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『電子オリジナル 恋する救命救急医 シンデレラナイト』

春原いずみ/著 緒田涼歌/イラスト

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STORY

『電子オリジナル 恋する救命救急医 シンデレラナイト』

「もっと……可愛がってやるからな」

周囲の恋人たちが忙しい合間をぬって相手と旅行する時間を捻出していることを知り、自分と神城(かみしろ)をかえりみて、筧深春(かけいみはる)は少しだけ残念に思ってしまう。そんなある日、奇跡的にふたりの休日が二日間も重なることに気づいた筧は、神城との特別な時間を過ごしたいと考えるのだが……? 電子オリジナルノベルに、キング編の神城×筧カップル登場!

著者からみなさまへ

こんにちは、春原(すのはら)いずみです。「恋救」の新作は、神城×筧です! 救命救急センターではスーパーナースの筧くんですが、プライベートでは結構甘えたがりだったりもします。そして、可愛い恋人を甘やかすことにかけては、右に出る者のいないスパダリ界のキング神城。そんな2人の甘々な日常をちょっと覗いてみてください。あなたも幸せになれる……はず。どうぞ、ごゆるりとお楽しみください。

special story

書き下ろしSS

『電子オリジナル 
恋する救命救急医 シンデレラナイト』
配信記念
特別番外編「陽だまりティータイム」
春原いずみ

 
 カフェ&バー『le cocon』のすぐそばに、白亜の洋館がある。
 ロマンティックな雰囲気のその建物には、広々とした芝生の庭がついていた。大きく枝を広げる桜の木と、さまざまな色合いの花を咲かせる薔薇園……そして、この季節、甘くたおやかな香りを振りこぼす藤棚。華やかな季節ごとの花の競演。

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「まるで……花びらのカーテンだ……」
 白亜の洋館は美術館である。年に数回の企画展の他は、アールヌーボーやアールデコの美術品を中心とした常設展と、この美しい庭が見学者たちの目を楽しませている。
「へぇ……藤って間近に見るとこんな感じなのか」
「間近?」
 豪奢な薄紫や白の藤の花を眺め、感嘆のため息をついていた筧深春は、はい? と振り返った。
「どういうことですか?」
「ああ……学生時代に裏山ってのかな? 山に生えてるのを遠目に見てた。まるで紫の粉を振りかけたみたいに見えた」
 情緒もへったくれもない表現をするのは、当然のことながら筧の恋人の神城尊である。
「粉……」
 一瞬絶句してから、筧はこの人はこういう人だよなと思い返す。
「……山の中ってことは、英成学院ですか?」
「ああ。自然だけが取り柄の場所だからな」
 混む前にと、朝から近所にできたドッグランに犬たちと遊びに行った。おかげで愛犬たちは今、ぐっすりとお昼寝中で、筧と神城は二人きりの散歩としゃれ込んだのである。
「何なら、今度行ってみるか? 来年にでも」
「ら、来年ですか?」
 神城はよくも悪くも計画性のない男である。その場その場で反射的に対応する能力に優れているタイプなのだ。その神城が来年とか言い出したので、筧は驚いてしまう。
「ああ」
 あっさりと神城は頷いた。
「毎年、春にな、英成の寮祭があるんだよ。一般公開はされてなくて、OBには招待状が来る。招待状一通につき、一人を同伴できるから、おまえを連れて行ける」
「ずいぶん厳格なんですね……」
 寮祭というから、学園祭の一種かと思っていたのだが、そうではなさそうだ。
「厳格というか……男子校の寮だからな、あんまり女性に見せたくないようなものもあるし、そんなに広い場所じゃないから、たくさんの人に来られても困る」
「ああ、そうか……そうですよね……」
 寮生活をしたことのない筧にはぴんと来ない話だが、自分が普段生活しているところを大勢の人に覗き込まれて喜ぶ者はいないだろう。
「今年の寮祭は、確か先週だったはずだ。だから、来年」
「あてにしないで待ってます」
 筧は肩をすくめて答えた。この人が一年後まで約束を覚えているとは思えない。でもまぁ、自分の母校を見せてもいいと考えてくれたことは、素直に嬉しい。
「しかし、きれいなもんだな」
 ゆっくりと藤棚に歩み寄りながら、神城が言った。
「こんなにきれいなら……うちの庭に作ってみるか」
「え?」
 確かに、神城と筧が住む家の庭はとても広く、藤棚くらいは作れそうだが。
「先生?」
「いや、夏にもこの勢いで葉っぱが繁るようなら、あいつらが下で遊べるかなって」
 神城の言う『あいつら』とは、当然のことながら、柴犬トリオである。
「……そうですね。藤棚は夏になると日除けになると聞いたことがあります」
「それならいいな。ちょっと考えてみるか……」
 藤棚の下に立つと、より花の香りは甘い。ふわふわと風に乗って頰を撫でる香りには、ゆっくりと吸い込むとふわっと喉の奥まで甘くなるような優しさがあった。
「いい匂い……」
 こんなにいい香りが庭に漂ったら……どんなに素敵だろう。
“やっぱり藤棚作ってもらおう……”
 薄紫、白、そして淡い桃色……ゆったりと風に揺れる藤の花を見上げながら、筧は小さく頷いたのだった。


「筧くんっ!」
 ふいに声をかけられて、筧は慌てて足を止めた。くるりと周囲を見回す。
「こっちだよ、こっち!」
 少し上の方から声が聞こえて見上げると、すぐ目の前の家、二階のテラスから宮津晶がにこにこして手を振っていた。
「宮津先生……」
 え、何で? と思ってから、ああと頷いてしまった。そういえば、ここは『le cocon』のすぐ後ろになる。『le cocon』のマスター 藤枝脩一と、彼の恋人である宮津が一緒に暮らしている家なのだ。
「寄っていかない? 急ぐ?」
「いえ、全然。ちょっと待ってくださいね」
 そう答えてから、筧はさっさと先に歩いていた神城をつかまえる。長身なだけあって、神城は歩幅が大きく、歩くのがかなり速い。ちょっと立ち止まっていると、すぐに置いて行かれてしまう。
「神城先生もご一緒にどうぞ」
 宮津がくすくす笑っている。
「ちょうどお茶にしようと思ったところだから」


 可愛らしいリースが飾られた扉を開けて、宮津が迎えてくれた。そういえば、彼と藤枝が一緒に暮らし始めたことは当然のことながら知っていたが、家を訪ねるのは初めてだ。外は赤レンガ、内装はオフホワイトと木目調で統一された、すっきりとシンプルな感じの家で、とても中古住宅には見えない。
“素敵な家だなぁ……”
 もちろん、神城と一緒に住んでいる古い家も気に入っているが、こんな風に可愛らしい家もいいなと思う。
“宮津先生と藤枝さんにぴったりの家だ……”
「いらっしゃい。どうぞ、入って」
 宮津がにこにこしながら、スリッパを出してくれた。
「えらくぴかぴかだが、ここは築何年だ? リフォームしたのか?」
 神城も筧と同じことを考えたらしい。
「いえ、特に不都合もなかったのでそのままです。もともと築三年くらいでしたし、ご夫婦お二人暮らしだったそうで、ほとんどいたんでなかったんです」
 広めの廊下を通って、宮津が二人を招いたのは、明るいダイニングだった。
「これは……広いな……」
 神城が感嘆したように言う。
「いらっしゃいませ」
 店と同じ口調で言ってから笑ったのは、エプロンをかけた藤枝だ。
「こんなところで申し訳ありません。この家で一番明るくて、気持ちいいのがここなので」
 ダイニングは恐らく二十畳はあると思われるくらい広かった。アイランドタイプのキッチンセットに、思わず胸が高鳴る料理好きの筧である。木目調のキャビネットと黒の天板の組み合わせがとてもおしゃれで素敵だ。
「晶、神城先生と筧さんに庭を見ていただいたら? その間にケーキとお茶を用意しておくから」
「あ、俺、お手伝いします!」
 反射的に筧は言っていた。
「あ、あの……手ぶらで来ちゃったし……」
 筧のめずらしい上目遣いに、藤枝がくすりと笑った。
「……じゃあ、お願いしようかな。晶、何だったら、パーゴラの設置について、神城先生のご意見をうかがったら? 先生のご自宅には、広いお庭があると聞いているし」
「あ、そうだね」
 宮津がにこりとした。
「先生、こちらへどうぞ。庭の半分くらいはウッドデッキなので、スリッパのままで大丈夫ですから」
 宮津と神城が庭に出ていき、広いキッチンには、藤枝と筧の二人になった。
「筧さん、こちらへ。キッチンをご覧になりたいんでしょう?」
 お見通しというわけか。筧はこっくりと頷いて、藤枝が立っているシンク側に回った。
「ふわぁ……四つ口コンロですか……。水栓もセンサー式なんですね。いいなぁ……」
「確かに、これは便利ですね。おかげで、ここに越してきてからは、『le cocon』で料理をすることはほぼなくなりました。ここで作って、店ではあたためる程度です。ケーキやクッキーも、ここですべて焼いています」
 藤枝はコンロに可愛らしいケトルをかけて、お湯を沸かし始める。
「筧さん、冷蔵庫からケーキを出していただけますか? 昨日焼いたウィークエンドシトロンがありますので」
「レモンのケーキですね? あれ、美味しいですよね。白い砂糖衣もレモンの味がして」
「グラスアローですね。あれは粉糖をレモン汁で溶くんですよ」
 藤枝は、シンクの後ろにある大きなシェルフから紅茶の缶を取り出していた。ティーポットとお揃いのマグカップを二つ。少し迷う風を見せてから、別のマグカップを二つ。
「お揃いで散歩ですか?」
 藤枝が優しい口調で言った。筧ははいと頷く。
「うちの犬が昼寝しているうちにと思って。美術館の庭で藤を見てきました」
「ああ……きれいですよね」
 藤枝は微笑む。
「さっきも言いましたけど、ここの庭にもパーゴラを作ろうと思って」
「パーゴラ?」
「藤棚にしようかと。今年はもう遅いんですけど、せっかく庭があるんだし、パーゴラを作って、その下に小さなベンチでも置いてみたらいいかなと」
 お湯が沸いた。藤枝はポットにまずお湯を入れる。なぜかポットは二つだ。
「あ、さっき俺たちもそんな話してたんです。藤棚って、花が終わっても葉が繁るから、木陰になるでしょう? そしたら、うちの犬たちを夏でも遊ばせられるかなって……」
 言いかけて、筧ははっと我に返る。同時に、藤枝がくすくすと笑いだした。
「何だか……筧さんのわんちゃんたちは、神城先生と筧さんの子供みたいですね……」
 思ったことを言われて、筧は耳まで赤くなってしまう。
 否定できない。確かに、自分たちは柴犬トリオとセットで家族という感じになっている。対して、藤枝と宮津はラブラブの恋人同士だ。その雰囲気の違いはどこから来るのだろう。恋人としてのつき合いの長さは、ほぼ変わらないはずなのに。
「……何か間違ってる気がする……」
 思わずつぶやいた筧に、藤枝は穏やかに言った。
「私は、先生と筧さんの関係をとても素敵だと思いますよ。先生は筧さんをとても頼りにしているし、大事にしている。筧さんもそうでしょう? 先生を頼もしく思っているし、面倒見てあげなきゃとも思っている。パズルのピースがかちりとはまるように、唯一無二のパートナーという感じで、とても素敵だと思います」
 ポットがあたたまったところで、そのお湯をカップに移してカップをあたため、ポットにはたっぷりの茶葉を入れ、ジャンピングさせるために、ケトルから勢いよくお湯を注ぎ、蓋をした。
「私と晶は、まだその域には達していないんですよ。これはほぼ私の責任なんですが、晶に頼らせてあげることができない。私の中にある不安定さが、たまに彼を不安にさせてしまう……」
「そ、そんなことないですよ……っ」
 あたためたナイフでケーキを切りながら、筧は言った。
「俺から見て、宮津先生と藤枝さんはすごく……すごくお互いが大好きなカップルだと思います。何か……見ていて恥ずかしくなるくらい、お互いが好きなんだろうなぁって……」
「そうでしょうか……」
「そうですよ……っ! あの……俺、時々ですけど、宮津先生がすげーうらやましくなります。うちの先生って……藤枝さんみたいに、考えてること全部わかってくれるような察しの良さって皆無だから……」
 そっと顔を上げると、明るい光を浴びながら、庭で笑い合う神城と宮津の姿があった。屈託のない笑顔の神城と少しはにかんだ柔らかい笑みの宮津。
“でも……やっぱり……”
「大好きなんでしょう?」
 藤枝が、もう一つのポットに茶こしをセットして、紅茶を注ぎながら言った。なるほど、こうやって茶葉を抜いてしまえば、紅茶が濃くなり過ぎることもないわけだ。
「……はい」
 さすがの察しの良さである。藤枝は穏やかに微笑んでいた。
「お茶とお菓子の用意ができましたね」
 レモンの香りのする素朴なケーキと香り高い紅茶。
「二人を呼んできて下さい。お茶を注いでおきますから」
「はい」
 幻想の藤の香りがふっと頰を包んでくれた気がした。
 さぁ……愛するあなたと素敵なティータイムが始まる。

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