外勢力である宋一族をも巻き込んで、過酷な戦いを続けようとする。愛する男を危険に晒したくない氷川諒一(ひかわりょういち)は、極道をやめさせてでも清和を救いたいと奔走するが…。《龍&Dr.》シリーズ、怒濤のクライマックス!

著者からみなさまへ

いつも「氷川と愉快な仲間たち」を応援してくださり、ありがとうございます。よくよく振り返れば、あっという間の十五周年でしたが、おぎゃあと生まれた赤ちゃんがセーラー服を着ています。ついに氷川と清和の幕を下ろすことになりました。ここまで「かかあ天下物語」がタイトルを重ねられたのはすべて読者様のおかげです。感謝しかありません。本当にありがとうございました。

初版限定

特別番外編「サメの初恋、眞鍋の分裂」より

初版限定 豪華SSイラストカード
「サメの初恋、眞鍋の分裂」より

 俺の耳がおかしくなったのか、と清和は周囲の男たちの顔色を横目で確かめた。リキはいつもと同じように無表情だが、卓や吾郎、宇治といった精鋭たちは、口を大きく開けて固まっている。
『伝えきれない愛しさをどうしたらいい?』


……続きは初版限定特典で☆

special story

書き下ろしSS

『龍の頂上、Dr.の愛情』特別番外編
「初恋は噓の味」
樹生かなめ

 ふざけるのもいい加減にしろ、という言葉をイワシは呑み込んだ。仮にも相手は尊敬しているトップだ。
…おい、イワシ、聞いているのか? 俺は心からダイアナを愛している』
…ボス…っと、サメのことだから来月には相手の名前が変わっています」
『ダイアナを忘れる日はこない』

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「笑えません」
『ここは笑うところじゃない。寝ても覚めても恋しいアムールについて理解してくれ』
「銀ダラ、今のは銃声だな?」  
 以後、銀ダラの罵声が割り込んでくるまで、滔々と愛について聞かされた。
 …あぁ、俺の顎が外れなかったのが不思議だ。
 俺の心臓が止まらなかったのも不思議だ。
 姐さんも不思議だが俺も不思議だ。
 世の中は不思議でいっぱいだ。
 エビがアラブの王族にベタ惚れされた世の中だから今さら驚くな。
 こんなわけのわからないことを考えるんだから俺も確実におかしい、とイワシは頭を抱えた。
 耳にはサメの切なそうな声がこびりついている。『伝えきれない愛しさをどうしたらいい?』と。『ダイアナが愛しすぎて心が痛い』と。
 イワシの隣ではワカサギやタイなど、メンバーがそれぞれ口をパクパクさせている。過呼吸に陥り、救急ルームに運ばれたのはメヒカリだ。眞鍋を支えてきた諜報部隊は、今や崩壊寸前だった。ほかでもない、率いていたトップの初恋で。…初恋だと言い張っている相手との結婚宣言で。
「イワシ、あのダイアナを『ママン』って呼べるか?」
 ワカサギに虚ろな目で尋ねられ、イワシは首を左右に振った。
「何がママンだ」
…ど、どうしたらいいんだ」
「どんなに俺たちで話し合っても無駄だ。ボスと長いつき合いの銀ダラやアンコウに任せよう」
 イワシが真顔で言うと、ワカサギは大きく頷いた。ほかのメンバーたちも口を挟まず、裏切りの激戦地を戦い抜いた熟練戦士に判断を委ねる。
…おいおい、サメ、ブチ切れエスプリをこれ以上、こじらせてどうするんだ。ゲームオーバーだぜ」
 今現在、モニター画面に映しだされた平松会長ことサメに対峙しているのは、フランス外人部隊時代から何度も一緒に生死の境を彷徨ったという銀ダラだ。アンコウは一歩下がって、埋葬された遺体のような顔で見守っていた。
『繰り返す。姐さんを拉致して、全員、こっちに来い。予定通り、二代目に天下統一をさせるぜ』
 サメが日本人形の如き二代目姐を拉致させる理由は確かめるまでもない。二代目を始めとした眞鍋組関係者は、氷川諒一を盾に取られたら手も足も出ない。
「サメ、そこまでイカれたのかよ」
 銀ダラが忌々しそうに言い返すと、サメは鬼のような形相で凄んだ。
『イカれたのは眞鍋のクソガキだろ。どうして手打ちに応じる。お前らがついていながらどういうことだっ』
 関東の大親分に呼びだされた時、眞鍋組顧問とともに長江組の大原組長がいることも、その目的も摑んでいた。銀ダラもアンコウも阻止しなかったし、虎や祐からもそういった指示は出なかった。あの時、眞鍋のトップ以下、幹部連中は引き時だと察したのだ。
 想定外の怒髪天を衝いたのが、一徹長江会の平松会長として奮闘していたサメだった。その気持ちはイワシも痛いぐらいわかるけれども。
「ヤクザの戦争だから仕方がねぇだろ。眞鍋のウリは仁義なんだし、パリに落ちている犬の糞よりしがらみが多いんだ」
 銀ダラが宥めるように言っても、サメにはまったく届かなかった。
『くだらねぇ。クソガキに公約違反をしたらどうなるか思い知らせてやる。俺をナめるな』
 サメの姿ではなく武闘派で高名な極道の容姿だから妙な凄みがあった。
 …頭の悪い武闘派平松に化けてボスの頭も悪くなったのか、とイワシにしてみれば違和感も大きい。鮫島昭典という男は飄々としていて摑み所がない男だったし、どんな時でもへらへら笑っていたが、誰よりも冷静だったのだ。やはり、宋一族の大幹部に籠絡され、ただの操り人形と化しているのだろうか。
「ボス、待て。確かに、公約違反をしたのは眞鍋のクソガキ二代目だが、それはそれ、これはこれ。今回はトレビアンのエスプリで鎮めろ」
 銀ダラがかつてのサメを思いださせるようにその場で一回転した。左右の指の動きはサメそのものだ。
 けれど、平松会長ことサメはニコリともしなかった。
『二度目のチャンスはない。今だ。俺はアムールと一緒に二代目に天下を取らせる』
 サメの固い意志は依然として変わらない。今までならば誰よりも柔軟に対処したというのに。
「サメ、目を覚ませ。ダイアナがどれだけしたたかな女狐か、お前はよ~く知っているだろう。俺たちがサハラやカイロで死にかけたのは誰のせいだ? イスタンブールでもパリでもロンドンでもスイスでも大変だったよな?」
 銀ダラが苦汁を舐めた過去を哀愁たっぷりに捲し立てると、アンコウが思いだしたらしく悲痛な顔でよろめいた。
 スッ、とイワシは背後からアンコウの広い背中を支える。メルシー、というアンコウのか細い声の礼が究極に切ない。
『忘れたのか? ダイアナはお前らのママンだ。ママンと呼べ』
「わかった。ダイアナはママンだ。ママンはダイアナだ」
 銀ダラは観念したように言うと、一呼吸置いた。そうして、モニターのサメに向かって手を振った。
「綺麗なママンでトレビアンだ。トレビアンついでにさ、とりあえず、指示通りに一徹長江会を解散させろ」
『一徹長江会の平松として長江組系暴力団を潰す。長江組系の麻薬ルートも人身売買ルートも叩き潰す』
「サメ、気持ちはわかるが今回は引け。ナポレオンのロシア遠征よりヤバい」
『時間がない。今日中に姐さんを連れてこっちに来い。美味い中華料理を用意して待っているから全員でな。来ない奴はこれまでだ』
 あばよ、サメがいつになくきつい声音でぴしゃりと言うと、モニター画面が切り替わった。神戸の一徹長江会総本部が映しだされたが、構成員たちが和気藹々と美味しそうな中華料理を食べている。よく見れば、宋一族のメンバーが化けた構成員たちとサメに従って関西に乗り込んだ諜報部隊のメンバーたちだ。ウナギも昔からの仲間のように自然に溶け込んでいる。諜報部隊きっての殺人の専門家は人と親しく接しないタイプだったのに。
 プツリ、と通信が切れ、モニター画面が真っ黒になる。
 一瞬、なんとも形容し難い沈黙が流れた。イワシも銀ダラもアンコウも、誰ひとりとして苦しくも情けない複雑な心境を口にできない。ズルズルズルッ、と力尽きたようにその場にへたり込むメンバーもいた。
 しかし、苦しんでいる暇はない。
 悲愴感が混じる静寂を破ったのは、副官の立場にいた銀ダラだ。
「サメはおかしい」
 間髪を入れず、アンコウも同意するように大きく頷いた。
「ああ、サメはおかしい」
 歴戦の戦士たちの見解が一致した。イワシにしても同じ意見だ。どんな深読みをしても、今のサメは常軌を逸している。二代目姐の拉致を口にする時点でギロチンだ。部下たちを見限るようなセリフは男性の象徴を斬り落とした後に磔刑だ。
…っ…決めた。俺はサメの目を覚まさせるために残る」
 サメの相棒とも目されていた銀ダラが残留を表明した。サメを見捨てたわけではない。サメを助けるために眞鍋に残るのだ。
 その苦肉の選択の意味は、イワシにも胸が痛いぐらいわかる。
…俺は…俺はサメの目を覚まさせてやる。そのために俺はサメについていく」
 アンコウはあくまでサメの指示に従うつもりらしい。行き先が灼熱地獄であれ、氷地獄であれ、針地獄であれ、アンコウが追うのはサメの背中だという。以前、泥酔したときにポロリと漏らしたことがあった。その気持ちもイワシには息が詰まるぐらいわかる。
 なんにせよ、熟練戦士の意見がふたつにわかれた。
 銀ダラの意見にもアンコウの意見にも一利ある。イワシがほかのメンバーたちと一緒に固唾を呑んで見守っていると、銀ダラとアンコウはふたり同時に同じ言葉を口にした。
「あばよ」
 拍子抜けするぐらいあっさりした別れの挨拶だ。アンコウと銀ダラが袂を分かつ。ほかのメンバーも一瞬でどちらにつくか決めなければならなかった。
 ちょっと待ってくれ、とイワシが口を挟む間もない。
 タイが真顔で宋一族の凄腕たちに囲まれているサメの危機に言及した。
「宋一族のど真ん中だ。安心して背中を向けたらブスリ、だぜ」
「宋一族の中にいるほうが危険だ。サメを守るためにも行く」
 ハマチは闘う男の顔で、命の危険が大きいサメの側を選んだ。
「サメは宋一族に人質にとられているようなもんだ。このままだとサメが危ない。俺も行く」
…俺は姐さんを置いていけない」
 サメのほうが心配だが、姐さんを泣かせたくない、とイワシは二代目姐への思いで眞鍋に留まることを決めた。何しろ、送迎担当に指名され、ほかのメンバーより多く接している。眞鍋の男たちと同じように二代目姐の涙には弱い。
…俺たちまでサメのところに行ったら姐さんが危ない」
「姐さんを守りたい」
「姐さんは絶対に守る。あんなに優しい人を泣かせない」
 眞鍋を去る者、眞鍋に残る者、サメの部下たちはふたつに分かれた。
 どちらも別れたくて別れるのではない。今までにも幾度となく追い詰められたことがあったがこんなに苦しくはなかった。サメがへらへら笑って、銀ダラが踊って、アンコウが大ボケをかましていたからだろう。
 …ボスが目を覚ましたらなんとかなる。
 もしかしたら、ボスのことだからダイアナにイカれたように見せかけて、イカれていないのかもしれない。
 銀ダラもほかの奴らも、ボスに愛想を尽かしたわけじゃない。
 銀ダラとアンコウは分裂したように見せかけて、裏では手を組んでいるのかもしれない…だったらいいな、たぶんそうだ、そうに決まっている、今回ばかりは違うのか、今回は、今回は確かに今までとは違うかもしれないけれど、とイワシは苦しい胸を押さえ、銀ダラとともに眞鍋に残った。
 どちらにせよ、悩んでいる時間はない。眞鍋の昇り龍の指示に従って戦うだけだ。サメこと〈尊敬するボス〉を信じて。

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