「ユウリ・フォーダム。ユウリ・フォーダム。ユウリ・フォーダム」 まるで呪文(じゅもん)のようにその名前を唱えながら歩いていたピンチは、はちみつ酒を隠してある古いニワトコの茂みまでやってきたところで足を止めた。彼の髪の毛のように密生した藪(やぶ)になっているニワトコは、妖精界と繋(つな)がるワームホールを隠し持ち、大事なものを保管しておくのにとても便利なのだ。 「ユウリ・フォーダムっと。なんともいい名前じゃないか。なんかこう、困難を打破してくれそうな勇ましさがある」 勝手な思い込みであるが、上機嫌に言いながら、彼は茂みの中に手を突っ込み、はちみつ酒の入った壺(つぼ)を取り出す。 「てなわけで、まずはユウリ・フォーダムに乾杯しよう。まだ会ったこともない人間に乾杯するのも変だけど、景気づけの一杯は必要だし、会ったら会ったで、また乾杯することになるわけだから、先にオレサマが乾杯しておいたところで、時間差攻撃みたいなものだから、不都合はないってもんだ。なんにせよ、今のオレサマには、極上のはちみつ酒が必要不可欠、前祝いだ、前祝い」 手前勝手に理由をつけ、彼は壺を傾ける。 「ああ、ウマイ。これぞまさに、アンブロシウス。天界の飲み物ってもんだ」 いい気なものである。 それからさらに、2杯目、3杯目と飲みながら、彼は陽気に叫んだ。 「ホッホー。ユウリ様々、フォーダム万歳!」 と、その時————。 ふいに背後で声がした。 「何が、ユウリ様々だって?」 第三者の登場に、飛び上がって驚いた悪戯妖精が、壺を抱えたまま振り返れば、そこに全身を黒一色で統一した妖(あや)しげな男が立っていた。 長身痩躯(ちょうしんそうく)。 長めの青黒髪(ブルネット)を首の後ろで結んでいる。 「わわっ! 出た、悪魔!」 ピンチは、相手の正体を知っているわけではなく、ただ見た感じをそのまま言葉で表現したに過ぎなかったが、それはかなり的を射たものになっていた。 というのも、現れた男、コリン・アシュレイは、この学校の卒業生で、「悪魔の申し子」として恐れられる、まさに悪魔のように頭がよく、かつオカルトに造詣(ぞうけい)が深いことで知られる生徒だったからだ。 アシュレイが、胡乱(うろん)げにピンチを見おろしながら、問いかける。