イギリス西南部。 サマーセットシャーにある全寮制パブリックスクール、セント・ラファエロは、朝から秋晴れのすがすがしさに包み込まれていた。 タッタッタッタッ。 ハア、ハア、ハア、ハア。 黄色く色づいた木立の下を、規則正しい息遣いが響き、ひとりの男が軽快なフットワークで走り抜けていく。 彼の呼吸の音以外、聞こえてくるのは鳥のさえずりだけの静かな朝。木々の間に見えているのは、朝の陽光を浴びてきらきらと輝く湖面である。 この学校が内包する湖は、女神の住処(すみか)を隠す聖地でもあるのだが、もちろん普通の人間が違いを見分けるのは無理である。ただ、詩人と呼ばれる者や季節の変化に敏感な人などが、折に触れ、息をのむほど美しいと感じるくらいか。 今も、男の背景では、湖の一部に輝きが増して、透き通った美しい女性の姿が二人、三人と揺らいで見えているのだが、灰色のスウェットを身にまとう彼は、それに気づく様子もなく、フードを被った頭を地面に向け、まるで武者修行中のボクサーのような厳格さで走り続ける。 彼の名前は、マーク・テイラー。 この学校の最上級生で、全部で5つある寮のうち最西端に位置するヴィクトリア寮(ハウス)の監督生を務めている。さらに言うと、ボクサーではないが、近隣の学校に名の知られたラグビーの名選手だ。 すがすがしい陽気に気をよくしたテイラーは、いつもの行程より足を延ばすことにして、学校の西側を占めている雑木林の中に入っていった。この先の工事中となっている霊廟(モーソリアム)の跡地の手前でUターンしてくるつもりである。