立ち止まったユウリの目線の先に、ボートを係留する桟橋がのびていて、そこに1人の青年が柵(さく)に寄りかかるように立っていた。 前屈みになっているが、スラッと背が高い。 亜麻色の髪。 薄緑色の瞳。 全体的に冷たい印象があるが、ユウリは、その青年が真面目で人情味豊かな人間であるのを知っている。 彼の名前は、ドナルド・セイヤーズ。 同じヴィクトリア寮(ハウス)に在籍する1級下の生徒である。 現在、ヴィクトリア寮の寮長をつとめるかたわら、代表の一人として、筆頭代表のシモンを助け、生徒自治会(スチューデン トソサエティ)執行部を運営している。 簡単に言えば、超エリートの一人だ。 多忙な彼が、こんなところでぼんやりしているのは珍しいことで、声をかけるか、そのまま行き過ぎるか、ユウリがしばし悩んでいると、気づいたセイヤーズが意外そうに目を見開いて、背筋をのばした。 「フォーダム?」 「やあ、セイヤーズ」 声をかけられたところで、ユウリは近づいていって挨拶(あいさつ)し、さらに尋ねた。 「何をしているんだい?」 「何と言われても、天気がいいので、ちょっとぼんやりしに来ただけですけど……」 「ぼんやりしに?」 下級生の返答を繰り返し、ユウリは片眉(かたまゆ)をあげて考える。 わざわざぼんやりしに? ここまで、来た? ――――それは、なんとも信じがたい。 いや、違うか。 そうではなく、わざわざこんなところまで来ないとぼんやりできないというのが、信じられないのだ。 なにせ、ユウリは、年がら年中、ところかまわず、ぼんやりしている。 ただ、ユウリと違い、セイヤーズの場合、同じぼんやりでも、どこか憂い事を抱えているような翳(かげ)りがあって、あまり楽しそうじゃなかった。 日頃、ぼんやりすることを楽しんでいるユウリは、それが少し気になる。 なにか、悩み事でもあるのだろうか。 そんな心配をよそに、セイヤーズがきき返してくる。 「フォーダムこそ、こんなところで、何をしているんです?」 「えっ。ああ、散歩だよ」 「散歩? 一人で?」 疑わしげに言いながら左右を確認したセイヤーズは、ユウリには、必ず誰かしら連れがあるものと思い込んでいるらしい。 「もちろん。――――というか、それって、確認するようなこと?」 「ああ、すみません。ただ、たぶんこの状況をもったいないと感じる人間が大勢いるだろうと思って」 「……もったいない?」 その表現がピンと来なくてきき返したユウリに、セイヤーズは、「いえ」と言葉をにごした。 「それより、もしかして、僕はフォーダムの散策の邪魔をしていますか?」 「そんなことないよ。君こそ、一人の時間を邪魔されたくないんじゃなくて?」 「いや。別に……」 「本当に?」 「はい」