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ホワイトハート X文庫 | Web連載小説
セント・ラファエロ物語
~アナザーピープル~
「第6話」ユウリ・フォーダムの昼休み

 2人が同時に振り返ると、そこには、散歩道を悠然と歩いてくるエドモンド・オスカーの姿があった。
 相手の姿を認めるなり、小さく舌打ちしたセイヤーズの横で、ユウリが意外そうに声をあげる。
「オスカー?」
「どうも、フォーダム。…………それと、セイヤーズか」
 ベンチの横に立った下級生は、上級生の腕をつかんでいる友人の手をチラッと見てから続ける。
「珍しい取り合わせですね。こんなところで、なんの密談ですか?」
「別に」
 目の端に、困惑を隠せずにいるセイヤーズの表情をとらえたユウリは、気をまわして返事をにごし、オスカーを見あげる。
「それより、君こそ、こんなところで、何をしているんだい?」
「それは、もちろん、あなたを捜しに来たんですよ。さっき、寮を一人で出ていくのを見かけたんで、もしかしてその辺を散歩しているんじゃないかと思って」
「それはご苦労さまなことだけど……、でも、僕だって、一人でいたいと思う時もあるんだよ?」
「その時は、そう言ってくれれば、遠慮しますよ。でも、今は一人じゃないし、俺も密談に参加しても構いませんよね?」
 当然のごとく言ったオスカーだったが、意外にもユウリが頑なに拒否する。
「悪いけど、今は遠慮してくれるかな?」
「――――え、なんで?」

キングス・カレッジの外観と構内
キングス・カレッジの外観と構内
 オスカーは、本当に驚いたようにユウリを見つめ、ついであらぬほうを見ているセイヤーズの横顔に視線を移しながら続けた。
「もしかして、俺に聞かれちゃ、まずい話ですか?」
「そういうわけじゃないけど、僕も、たまには、セイヤーズとゆっくり話してみたいし」
「いやいや。そんなの、俺がいてもいなくても、同じですよ。どうせ、こいつは、ろくな話をしないから」
 おちゃらけて言い返すオスカーに、ユウリが駄々をたしなめるように告げる。
「同じじゃないよ。君がいると、セイヤーズは遠慮して、言いたいことの半分も言ってくれないと思う」
「へえ。――――そうなのか?」
 絶対にそんなことはないと確信しているオスカーが、友人に剣呑(けんのん)な視線を向けて問い質すと、それまでそっぽを向いていたセイヤーズが、顔を戻し、眼鏡の奥で薄緑色に光る瞳を細めてうなずいた。
「ああ。……それくらい、わかっていると思っていたが」
「うそつけ!」
 しゃあしゃあと言ってのけた友人の目が笑っているのを確認し、オスカーが呆(あき)れたように吐き捨てる。
 だが、聞きとがめたユウリが、文句を言う。
「オスカー。子供みたいなことを言うんじゃないよ。とにかく、話があるなら、いつでも僕の部屋に来ればいいから、今は遠慮してくれるかな?」
「……はいはい」
 なんの話をしているのかはわからないが、珍しく幸運を手に入れた友人が、おいそれとそれを他人と共有する気がないのを見て取ったオスカーは、しかたなく片手をヒラヒラと振って、退散することに決めた。
 もちろん、心の中では、「覚えてろよ」とこぶしを握ってのことである。
 こんな密かな戦いが、実は自分と過ごす時間を巡って、周囲でしょっちゅう起こっていることなど知る由もないユウリは、静かになったところで、会話を再開する。
 のどかな午後。
 セント・ラファエロの日常は、かくも戦々恐々と過ぎていく。

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第7話へ続く
◆ バックナンバー ◆
2008年10月1日 セント・ラファエロ物語 アナザーピープル「第1話」マーク・テイラーの隠し事
2008年11月1日 セント・ラファエロ物語 アナザーピープル「第2話」ルパート・エミリの無念
2008年12月1日 セント・ラファエロ物語 アナザーピープル「第3話」数学者と皮肉屋の不審
2008年12月25日 セント・ラファエロ物語 アナザーピープル「第4話」ドナルド・セイヤーズの休息
2009年2月1日 セント・ラファエロ物語 アナザーピープル「第5話」アーサー・オニールの憂さ晴らし
2009年3月1日 セント・ラファエロ物語 アナザーピープル「第6話」ユウリ・フォーダムの昼休み
2009年4月1日 セント・ラファエロ物語 アナザーピープル「第7話」エドモンド・オスカーの誤算
2009年5月1日 セント・ラファエロ物語 アナザーピープル「第8話」ドルイドの助言と悪魔の罠(わな)
2009年6月1日 セント・ラファエロ物語 アナザーピープル「第9話」シモン・ド・ベルジュのため息