行き先は、決めていない。 セイヤーズの言葉に従うのもしゃくだから、いっそこのまま新館にあるフォーダムの部屋を訪ねてもいいのだが、さすがにそれは彼なりに気が引けて、しかたなく図書館にでも行ってみるかと、方向転換する。 運がよければ、資料を探しに来たフォーダムと鉢合わせする可能性もある。 期待しているわけではないが、折よく探したい資料があったので、気分転換にちょうどいいと踏んだのだ。 だが。 図書館へと続く小路の前まで来たところで、オスカーはハッとして立ち止まった。 彼の目の先には、まごうかたなき、両手に本を抱えたユウリ・フォーダムの姿がある。 けれど、邂逅(かいこう)の幸運を喜ぶ間もなく、そのすぐ後ろから、スラッと優美な立ち姿をした生徒が、まるで守護神のごとく現れた。 シモン・ド・ベルジュ。 ユウリのそばにこの人ありと言われる、フランスの貴公子である。 ユウリのために開けてやった扉を後ろ手に閉める動作ですら気品に満ちていて、同性でも見とれずにはいられない神々しさだ。 仲睦(なかむつ)まじく歩いてくる2人のうち、先にオスカーに気づいたユウリが、「あれ?」と言って立ち止まり、にこやかに笑いかけてくる。 その笑顔を見たとたん、オスカーの中にあったモヤモヤしたものが一瞬で消え去るのだから、自分でもあほらしくなる。 「やあ、オスカー。また会ったね」 「どうも、フォーダム。先ほどは、失礼しました」 「ううん。こっちこそ、ごめん。ちょっと、セイヤーズと話し込んでいたから、冷たい言い方になってしまったかもしれない。あとで反省したんだ」 「いや、そんな」 実際、珍しく落ち込んだオスカーであったが、それを悟られるわけにもいかず、肩をすくめて言い返す。 「こっちこそ、察して、遠慮するべきでした」 そこで、ユウリが困ったようにオスカーを見あげる。 「ねえ、オスカー。誤解のないように言っておくけど」 「なんですか?」 軽く腰を曲げて見おろしながら、オスカーは、もしかして、この上級生にはすべてお見通しで、セイヤーズを優先してしまったことを心苦しく思い、弁解してくれる気なのかと変な期待をかける。 だが、それは微妙に違った。 「別に、セイヤーズは、君に内緒ごとがあるわけではないんだよ?」 「えっ?」 「いや。ほら、さっきのことだけどさ」 ユウリは、言葉を探しながら説明する。 「なんというか、親しい友人同士だと、つい見栄を張って言いにくかったりして、でも誰かに話を聞いてほしくて、少し遠い関係にある人間に、心中を吐露したくなることってあるよね?」 「はあ、まあ」 うなずきながら、オスカーは内心で「なるほど」と思う。 (そうくるか――――) つまり、ユウリは、やはりオスカーの不機嫌には気づいていて、ただ同じ弁明でも、セイヤーズを優先したことではなく、セイヤーズに優先されてしまったことを詫(わ)びようとしている。 つまり、セイヤーズがオスカーにできない話を、上級生であるユウリなんかに話したことで、オスカーが傷ついたのではないかと心配しているのである。 だが、オスカーにしてみれば、それはどうでもいいことだった。 セイヤーズとオスカーは、それこそ共通の悩み事、たとえば寮内で発生した問題の対処だとか、仲間内の諍(いさか)いだとかは、しょっちゅう話し合っているが、プライベートな悩みを聞いたり、しゃべったりすることはほとんどない。 正直、聞かされても困るし、話す気にもならない。そんなことで、他人を煩わせるのは性に合わず、お互い勝手に処理すればいいと思っているからだ。 それは、セイヤーズも同じだろう。