しばらく悩ましげに考え込んでいたピンチが、パチンと指を鳴らして顔を輝かせる。 「思い出した! 確か奴さん、こう言っていたんです。『ユウリのものは俺のもの、俺のものは俺のもの』。要するに、簡略化による円満解決ですよ。そちらさんのものになるはずのはちみつ酒が、そちらさんの手に渡ってから悪魔の手に渡るのであれば、間をすっ飛ばして、最初から悪魔の手に渡してしまえばいいって――――」 筋が通っているようでまったく通っていない説明を聞きながら、シモンとユウリは残念そうな視線を交わした。なぜなら、内容はともかく、彼らには、明らかに、そういうことを言いそうな人間に心当たりがあったからだ。 しばらく見つめ合った後で、シモンが諦念(ていねん)を交えて言う。 「ほら。だから言っただろう、ユウリ。こんな茶番に付き合う必要はないよ」 「……そうだね」 今度は、ユウリも素直に認めた。 「確かに、アシュレイの手に渡ったのなら、あえて危険を冒してまで取り戻しにいく必要はないかもしれない」 「『かも』ではなく、『絶対』だよ」 シモンが、そう断言した時だ。 「それは、なんとも惜しいことだな」 彼らの背後で声がする。 「惜しい」という言葉が、これほど快楽に満ちることはないというくらい、人を食った言い方だ。 驚いて振り向いた彼らの目の先に、予想に違わず、この学校の卒業生であるコリン・アシュレイの姿があった。長身痩躯(ちょうしんそうく)。長めの青黒髪(ブルネット)を無造作に結わえ、青灰色の瞳でからかうように彼らを見ている。 目が合ったとたん、「んぎゃ!」と叫んだピンチがポンと後ろに飛びのき、瞬時にハリネズミの姿に変わった。 それをゆっくり見おろすユウリの前で、アシュレイが手にした壺(つぼ)を掲げて続ける。 「せっかくお相伴にあずからせてやろうとわざわざ出向いてやったのに――――。言っておくが、これはいわゆるアンブロシウス、天上界の飲み物だぞ。つまり、地上ではめったにお目にかかれない逸品ということだ。それを飲んでみたいと思わないとは、なんとも風情のない奴らだ」 いけしゃあしゃあと言ってのけるが、そもそも、ユウリからその機会を奪ったのはどこのどいつであるというのか。非道にも奪取しておいて、この男には反省の色もない。 呆れたように両手を広げたシモンが、諭すように告げる。 「お言葉ですが、それはユウリへの贈り物だったそうですよ。つまりあなたが持っていていいものではない。子供でもわかる理屈なのに、なぜ理解できないんです?」 「もちろん、理解しているさ。だから、俺が持っているわけで――――」 これでは、堂々巡りだ。 どうやら、世間一般に通じる常識は、アシュレイには通用しないらしい。 己の正当性に一抹の疑いも抱いてないらしいアシュレイは、「そいつも言っていたが」と草の上で丸まるハリネズミを顎(あご)で指し、居丈高に宣告する。 「『ユウリのものは俺のもの。俺のものは俺のもの』。つまり、これがユウリへの贈り物である限り、俺が手に入れて悪いことはない。……そうだろう、ユウリ?」 同意を求められたところで、絶対に「うん」とは言いがたい話だが、その場にしゃがみこんでハリネズミを抱えあげていたユウリは、チラッと厚顔無恥な男に視線をやり、ため息混じりに応じた。