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『電子オリジナル 恋する救命救急医 ウィステリアの君へ』

春原いずみ/著 緒田涼歌/イラスト

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STORY

『電子オリジナル 恋する救命救急医 ウィステリアの君へ』

「恋救」シリーズいちの癒やしカップル・藤枝×宮津編!

藤枝の元に、彼の出身校である英成学院からの「寮祭」の招待状が届く。藤枝に誘われ、宮津も一緒に参加するが、そこで意外な恋人の過去を知ることになって……。果たして、初めて明かされる「ウィステリア(藤)の君」の思い出とは?

著者からみなさまへ

春原(すのはら)です!『恋する救命救急医 ウィステリアの君へ』は、お待ちかねの甘々カップル藤枝×宮津の登場です。出会った時からお互いに惹かれ合い、「恋救」キャラの中でも一番すんなりとカップルになったような気がする二人ですが、長くつき合っていくと、ほんの少しだけさざ波が立つ時もあるようです。「恋救」きっての大人キャラ・藤枝と有能なのに可愛さを失わない宮津の少しビターで、でも甘いエピソードをお楽しみください!

special story

書き下ろしSS

『恋する救命救急医 ウィステリアの君へ』配信記念
特別番外編「陽だまりティータイム2」
春原いずみ

 
「先生っ!」
「おわっ!」
 ふいに後ろからシャツを摑まれて、神城尊はひっくり返りそうになり、慌てて前に踏ん張った。

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「こら、深春っ!」
「先生、歩くの速過ぎです」
 神城は、恋人の筧深春と二人、午後の散歩と洒落込んでいた。朝からドッグランに連れて行き、たっぷりと遊ばせた犬たちが昼寝に入ったのを幸いに、久しぶりに二人きりで美術館の庭に藤を見に来たのだ。
「宮津先生が寄っていかないかって、おっしゃってますけど」
「宮津先生? 何で?」
 二人で歩いていたはずだがと、きょとんとしている神城に、筧はくいくいと親指で上を示した。神城が見上げるとそこには、にこにこと二階のテラスから手を振る宮津晶の姿があった。
「ああ……そうか……」
 レンガ造りの可愛らしいこの家は、宮津と恋人の藤枝脩一が住んでいる家だったのだ。
「神城先生もご一緒にどうぞ。ちょうどお茶にしようと思ったところだから」
 宮津の笑顔に誘われて、神城は筧と顔を見合わせてから頷いていた。

 
「しかし、きれいなもんだなぁ……」
 筧は、宮津たちの新居の素敵なキッチンに釘付けのようだったので、神城は藤枝に勧められるままに、宮津と共に可愛らしい庭に出た。
『――晶、何だったら、パーゴラの設置について、神城先生のご意見をうかがったら? 先生のご自宅には、広いお庭があると聞いているし』
 庭といっても、神城の自宅の庭のような広々としたものではなく、本当にこぢんまりとした小さな庭だ。半分くらいがウッドデッキになっていて、藤枝が育てているらしい薔薇の鉢がいくつか置いてあり、たたまれてはいるが、素敵なデッキチェアも二つあった。きっと天気のいい日には、二人で日光浴したりもしているのだろう。
「とても、中古住宅には見えんな」
「築浅でしたし、はっきり言っちゃうと、ここに住んでいらしたご夫婦は、あまりおうちにはいらっしゃらなかったようです」
 神城の問いに、宮津が笑って答えた。
「ご主人はここを建ててじきに海外に単身赴任になったそうですし、料理研究家の奥さんはここで料理教室なんかをやっていらしたみたいですけど、どっちかというと外に教えに行くことが多かったみたいで」
「それでキッチンがあの広さなのか」
「賀来さんと篠川先生のおうちのキッチンに匹敵しますよね。俺も最初はびっくりしましたけど、プロ仕様なので、脩一さんは使いやすいみたいで喜んでますし、俺も一緒にキッチンに立つことができるので、ありがたいです」
 二人はウッドデッキの端に立ち、生け垣に囲まれた可愛らしい庭を眺めた。ほっそりとした白樺が一本立っていて、さわさわと緑の葉が風に揺れている。ふんわりと流れる花の香りは、近くにある美術館の庭のものか、それとも、ウッドデッキにある薔薇のものか。小鳥のさえずりも聞こえて、もう癒やし効果抜群という感じである。
「へぇ、宮津先生も料理するのか?」
 神城の感心したような声音に、宮津は「いいえ」と首を横に振った。
「脩一さんを手伝う程度です。『le cocon』で出すお料理もお菓子もほぼ全部ここで作るので、少しは覚えましたけど、筧くんレベルは無理です」
「いや、あいつは……ちょっと特殊だから」
 筧の家事スキルの高さはちょっと異常なレベルだ。ナースをやめても、伝説の家政婦になれそうである。
「なぁ、宮津先生」
 この可愛い庭に、藤枝はパーゴラを作りたいと言っていたが……と考えながら、神城は言った。
「……今さらだけど、何で、今のタイミングで同居することにしたの?」
「え……?」
「だってさ、結構つき合い長かっただろ? それなのに、頑ななまでに同居しなかっただろ? 何でかなって」
 ちらりと見たキッチンでは、藤枝と筧が楽しそうにケーキを切ったり、紅茶を淹れたりしながら、何かを話している。
「うーん……」
 宮津は一生懸命考えているようだ。さらさらとした素直な髪を指先でいじりながら、じっと白樺の梢を眺めている。
「……天秤が」
 考えた末に、宮津が小さな声で言った。
「天秤が……傾いたんです」
「え?」
「……一緒に住む方に。今までは一緒に住む方より、お互いの生活時間のズレとか……嫌な言い方ですけど、世間体とか……そっちがほんの少し重かったんです」
 何事にも真面目な宮津らしい言葉だった。
「でも、いろいろなことがあって……俺の家の事情とか、脩一さんの……昔のこととか……いろいろお互いに知ることがあって……あとはタイミングですね」
「ああ……ちょうどここが売りに出てたって言ってたな。『le cocon』を賀来が手放す時に」
「ええ。一緒に住むなら、やっぱりお互いに無理のないところがいいと思ったし。ここなら、脩一さんのお店にも、俺の職場にも近いし、マンションじゃなくて一軒家だから、お互いのテリトリーも分けられる。俺が朝早く呼び出しくらっても、脩一さんを起こさないことも可能かなって……」
「でも」
 神城は笑いをかみ殺す。
「結局、ずっと一緒にいるんだろ? ベッドルーム二つあっても、一つしか使わないだろ?」
 かなりあけすけに言うと、宮津は首筋まで真っ赤になった。まったく……いくつになっても、彼は純情だ。カップルとして、それなりに長いつき合いだ。プラトニックなはずなどない。それでも、宮津と藤枝の間には、不思議な清潔感がある。
「俺もそうだから、よくわかる。別に変な時間に起こされても、腹も立たねぇし。かえって、こっそり知らないうちに出かけられたりする方が寂しいし、何か、傷つくよな」
 神城の言葉に、宮津はこっくりと頷いた。
「何で俺、くだらないことにこだわってたんだろうと思います。そんな俺のつまらないこだわりを、脩一さんはずっと尊重してくれていたんです。ずっと……待っててくれた」
「まぁ、それは藤枝の性格だよ。俺なんざ、ほとんど力業で深春を家に連れ込んじまったし、賀来は篠川の隣の部屋をさっさと買って、壁をぶち抜くための改装業者を手配したって言ってた。藤枝は……宮津先生を待っていたかったんだよ。あいつは……そういうやつだ」
「脩一さんと……英成学院に行ってきました」
 宮津がぽつりと言った。
「後輩の方が……英成学院の先生になっていて、脩一さんのことをとても慕っているようで……」
「ああ……寮祭だな。俺も来年は、深春を連れて行ってやろうと思ってる」
 山の中の小さな全寮制学校、英成学院。あの閉じられた世界で過ごした六年間は、他校との関わり合いもほとんどなく、確かに失ったものもあったとは思うが、得られたものも大きい。環境が特殊すぎて、なかなかOB以外には理解しがたいことも多いようだが、神城はあの空気感が嫌いではなかった。少なくとも、神城を重すぎるバックグラウンドから解き放ってくれた……今の神城尊にしてくれた場所であることは間違いない。
「前だったら、俺、きっと、俺の知らない脩一さんを知っている人に会ったら……すごく嫉妬しちゃったと思うんです」
「宮津先生の嫉妬って、何か可愛い感じだな」
「そ、そんなことないです……っ。ブチ切れるし、拗ねるし……」
「可愛いじゃねぇか」
 筧もたまにブチ切れたり、拗ねたりするが、それも可愛くて可愛くて仕方がない神城だ。そういう時は、ついベッドに連れ込んで、思い切り可愛がって啼かせてしまうのだが。
「そ、それでですね」
 またほんのりと赤くなってから、宮津は言葉を続けた。
「前は……そんな風になっちゃってたんですけど、何か……この前は、俺の知らない脩一さんを誰かが語って……それを聞くのが、何だか嬉しかったんです。俺の知らない、いいところがまだまだたくさんある……これからそれをどんどん知っていくことができるんだって。もちろん、まだちょっと嫉妬もしちゃいますけど、過去にはどうやったって戻れないわけだし、それなら、そのことを楽しみに変えちゃった方がいいかなって……」
「宮津先生……」
 物静かな二人の間であたためられていった愛の形に、神城はちょっと言葉を失ってしまう。
 “らしいと言えばらしいが……”
 一歩ずつ。本当に一歩ずつ、ようやく二人は、この素敵な家で共に暮らすことにたどり着いた。もどかしいと言ってしまえばそれまでだが、二人の間にある、柔らかく穏やかな空気感は、こんな風にお互いを思い合う深い心から湧き出てくるものなのだろう。
 風が渡る。白樺の枝を撫で、薔薇の花びらを震わせ、小鳥の声を乗せて、優しい風が吹く。
「実は、うちの庭にも藤棚を作ろうと思ってるんだが」
 神城は言った。
「ここにも可愛い藤棚を作ってみたらいい。さっき深春が調べていたが、種から育てると、花が咲くまでにはどうやら年単位の時間がかかるらしい。だが……先生と藤枝は、それも楽しみにできるだろう?」
「ええ」
 宮津は微笑んで頷く。
「何年でも……待てますから」
 もう、離れることはないから。
 この美しい庭と可愛らしい家で、一緒に暮らす。
 そう決めたから。
「先生……っ!」
 キッチンから、筧の元気な声が聞こえた。
「ケーキ切りましたよ! 紅茶もはいりましたから、中へ」
「ここはおまえの家じゃないぞっ」
 笑いながら、神城は宮津をそっと促す。
「いい……家だ」
「ありがとうございます」
 宮津も微笑む。
 柔らかな陽の射し込む明るいこの家で。
 さぁ……愛するあなたと素敵なティータイムが始まる。

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