石造りの重厚な図書館。 足を踏みいれた瞬間に、空気の色が変わるのがわかる。 知識の殿堂から流れてくる粒子が、ここに踏み込んだ人間の細胞を刺激し、雑念を振り払ってくれるようだった。 なんとなくホッとし、オスカーが身体(からだ)から力を抜いた時だ。 入り口付近で、すれ違った生徒と腕がぶつかる。 「おっと、失礼」 とっさに謝った彼に対し、相手の言い分はちょっと変わっていた。 「とんでも、地球をひとっとび。それより、はちみつ酒をご所望で?」 「いや」 「それは、残念」 反射的にそんな会話をかわしたオスカーは、数歩進んで立ち止まる。 明らかに、おかしい会話だ。 だいたい――――。 (はちみつ酒?) なんで、このタイミングではちみつ酒なのか。 不審に思って振り返れば、ちょうど扉口を出ていこうとしている生徒がいたので、彼は呼び止めた。 「おい、ちょっと」 すると、振り向いた生徒が、ススッと異様な速さで戻ってくる。 「へいへい、旦那(だんな)。やっぱりはちみつ酒で?」 「いや」 応じつつ観察してみると、それは実に風変わりな生徒だった。 あちこちを向いた針山のような髪。 八重歯のある口元。 キラキラした瞳は、ともすれば金色に見えるほど輝いていて、はじけるような愛嬌(あいきょう)と活力がみなぎっている。 健康的でいいのだが――――。 (こんな奴、この学校にいたっけか?) 不審に思いながら、彼は尋ねる。 「はちみつ酒が、どうしたって?」 「いやはや、よくぞ聞いてくださいました。誰も彼も冷たくて、尋ねてもうんでもすんでもない。とにかく、とっとと届けないことには、こちとら、のども渇こうってもんで、増えない限りは減っていくばかり。そろそろ、底も見え始めようかというもので、どうしようかと真剣に悩んでおりまして」 淀(よど)みなくしゃべり続けた相手が言葉を切ると、2人の間に不自然な沈黙が落ちる。 ややあって、オスカーが言う。 「――――お前、さっきから何を言っているんだ?」 「おや? はちみつ酒の話ではなくて?」 「まあ、そうだけど」 「ご所望でございますよね?」 「いや」 「いや?」 そこで、大仰にびっくりした相手は、「なんと!」と飛びのき、マジマジとオスカーを上から下まで見直した。 「それなら、なぜ呼びとめたので?」 「それは、変だからだよ。お前、どこの生徒だ?」 「ここのですけど……、見えませんかね?」 「見えるさ、一応ね。だが、俺がききたいのは、どこの寮(ハウス)の生徒かってことなんだけど」