秋色に染まった全寮制パブリックスクール、セント・ラファエロの構内。 枯れ葉が舞い、北風が吹きぬける道を、一人の少年が歩いている。 制服を身にまとう姿は、一見するとこの学校の生徒のようだが、よくよく見れば、ボサボサの髪の間からのぞく耳は鋭く尖(とが)っていて、とても人間のものとは思えない。また、時おり、地面を蹴(け)って飛びあがり、枝につかまってクルリと一回転するところなども、やはり人間わざとは思えない軽々しさだった。 彼の名前は、ピンチ。 もちろん、人間の子供ではなく、まともにお使いもできないほど早とちりばかりしている悪戯妖精(いたずらようせい)である。 彼は、現在、「湖の貴婦人(ダームデュラック)」と呼ばれる妖精モルガーナからお使いを頼まれ、ある人物にはちみつ酒を届けに行く途中だった。だが、かんじんの届け先を聞かずに妖精界を飛び出してきたため、いつまで経っても仕事が片づかず、人捜しに明け暮れる毎日だ。 「う~ん。どうしたもんか」 困った様子で、彼が嘆く。 「誰に届ければいいのか、いっこうにわからない。わからない、わからない、稚内(わっかない)って、どこかにあったっけ? ……いやいや、語呂(ごろ)合わせをしている場合じゃなく、本気でわからないぞ。いったい、オレサマは、誰にはちみつ酒を持っていけばいいのか。聞いても、誰も教えてくれないし、そもそも、今日なんて、なにか聞こうにも、人っ子一人、見あたらないときてる」 そこで、立ち止まり、額に手を置いてあたりを見回した少年の脇(わき)を、虚しさをともなった寒風が、ヒュウウと吹き過ぎていった。 「なんで、だ~れもいないんだ。いつもは、うるさいくらいに賑(にぎ)わっているこの通りであるのに、いやはや、これはどうしたことか。————あ、まさか」 そこで、ポンと手を打ち、思いついたことを口にする。 「もしかして、オレオレ、ピンチ様が、正式な使者として妖精界からわざわざ赴いてきていることがばれて、誰も彼も、穴倉に隠れてしまったんじゃなかろうか————。いや、きっとそうだ! そうに決まっている! ……でも、別に、取って食いやしないし、隠れる必要なんかまったくないんだけどな。まあ、後光が差して眩(まぶ)しすぎるとか、畏(おそ)れ多くて謁見を賜れないとか、気持ちはわからないでもないけど、オレオレ、ピンチ様としてはもっと友好的にいきたいもんだよ」 訳のわからないことを言いながら再び歩き出したピンチは、湖畔に出たところで、ようやく一人の人物に行き当たった。 青銀色の長い髪を背中で三つ編みにした、賢そうな顔立ちの男。 年の頃は、よくわからない。姿形は若いが、まとっている雰囲気に老人のような落ち着きがあって、年齢をわかりづらくしているからだろう。 男は、湖岸に折りたたみ式の椅子(いす)を出して座り、のんびり本を読んでいた。その脇には釣り竿(ざお)が立てかけてあって、糸の先が湖に沈みこんでいる。 どうやら、釣りと読書を同時に楽しんでいるらしい。 ピンチが近づいていくと、顔をあげ、少しびっくりしたように彼の姿をマジマジと見つめた。 「やあ。————あまり見かけない顔だけど、ここの生徒かい?」 「生徒と言われたら生徒ですよ。生徒と言われなくても生徒のつもりですがね。でなきゃ、こんな恰好(かっこう)はしないでしょう。もし、お姫様と言われたければ、それなりの恰好をしてきますわな。もっとも、あのコルセットって奴は大の苦手で、締めた日にゃ、雑巾(ぞうきん)のようにしぼられて、もう一滴も出やしないって」