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『電子オリジナル セント・ラファエロ異聞 エジプト王の帰還』

篠原美季/著

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STORY

『電子オリジナル セント・ラファエロ異聞 エジプト王の帰還』

セント・ラファエロ異聞 ファラオ編、完結!

英国の全寮制パブリックスクール、セント・ラファエロ。日本人の理生がこの学校に転入し、異界からの侵入者を阻止する役目を担うことになって半年ほどが過ぎていた。今回の「お客様」であるエジプト王(ファラオ)が切望するのは、奪われた「来世での再生に必要な石」を取り戻すこと。それができなければ、セント・ラファエロは「ファラオの呪い」にさらされてしまう。王の現世への越境を阻止するため、必死で解決への糸口を探っていた理生だったが、実はもう当のファラオは「こちら」に来てしまっていて!? 「セント・ラファエロ異聞 ファラオ編」、ついに完結!

著者からみなさまへ

『電子オリジナル セント・ラファエロ異聞 エジプト王の帰還』をお届けします。今回、迷惑なエジプト王がいつ登場するのかと思いきや……。結果は、読んでのお楽しみです。さて、私事ですが、昨年は年間のテーマであった「変身」をなんとかやり遂げたので、今年もその後半戦をがんばろうと思います。どんな自分に出逢えるのか♪ ちなみに、みなさんは、なにかやり遂げたいことってありますか? あれば、一緒にがんばりましょう‼

special story

書き下ろしSS

『電子オリジナル セント・ラファエロ異聞
エジプト王の帰還』
特別番外編「アシェル・ユージーンの夢」
篠原美季

 
 どこまでも続く砂漠。
 ジリジリと照りつける太陽。
 茫洋とした空間では、時という概念は瞬く間にその意味を失う。

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(いつから……)
 雲ひとつない空を見あげて思った僕は、すぐに「いや」と考え直す。
(それより、いったいいつまで、この旅路は続くのか)
 しかも、転がるはずもないのに、四角い旅行鞄をえんえんと転がしながら進むことに、どんな意味があるというのだろう――?
 わからないまま、僕は手で鞄を転がす。
(そういえば、似たような話があったっけ)
 喉の渇きを忘れるために、歩きながら考える。
(そう。シーシュポスの神話だ)
 ゼウスの怒りを買ったコリントスの王は、死後、地獄へと落とされ、押し上げては転げ落ちる岩を永遠に山頂まで押し上げなければならないという過酷な罰を食らった。アルベール・カミュが随筆のタイトルにしたことで、一躍有名になった神話である。
(シーシュポスも、まさかそんな形で、自分の名がが世界に広まるとは思ってもみなかっただろう)
 なんとも皮肉なことである。
 と――。
 とりとめのない考えに囚われている僕の目の先で、影が揺らいだ。
 まるで遠くに見える蜃気楼のように、その影は揺らいで、一人の少年の姿を映し出す。
 栗色の髪に、薄茶色の瞳。
 砂漠に立ち現れるエキゾチックな姿は、まるで妖精王オーベロンが気まぐれに連れてきた東洋の少年を思わせる。
 そんな彼のことを、僕はよく知っている気がした。――少なくとも、その姿に郷愁の念が湧き起こる。
(とても懐かしい……)
 彼は、ずっとそばにいてくれた。
 この旅路が始まってすぐの頃から、ずっと僕を見守り続けていた。
 だから、礼を言おうと口を開くが、出てきたのはまったく違う言葉だった。
「どうか」
 僕は懇願する。
「どうか、僕に水を――」
 そして、目が覚めた。

 
 イギリス西南部にある全寮制パブリックスクール、セント・ラファエロ。
 とある午後に、図書館の自習室で僕がペットボトルの水を飲んでいると、目の前で問題を解いていたリオ・トウリが顔をあげて言った。
「アシェル、最近、よく水を飲んでいるよね?」
 彼は「桃里理生」と名前の漢字表記ができるように、日本からの転入生で、英語に若干不慣れな分、授業に追いつけず、進級を前に危機的状況に陥っている。
 そこで、救済措置として、彼の勉強のフォローを――おもに、その日の授業の復習と次回の簡単な予習だが――僕が担当することになった。
 自己紹介が遅れたが、僕の名前は、アシェル・ユージーン・メイヤード。自分で言うのもなんだけど、成績は優秀で面倒見もまあまあいいほうだ。
 そして、このリオとは、部屋こそ違うが同じ寮で、同学年の中ではおそらく一番仲がいい。僕の場合、元来、あまり誰かと親密になりたがる性格ではないのだが、彼とは、不思議と気が合い、あっという間に打ち解けた。
 ただ、対等な付き合いかというと、あまりそういう感じではなく、どことなく危なっかしくて彼のことを放っておけない、というのが正直なところだ。
 僕は、飲み終わったペットボトルをゴミ箱に投げ入れながら答える。
「そうだね。妙に喉が渇くんだ。――ということで、購買部に新しい水を買いに行ってくるから、その間、問3までを終わらせておいてくれるかい?」
 そう言って立ち上がりかけた僕に、リオは「ああ、それなら」と言って、トートバッグから水のペットボトルを取り出して差し出した。
「これ、あげるよ」
「え、でも、君の分だろう?」
 彼は、なかなか繊細で、転入当初、こちらの水が体質に合わず体調を崩してしまった。以来、学校側の承諾を得て、日本から水を送ってもらい、それを飲むようにしているのだ。
「そうなんだけど、なんかそんな気がしたから、アシェルの分も持ってきたんだ」
「へえ」
 意外だった僕は、水のペットボトルを受け取りながら訊き返す。
「それなら、遠慮なくもらうけど……、『そんな気がした』っていうのは、僕が喉が渇いていそうだって?」
「うん。理由はないけど、なんかね」
「まさかの予知?」
「そんな大袈裟なものではないよ。日本では『虫の知らせ』って言うんだけど、こっちではそういう表現ってないのかな?」
「虫の知らせねえ。……日本の虫は、親切なんだな」
「かもしれない。季節の変わり目を教えてくれるし」
 ふたたび謎めいたことを言うと、リオは問題を解くことに集中し始めた。
 前言撤回。
 ただ単に彼が危なっかしいから放っておけないのではなく、この神秘性ゆえに目を離せなくなるのだ。
 とはいえ、今は彼の勉強を邪魔するわけにもいかず、僕はペットボトルのキャップを開けながら、彼のつむじを見つめる。
 常温なのに、清冽さを感じさせる、すっきりとした味わい。 
 それは、リオそのものという感じがして、僕はふと思う。
(なんだろう、この懐かしい感じ……)
 まるで、砂漠でオアシスを見つけた時のような、安堵感と郷愁がないまぜになった奇妙な感覚だ。
 そんな僕の気持ちを撫でるように、窓から吹き込んだ風がノートのページをはためかせた。  

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