『電子オリジナル 恋する救命救急医
ミステリアス・アイズ』特別番外編「ピロートーク」
春原いずみ
貴志颯真の目……虹彩は緑色をしている。クリアなグリーンではなく、オリーブグリーンといわれる少しグレイとイエローみのあるグリーンだ。
「不思議な色だよなぁ……」
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ベッドで一つの枕を共有しながら、森住英輔は恋人の美しい瞳をまじまじと見つめていた。
「あなたの目もちょっと不思議な色ですよ」
貴志は長い指で、すっと森住の目元に触れる。
「日本人の虹彩の色は、ブラウンがほとんどだと思っていましたが、あなたの虹彩は黒に近いんですね」
「あー? そうなのか?」
自分の目などじっくり見たことがない。
「ええ。虹彩の色がとても濃い上に、あなたの眼球結膜……白目の部分はブルーを帯びているので、たまに光の入り具合で虹彩がブルーブラックに見えます。とても魅力的ですよ」
「……そりゃどうも」
自分の目の色などどうでもいい。
「颯真はグリーンの瞳だけど、優真さんはブルーだよな?」
「ええ。特に優真は明るいブルーアイなので、陽射しがとても苦手です。夏になると、サングラスが手放せません。ですから、雨や曇りの多いロンドンは過ごしやすいようです」
貴志の双子の兄である優真は、イギリスに帰化している。クリアで明るいブルーアイの持ち主で、貴志とはほぼ同じ顔立ちをしているのだが、顔から受ける印象がかなり違う。貴志はどこかミステリアスな雰囲気を持っているが、優真は明るい陽性のムードを持つ。
「私の両親は共にブルーアイです。父はダークブルー、母は優真のように明るいブルーです。ですから、私たちが生まれた時、私だけがグリーンの目だったので、両親は少し不思議に思ったようですね。まぁ、子供の虹彩の色は変わりますから、あまり気にはしていなかったようですが」
「えーと、虹彩の色の遺伝ってのは……」
眼科学の基礎などとっくに忘れている。
「人間の虹彩の色を決定する大きな因子は、EYCL1とEYCL3という二つの遺伝子と言われていますね」
貴志がゆっくりとした口調で言った。
「EYCL1の優性遺伝子がグリーンで、劣性遺伝子がブルー。EYCL3の優性遺伝子がブラウンで、劣性遺伝子がブルー。他にもいくつかの遺伝子の影響を受けて、虹彩の色は決定されます」
「へぇ……」
全然覚えていない。
「そういえば、俺、颯真のご両親の顔、見たことないや」
貴志の祖父母には何度か会っているが、彼らは貴志と血が繫がっているわけではない。貴志の父が日本に帰化して、貴志家の養子に入り、母は結婚してからの帰化だ。
「向こうの人って、家族の写真とかよく飾るだろ? 颯真はそういうことしないわけ?」
「優真の部屋にならありますよ」
貴志はさらりと応じる。
「そうですね。言われてみると、私にはそういう習慣がありません。あまり気にしたこともありませんでしたが」
「帰化したってことは……颯真のご両親って、日本名を持ってるってことだよな」
「はい。父は貴志真吾、母は貴志美佳子です。まぁ、見た目はブルーアイですし、父はブロンドですから、相当おもしろいことになってますけど」
「へぇ……颯真のお父さんはブロンドなんだ……」
「ええ、いわゆる金髪碧眼です。子供の頃は帰化なんてことはわかりませんから、どうして、父は祖父母とまったく似ていないのか、本当に不思議でした」
貴志はくすりと笑った。
「両親共に、私が物心ついた頃には日本語を普通に話していましたから、彼らの外見は別にして、日本名を持っていることに対しての違和感はありませんでした。祖父母も当たり前のように、父を『真吾』と呼んでいましたし、母のことは『美佳子さん』と呼んでいました。父のイギリス名が『ウィリアム・アーサー』、母のアメリカ名が『エリザベス・ミシェル』と知ったのは、ずいぶん後になってからでしたね」
「あ、それそれ」
森住はぱちんっと指を鳴らす。
「前から聞こうと思ってたんだ。向こうの人って、ミドルネームっての? 名前二つあるじゃん」
「二つとは限りませんけどね」
貴志はふわりと身体を返して、上を向く。
「ミドルネームが多ければ多いほど、何だか貴族っぽい感じに見えるらしいです。ちなみに父のミドルネームは父の祖父のファーストネームだそうです。母の方は名付け親のファーストネームと聞いています」
「それさ、颯真はないの? ミドルネーム」
「ありませんよ」
貴志は「何でそんなことを聞くのか?」という表情をしている。
「日本の場合、ミドルネームをつけることは基本的にできません。戸籍への登録ができないんですよ。つけるとしたら、無理矢理に名前の方にくっつけるしかないそうです。つまり、名前がやたら長くなるということですね」
「ふぅん……」
「ああ、でも、優真にはありますよ」
貴志が思いだしたように言う。
「彼はイギリスに帰化しているので、イギリス名を持っていますから。優真のイギリス名はオリヴァ・ユーマ・ジョーンズ。ジョーンズはもともとの父方のファミリーネームです」
「え? 優真がミドルネームなの?」
「はい。彼としては優真をファーストネームにしたかったらしいのですが、綴りや発音の関係で、諦めたようです。やはり、ビジネスを行う上で使う名前でもありますから、イギリス人として、ある程度ポピュラーなものの方がいいと考えたようです」
「へぇ……」
日本人としては、目から鱗の話ばかりだ。
「何か……世界は広いなぁ……」
ぽふんと枕に顔を埋めて、森住は恋人の美しい横顔を見つめる。
「颯真」
「何ですか?」
そろそろ外が明るくなってきた。もうじき夜が明ける。
「その広い世界でさ……俺たち、よく会えたよな」
目の色も、名前の長さも違う国の片隅で。
「奇跡……かな」
「いいえ」
少しセンチメンタルにつぶやいた森住を、貴志はクリアな声音で遮る。
「必然です」
くるりと顔を横に向け、森住をオリーブグリーンの瞳で見つめる。
「あなたと私が会えたのは必然です。運命と言ってもいい」
この広い世界で、同じ時代に生まれて。そして。
「愛しています」
いつものように、迷いの欠片も見せずに恋人は言う。
「英輔、あなただけをずっと愛しています」
「ああ」
だから、迷うことなく頷く。そっと手を伸ばし、大好きな栗色の長い髪をすくい上げて。
「俺も愛してるよ」
髪にキスをして、そして、そのまま腕を伸ばして、恋人を抱きしめる。
「……まだ夜だよな」
「ええ」
恋人が艶やかな笑みを浮かべた。
「もう一度くらいは愛を確かめ合えそうです」
朝が来る前に。また走りだす前に。
もう一度だけ、あなたを感じたい。
甘く深いキスを交わしながら、二人はとっぷりと堕ちていく。
まだ……朝は来ない。
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著者からみなさまへ
こんにちは、春原(すのはら)です。『電子オリジナル 恋する救命救急医 ミステリアス・アイズ』 のメインは、電子オリジナルではすっかりおなじみとなりました貴志×森住です。デンジャラスな始まり方をした魔王・貴志と森住ですが、この頃は関係も安定して、普通のカップルになったと思いきや……というのが今回のお話。森住にとって、ずっとミステリアスな存在である魔王。その魔王の素顔が垣間見えるストーリーをお楽しみください。ほんの少しミステリー風味です。ほんの少しですが。