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『白衣をまとう守護者』

春原いずみ/著 藤河るり/イラスト 定価:本体850円(税別)

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STORY

『白衣をまとう守護者』 定価:本体850円(税別)

成就した恋の向こう側に何があるのか?

2ヵ月連続刊行・第2弾! 美貌と技術を併せ持ち『メスを握る天使』とあだ名される天才心臓外科医・小泉詩音(こいずみしおん)を、そう言って全身全霊をかけて愛するのは、同じ心臓外科医の芳賀行成(はがゆきなり)。彼らは紆余曲折を経て、心身ともに強い絆で結ばれた。小泉は恋人の支えを得て、自らのトラウマを克服したかにみえたが、真の問題はさらに根深く彼の人生を覆っていた。果たして芳賀は小泉を救えるのか…?

著者からみなさまへ

こんにちは、春原(すのはら)いずみです。お待たせしました! 『白衣をまとう守護者』です! 『メスを握る大天使』の芳賀と小泉が、再び登場いたします。あれ? 幸せになったはずでは? え、まだ何かあったの? その疑問にすべてお答えする一冊です。ラスボス(笑)も登場して、運命の恋人同士である二人を翻弄します。手術室で始まった恋は、手術室でより深まっていきます。患者を挟んで向かい合う二人の心臓外科医がたどり着くところは…。どうぞ、見届けてください! 

初版限定特典

特別番外編「オクトーバーフェストにて」より

初版限定書き下ろしSS
特別番外編「オクトーバーフェストにて」より

 いつの間にか、季節は初夏になっていた。曇ったり雨が降ったりすれば、まだ肌寒い日もあるのだが、こんな風によく晴れた日は、半袖で十分で、それでも汗ばんでしまうくらいだ。
「日が長くなったよな」

…続きは初版限定特典で☆

special story

書き下ろしSS

『白衣をまとう守護者』特別番外編
「二人の食卓」
春原いずみ

『美味しいものを持っていくから』
 小泉が仕事から帰ってきたのは、午後7時を回った頃だった。小泉にしては早い帰宅である。しかし、芳賀はそれよりも早く病院を出たはずだった。
…遅かったな」
 今は午後8時過ぎである。玄関のドアを開けながら、小泉は言った。
「もうお腹ペコペコ…え?」
 ここは芳賀の部屋である。病院を出る時に、芳賀からメールが入ってきて、今日は家でごはんを食べるから、自分の部屋で待っていろと言われたので、おとなしく待っていたのだが。
「君は何を持っている」
 芳賀はにこにことご機嫌だ。
「なべ」
 芳賀は両手に鍋つかみをはめて、土鍋を持っていたのである。

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 美しいブルーはトルコタイルだ。大きめのタイルでできた鍋敷きをテーブルに置いて、芳賀は小ぶりな土鍋をその上に載せた。
「ご飯は炊いてあるから、お茶碗に盛ってくれる? あ、それともうどんで〆にする?」
「君はどうするんだ?」
 尋ねると、芳賀は少し考えてから言った。
「俺はご飯にしようかな。お腹空いてるから、しっかり食べたい」
「じゃあ、僕もそうする」
 小泉はジャーを開けた。甘い匂いがして、ふわぁっと湯気が上がる。つやつやのご飯をお揃いの茶碗に盛って、テーブルに置く。
「お腹空いてる?」
 芳賀が尋ねてくるのに、小泉はふんと横を向く。
「夕食は家でと言ったじゃないか」
 そして、小泉は勝手知ったる感じで、やはりお揃いの箸を置いた。芳賀が食器棚から小鉢を取り出す。可愛らしいうさぎの絵がついた小鉢だ。
…誰の趣味だ?」
 少し嫌そうな顔をする小泉に、芳賀はにんまりとした。
「これさ、詩音に似てない?」
「僕はうさぎか?」
「うん。可愛いあたりが似てる」
 臆面もなく言う芳賀に、小泉は呆れた視線を送って、肩をすくめた。二人は小さなダイニングテーブルを挟んで座る。テーブルには、カットワークの縁がついたベージュのクロスがかかっていた。上品な雰囲気のクロスは、芳賀の兄である水本のチョイスである。
「はい、お待たせ。あったかいうちに食べようぜ」
 芳賀はにこにこして言うと、手を伸ばして、土鍋の蓋を取った。白い湯気が上がり、一瞬二人の間を隔てる。
「うわ、熱々だ」
 芳賀が言った。
「さすが土鍋だな。保温性抜群だ」
「鍋物か?」
 小泉は、湯気が顔に当たらないように気をつけながら、そっと鍋を覗き込んだ。
「うわ…美味しそう…」
 たっぷりと白身魚の切り身と白子が入った鍋は、昆布出汁のものすごくいい匂いがしている。透き通った出汁がまだぽこぽこと煮立っていて、いかにも身体があたたまりそうである。
「ポン酢醬油で食べるんだ」
 芳賀が冷蔵庫からガラスの小さなピッチャーを取り出した。中には、手作りらしいポン酢醬油が入っている。
「薬味はこっち」
 きれいな赤のもみじおろしと柚子の皮が小皿に入って出てきた。
「ほら、食べよう」
 芳賀に促されて、小泉は箸を取った。小ぶりなお玉でふんわりと煮えた魚の切り身と白子をすくい上げて、小鉢に入れ、一緒に煮えている白菜と豆腐、ねぎもすくい入れる。出汁も入れてから、ポン酢醬油を小鉢に少しかけ回した。
「いただきます」
 本当に出汁は昆布だけらしく、とても優しい味わいだ。しかし、魚にはまったく臭みがなく、白子もとろっと柔らかい。
…鱈?」
 この淡泊な味わいは鱈だ。パンチの効いたもみじおろしがよく合う。白子が入っているせいか、鱈の味が出汁によく溶け込んでいて、滋味に満ちている鍋である。白菜も柔らかくて、豆腐と共によく出汁を吸い込んでいて、とろけるようである。
「ああ、鱈ちりだよ」
 芳賀が頷いた。そういえば、鱈ちりを食べさせてくれると言っていた。彼はちゃんと自分の言ったことを覚えていたのだ。芳賀は上機嫌で鍋をつついている。
「兄貴に頼んでおいたんだ。市場にいい鱈が出たら、買っておいてくれって。んで、今日買ったよっていうメールが入ってきた」
「それで、水本さんのところで、この鍋を作ってきたのか?」
 どうして? という顔をしている小泉に、芳賀ははふはふと白子を食べながらにっと笑った。
「だって、魚の下ごしらえの後片付けって面倒じゃん。ゴミ捨てとか」
…君…」
「兄貴のとこなら、日常的に魚さばいてるから、生ゴミ出ても気にならないって言うしさ。コンロの火力も強いから、早く煮えるし」
 二人分としてはたっぷりとしていた鱈ちりだったが、あまりに美味しくて、せっせと食べてしまう。出汁も美味しくて、飲み干してしまう勢いである。
「この出汁なら…」
 小泉は思わずつぶやいていた。
「やっぱり〆はうどんにするべきだったかな…」
 もちろん、ご飯でも美味しいが、この出汁は捨てがたい。あまり食に興味のない小泉でも、もったいないと思うくらい、この出汁は美味しかった。少し塩が入っているくらいで、ほとんど昆布と鱈の出汁だけなのだが、膨らみのあるまろやかな味わいで、このまま全部さらってしまいたくなるくらい美味しい。
「それならさ、明日の朝、雑炊にしようか」
 芳賀が言った。
「このまま取っといて、明日の朝、ご飯と卵入れて、雑炊にしよう」
「雑炊…」
 この鍋に卵とご飯を入れて、ふっくらとさせたら…どれほど美味しいだろう。仕事に行かなければならない朝は、何となく憂鬱になってしまうが、この鍋で作った雑炊が食べられるなら、そんな朝も楽しみになりそうだ。
「どう?」
 芳賀に尋ねられて、小泉はこくりと頷いた。
 彼が、自分に言ったことをちゃんと覚えていてくれたことが嬉しかった。にこにこと上機嫌で、食卓を囲めることが嬉しかった。
 君と二人で食べるごはんは、いつもいつも美味しい。
 君の笑顔は最高の調味料だ。
…明日の朝が楽しみだ」
 心からそう言い、小泉は優しい恋人を見つめて、ふわりと微笑んだのだった。

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