イギリス西南部にある全寮制パブリックスクール、セント・ラファエロに、その日、一人の珍客が紛れ込んできた。 朝から秋晴れとなった、爽(さわ)やかな日である。 四方八方好きなほうを向いた剛毛を掻(か)きながら、その珍客は、一緒に歩いている人間に陽気に告げる。 「とにかく、この際、誰がユウリ・フォーダムであろうとどうでもよくてですね、はちみつ酒さえ受け取ってもらえれば、こちとらすぐにでも退散できるわけですよ。いっそ受け取ってくれた人を、ユウリ・フォーダムにしてしまうってのは、どんなもんでしょうっていうくらいで。ただ、実際のところ、そちらさんが本当に、オレオレ、ピンチ様の捜している人物かどうかって疑問が、わずか~に残っているんですが」 黙って相手の言うことに耳を傾けていたユウリ・フォーダムが、そこで軽く首を傾げた。 その横で一緒に話を聞いていたシモン・ド・ベルジュが、首を傾げるユウリから珍客に視線を移し、呆(あき)れたように言い返す。 「バカなことを――――。君、言っていることが変だよ。本人を前にして、『受け取ってくれた人をユウリ・フォーダムにする』というのは、失礼にもほどがある。――――それに、そもそも、はちみつ酒を渡す相手を捜していたはずの君が、はちみつ酒を受け取ってくれた相手をユウリ・フォーダムにするというのは、どういう繋(つな)がりがあってのことなんだい? 最終的にユウリにたどり着くことにした、その飛躍がよくわからないよ」 「それは、だから、はちみつ酒を受け取ってくれた人をユウリ・フォーダムにすれば、事足りるという……」 「だから、なぜ?」 「なぜ?」 鸚鵡(おうむ)返しに言いながら、ピンチは首をグルリと回して考える。 「なぜかと言えば、それはえっと……、ああ、そうそう、思い出した、あくまでも仮定の話ですけど、もしオレオレ、ピンチ様が、妖精王(ようせいおう)の使いで――――仮定の話ですよ、仮定の、もしもの話として言うんですからね――――、妖精王か湖の貴婦人(ダームデュラック)の使いではちみつ酒を人間に届ける途中であるとしたら、その相手はユウリ・フォーダムであるべきだって、親切な釣り人が教えてくれましたんで……。とはいえ、仮定が仮定のままだった場合は、当然結果もまた仮定になってしまうわけなんですが」 「なんだか、ずいぶんとややこしい話をしているようだけど、要は、君が届け先を聞くのを忘れて飛び出してきたというだけの話ではなくて?」 「いやいや、滅相もない、旦那(だんな)」 顔の前でブンブンと勢いよく手を振ったピンチが、大真面目に言い返す。 「仮にそうだとしても、それを言っちゃあ、おしまいよってもんで。せっかく開いていた門も閉じちまうってもんですよ。もんが門でもんなわけで」 「……言っていることがまったくわからないけど、まあいいや」 相手の言うことをまともに取り合ってもしかたないと判断したシモンが、先を急いで確認する。 「つまり、君は妖精王か湖の貴婦人の、どちらかの使いというわけだね? ……ピンチというのは、君の名前かい?」