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ホワイトハート X文庫 | Web連載小説
セント・ラファエロ物語
~アナザーピープル~
篠原美季/著
「第6話」ユウリ・フォーダムの昼休み

 朝から小春日和となったその日、寮の食堂で仲間たちと昼食をすませたユウリ・フォーダムは、睡魔に襲われがちな午後の始まりに、一人で散歩に出ることにした。
 本音を言えば、親友であるシモン・ド・ベルジュを誘いたいのだが、あいにく筆頭代表である彼は、何かと忙しい。
 それがわかっているので、黙って外に出ようとするユウリに、気づいたシモンが不思議そうに声をかける。
「あれ、ユウリ。どこに行くんだい?」
「ちょっと、外の空気を吸いに……。このまま勉強机に向かっても、たぶん眠くなるだけだから」
「そう」
 そこで、ちらっと腕時計に目を落としたシモンが言う。
「残念だな。理事との会合さえなければ、僕も一緒に行くんだけど」
「そうだろうね。まあ、シモンがヒマな時に誘ってくれたら、いつでも付き合うから」
「それは嬉(うれ)しいな。約束だよ」
 水色の瞳(ひとみ)を細めて優美に微笑まれると、同性であるユウリですらドキッとさせられるほど、魅惑的だ。

キングス・カレッジの外観と構内
キングス・カレッジの外観と構内
 つい見とれてしまったユウリは、シモンの声でハッとする。
「じゃあ、また夕食の時に」
「うん」
 ひらりと上品に片手を振った友人と別れ、外に出る。
 陽(ひ)射しのやわらかな午後だった。
 冬眠の準備を始めたカエルやクマが春と勘違いして巣穴から出てきてしまいそうな穏やかさの中、どの方角を目指すか、つかの間悩んだユウリは、湖畔に沿った散歩道へとおりていく。
 太陽の光を満面に受けた湖はキラキラと輝き、その美しさは筆舌に尽くしがたい。
 さすがにボートを出している生徒はいないようだが、いっそボートで漕(こ)ぎ出してしまいたいくらい、気持ちのいい天気だった。
(そういえば、モルガーナはどうしているだろう)
 あまりに美しい景観を眺めるうちに、この湖に住んでいる高貴な妖精(ようせい)のことを思い出したユウリは、なんとも切ない気持ちになる。
 彼女との因縁は、深い。
 出会いこそ恐ろしげなものだったとはいえ、その後、ユウリは何度も彼女に助けられ、命を救われている。
 月のように白いかんばせ。
 歌うような声。
 濃紺のドレスに真珠をまとい、銀色の髪が夜の闇(やみ)に溶け込む姿は、「湖の貴婦人(ダームデュラック)」と呼ばれるにふさわしく、まさにこの世の者とは明らかに異なる華麗さを誇っている。
(ああ! なんか、会いたいかも)
 呼べば、いつでも出てきてくれると言った。
 何かあれば、加護を約束するとも。
 でも、だからこそ、ユウリは、簡単に彼女の名前を呼びたくない。優しさにつけ込み、ズルズルと甘えるような関係にはなりたくないのだ。
 ただ、本当に必要な時、手を伸ばしたらつかんでもらえる――――。それを信じて、遠くから恋い焦がれていたかった。
 そんなことを考えながら歩いていくユウリの背後で、湖面がきらきらと輝く。
 きらきら。
 きらきら。
 7色の光がはじけ、連鎖して広がる。
 その様子は、まるで、歩いていくユウリを寿(ことほ)ぐかのようである。
 きらきら。
 きらきらきら。
 と。
 ふいに、ユウリの足がとまった。
 同時に、湖面の輝きが、驚いた魚の群れのようにフワッと拡散する。

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◆ バックナンバー ◆
2008年10月1日 セント・ラファエロ物語 アナザーピープル「第1話」マーク・テイラーの隠し事
2008年11月1日 セント・ラファエロ物語 アナザーピープル「第2話」ルパート・エミリの無念
2008年12月1日 セント・ラファエロ物語 アナザーピープル「第3話」数学者と皮肉屋の不審
2008年12月25日 セント・ラファエロ物語 アナザーピープル「第4話」ドナルド・セイヤーズの休息
2009年2月1日 セント・ラファエロ物語 アナザーピープル「第5話」アーサー・オニールの憂さ晴らし
2009年3月1日 セント・ラファエロ物語 アナザーピープル「第6話」ユウリ・フォーダムの昼休み
2009年4月1日 セント・ラファエロ物語 アナザーピープル「第7話」エドモンド・オスカーの誤算
2009年5月1日 セント・ラファエロ物語 アナザーピープル「第8話」ドルイドの助言と悪魔の罠(わな)
2009年6月1日 セント・ラファエロ物語 アナザーピープル「第9話」シモン・ド・ベルジュのため息