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ホワイトハート X文庫 | Web連載小説
セント・ラファエロ物語
~アナザーピープル~
「第5話」アーサー・オニールの憂さ晴らし

 自分の精神状態に一抹の不安を覚えつつ歩いていると、学生会館の前でヴィクトリア寮(ハウス)の筆頭代表であるシモン・ド・ベルジュと、その友人であるユウリ・フォーダムに出くわした。
「やあ、オニール」
「ああ。ユウリにベルジュか」
 その気の抜けた返事に、ユウリが心配そうな顔を向けてくる。
「どうしたの、オニール。何か元気がないみたいだけど」
「いや。そんなことはないさ。……それより、そっちこそ、相変わらず、いつ見ても一緒にいるんだな」
 とっさに怨(うら)めしげな口調になってしまったようで、困ったように一度シモンを見あげたユウリが、様子を窺(うかが)うように申し出る。
「…………これからシモンとカフェテリアでお茶をするつもりだけど、もし時間があるようなら、オニールも一緒にどう?」
「え、いいのか?」
「もちろん」
 快諾するユウリの横で、シモンは優雅に肩をすくめただけだった。

バッキンガム宮殿正面の外観
バッキンガム宮殿正面の外観
 けれど、オニールにしてみれば、シモンの意向などどうでもいい。いや、それどころか、シモンの不満そうな顔を見られるなら、進んで邪魔してやりたいくらいである。
 そもそも、ユウリと過ごせる貴重な時間を常に独占しているシモンがずるいのであり、こうしてユウリの方からの誘ってくれたのであれば、たとえシモンが不機嫌になろうと、誘いを断るなどもってのほかだ。
 そこで、「それじゃ、お言葉に甘えて」と上機嫌で言ったオニールは、彼らと連れ立って歩き出しながら、背の高いシモンの耳元でこっそり付け足した。
「悪く思うなよ、ベルジュ」
「別に」
「でも、不機嫌なくせに」
 すると、横目でユウリが先にカフェテリアに入るのを確認したシモンが、水色の瞳(ひとみ)をまっすぐに向けて言う。
「どうして僕が不機嫌だろ思うんだい? それって、言いかえると、オニールには、僕に嫌われる心当たりがあると言っているようなものだけど」
「……相変わらず、素直じゃないね」
「別にひねくれてもいないだろう」
「まあね。でも、一言『邪魔』と言ってくれたら、僕だって遠慮したのに」
 トパーズ色の瞳にからかうような色が浮かぶのを見返し、シモンが、少し悩んだ末に短く言う。
「――――邪魔」
「遅い」
 軽く流したオニールは、鬼の首でも取ったように意気揚々とカフェテリアに足を踏み入れる。背後で、シモンのため息が聞こえた。
 ちょっといじめすぎたかと思うが、これくらいで落ち込むような男ではないので放っておく。
 保温材の容器に入れられたコーヒーを3つと、シモンとオニールはサンドウィッチを、ユウリはバナナを買って、窓際のテーブルに落ち着く。
 だが、そこにいたってユウリは、二人と一緒に来たことを後悔した。
 というのも、学園の二大巨頭が揃(そろ)い踏みしたことで、周辺のテーブルがそれとわかるほど色めきたったからだ。
 最近はよく見られる光景になったとはいえ、すぐ近くでシモンとオニールの並んだ姿を目にするというのは、下級生にとって、やはり幸運なことなのだろう。
 そわそわと落ち着きのない視線が流される中、ユウリもどこか落ち着かない気分にさせられ、げんなりする。
 ユウリにしてみれば、オニールを避ける気はないのだが、シモンとオニールに挟まれると、こういう視線にさらされるのがわかっているため、常日頃、どうしても敬遠しがちになってしまう。
 特に、高雅な印象のシモンに対する控えめなものに比べ、すでに芸能人であるオニールには、かなりあからさまな視線が向けられる。それが、よけいに、ユウリをオニールから遠ざける理由となっていた。
 心の中でため息をついたユウリは、互いの寮の近況を報告し合う二人の横で、おとなしくバナナの皮をむく。
 すると、それを横目で見おろしたシモンが、思い出したように言った。
「そういえば、うちの寮では、最近果物ドロボウが出るらしいんだ」
「果物ドロボウ?」
「うん」
 シモンが応じる横で、パクリとバナナをかじったユウリも、同意するように頷(うなず)いて、付け足す。
「けっこう被害が続出しているよね」
「そうだね。……シェークスピア寮では、そういう話は聞かないかい?」
「ああ、今のところはまだ……」
 答えるオニールだが、何か引っかかることがあるかのようにトパーズ色の瞳を伏せた。けれど、それが何か、すぐにわからず、きき返す。
「下級生同士の悪戯(いたずら)とかではなく?」
「たぶん、そうなんだろうけど、ついこの前なんか、果物を盗った、盗らないでケンカになって、けっきょくケガ人まで出てしまって、大変だったんだよ」
バッキンガム宮殿に飾られている聖獣の像
バッキンガム宮殿に飾られている聖獣の像
「……ああ。あの時のあれか。あれって、そんなことが発端だったんだ」
「そう。バカバカしさの極致だよ」
 シモンが水色の瞳をあきれたように上に向ける横で、ユウリが「でも」と下級生を弁護する。
「食べ盛りの彼らにしてみれば、バナナ一本でも大切なんだよ、きっと」
「ケンカに巻き込まれた君が、そんな甘いことを言ってどうするんだい、ユウリ」
「あれは、ちょっと油断しただけで……」
 慌てて弁明しようとするユウリの顔を覗(のぞ)き込み、オニールが確認する。
「下級生のケンカに巻き込まれたって――――、ケガは?」
「ないよ」
 ユウリがきっぱり否定し、情けなさそうに続ける。
「いくら僕でも、下級生相手にケガはしないよ」
「そんなの、わかるもんか。あいつらは、時々加減ってものを忘れるから」
「そうだよ、ユウリ。気をつけたほうがいい。それに、仲裁なんて、それこそオスカーやセイヤーズの仕事なんだ。君が手を出す必要はない」
「……それ、オスカーにも言われた」
 ユウリが首をすくめて言うと、新たな敵を見つけたようにトパーズ色の瞳を好戦的に輝かせたオニールが、ここぞとばかりに文句を言う。
「なんで、下級生が上級生にそんなことを注意するんだ。そもそも、上級生の手を焼かせる前に、自分たちで処理するのが普通だろう。謝るならともかく、忠告なんて……、おい、ベルジュ。お前のところの下級生はどういうつもりなんだ?」
「さあ。そんなことを僕に言われても」
 肩をすくめたシモンはそう言って受け流そうとしたが、オニールは眉(まゆ)をひそめてさらに詰め寄る。
「そういう悠長な態度が、あいつをつけ上がらせるんだよ。もっと厳しい態度でビシッと言ってやりゃあ、いいじゃないか」
「ユウリに近づくなって?」
「……いや」
 シモンが裏の意図を的確に指摘すると、さすがにちょっとバツが悪そうに言葉につまったオニールが、炎のように美しい赤毛をすき上げて、論旨を正す。
「そうは言ってないよ。ただ、ほら、まあ、上級生を敬えとかなんとか、他に言いようがあるだろう?」
「まあ、そうだね」
 素直に頷いて、シモンはクスッと笑う。
 どうやら、今の指摘は、カフェテリアの入り口でのやり取りに対する、ちょっとした意趣返しというところだったらしい。
 それに気づいたオニールが、複雑そうな表情で口をつぐみ、椅子(いす)の背に身体(からだ)を預けた。
 そっぽを向いてコーヒーに手を伸ばす前で、シモンも興味を失ったような顔をして彼方に視線を投げている。
 間に挟まれたユウリは、困ったように親友の高雅な横顔とオニールの華やかな横顔を交互に見てから、小さく「ハア」とため息を漏らした。
 心配するまでもなく、険悪そうに見えても、この2人の掛け合いは、ただのお遊びに過ぎない。
 それがわかっているユウリではあるが、それにしても、自分をだしにして言い争うのは心臓に悪いからやめてほしいと、年がら年中思っている。
「やれやれ」という思いでコーヒーをすするユウリの前で、思ったとおり、「ああ、そういえば」とオニールが何食わぬ顔で言い、シモンも顔を戻して話に耳を傾ける。
 北風が木の葉を散らす秋の日に、セント・ラファエロの日常はこうしてにぎにぎしく、かつ穏やかに過ぎていく。

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第6話へ続く
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